教室でのメイドさん
それから数日。特に何事もなく、いつも通りの時間が過ぎていった。教室では相変わらず亮太と智樹と他愛のない話をして、授業を受けて、昼飯を食べる。家に帰れば、紗良が出迎えて、いつも通りのやり取りを交わす。そんな平凡な日々が続いた。そんな日の昼休み
「来週から中間だってよ」
「終わったあああ……どうしよう……」
智樹の何気ない一言で亮太が机に突っ伏した。
「まだ一週間あるからさ。それに最初のテストだし」
「最初だからだよ!! ここでコケたら終わるだろ!」
必死な声が教室に響く。そのやり取りを横目に、俺は頬杖をついたままぼんやりと何も書かれていない黒板を見ていた。何も書かれていない黒板というのは妙に眠気を誘ってくる。次の瞬間、意識がふっと落ちる。
「……おい」
肩を軽く小突かれる。
「……ん」
重たいまぶたを開けると、亮太が呆れた顔でこっちを見ていた。
「お前さ、なんで初っ端のテスト前でそんな呑気に寝れるんだよ」
「……眠いから?」
「理由になってねえよ」
ため息まじりにツッコまれる。亮太は正に意味がわからないそんな顔を俺に向けている。
「てか最初のテストだぞ? 普通もっと気合い入れるだろ」
「まあ……なんとかなるだろ」
適当に返すと、亮太が机を叩いた。
「その“なんとかなる”で入学直後の模試で30位取ってんの腹立つんだよ!」
「そんなもんだろ」
「よくねえよ!!」
「まあでも、このテストで大体位置決まるからねー」
亮太がテストに嫌悪を抱いている中、智樹が一言で突き刺す。
「やめろ怖いこと言うな。てかお前、さっき“まあ最初のテストだし”って言ったよな?」
「あー、言ったかもね」
亮太が青ざめる。亮太は基本的には部活優先のスタイルでいるということは一ヶ月ちょい同じクラスで過ごしていて何となく察していた。逆に智樹は部活には所属しているが、それなりに文武両道を目指している、そんな感じがする。
「終わった、絶対赤点だ。」
「今からやれば間に合うだろ」
「それで間に合うならこんなこと言わねえよ」
「それもそうか」
「まあまあ、勉強が全てじゃないし」
「出来るやつにだけは言われたくなかったぞ」
そもそも亮太は中学の頃はバドミントンで関東大会まで出ているくらいには運動ができる。そんな奴が勉強まで完璧にこなせてしまっては困ると勝手に心の中で思う。
「まあ少しは俺も勉強しないとなー」
「蒼井さんと?」
「一人でだわ、なんでここで紗良が出てくんだよ」
「この遥斗が勉強できるってことは、蒼井さんに教えて貰ってるのかと……」
「そんなことしてねえよ。てか、このって何だ、このって」
「お前いつも寝てるじゃねえか」
「失礼だないつもは寝てねえよ」
自分の身の周りの事を家の人達に任せられる分自分の時間が多いため、ある程度家でも勉強はしている。そのため学校でやる内容を既に終わらせている時は、ついつい寝てしまうことがあるのだ。この事を知らない人達からすれば、紗良に教えて貰ってるという考えは意外と妥当なのかもしれない。
「そういえば蒼井さんってどのくらい勉強出来るの?」
「この前の模試は一位と僅差で二位だったとか」
「はぇ」
「マジかよ」
「俺も意味わからん」
なんで家であれだけの仕事をこなして、勉強までできるのだろうか。一回くらい、生活を覗いてみたい気もする。そんなことを考えながら、ふと紗良の方へ視線を向ける。すると、珍しく誰かと話しているのが目に入った。
「あれ、向田と工藤じゃね?」
「そうだと思うよ。下の名前なんだっけ」
「向田が陽菜で、工藤が真由だったはず」
「あー、そうだそうだ」
三人で並んで話している光景は、なんとなく新鮮だった。普段は一人で行動することが多い紗良が教室で楽しそうに喋っている。いつ以来だろうか……
「蒼井さんがああやって誰かと喋ってるの、初めて見たかも」
「いつも一人でいること多いもんな」
「最近テスト勉強一緒にして仲良くなったって言ってたぞ」
「なんでお前が知ってるんだよ」
「一応、幼なじみやらせてもらってるんで」
「あぁ……」
どこか納得したように亮太が頷く。まあ、そういうことだ。こういう時には幼なじみという肩書きを有意義に使わせてもらっている。少し前に、家で軽く聞いた話だ。向田さんは明るくて距離が近いタイプで、学校での紗良とは真逆。工藤さんはその横で落ち着いていて、どちらかと言えばブレーキ役っぽい。二人は中学からの知り合いらしい。
「てかさ、あの三人めちゃくちゃ可愛いよな」
「やめとけ、本人に聞かれたらなんて思われるか…」
「言うわけねえだろ。智樹もそう思うよな」
「まあ、客観的に見ればそうだろうね」
軽く笑いながら答える智樹。その間も、紗良たちは楽しそうに会話を続けている。
「俺もあの三人の輪に入ってみたい」
「無理だろ」
「そんな事言うなよ」
「いやだって接点ないだろ」
「……俺、向田と工藤と中学同じ」
「おいおいまじかよ」
全く知らなかった。
学校で俺と紗良は仲良くないフリをしている以上、亮太が三人と接点を見つけるのは難しいと思っていたが——
まさかの中学繋がり。
「それ先に言えよ」
「いや、今思い出した」
「そんなわけねえだろ、普通忘れるか?」
「知らねえよ」
そんなやり取りをしているうちに、
“キーンコーンカーンコーン”
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。ざわついていた教室が、少しずつ落ち着いていく。立ち上がるやつ、席に戻るやつ、教科書を開く音。ふと紗良に視線を向けると、紗良たちも席に戻るところだった。一瞬だけ目が合って、すぐに逸らされる。いつもの事で特に気にすることもなく、俺は教科書を開いた。




