メイドさんと受ける授業
昼休みが終わる頃、教室に人が戻り始める。
外に出ていた連中も、サッカー組も、名残惜しそうにだらだらと席へ戻っていく。
“キーンコーンカーンコーン”
チャイムと同時に、石井先生が気だるそうに教室へ入ってきた。
ざわついていた空気が、ゆっくりと静まっていく。
教卓に立ち、出席簿を開く音。
それを合図にするように、教室の空気が切り替わった。
(はぁ……)
小さく息を吐きながら、教科書を開く。
公共の授業は板書も少ないし、正直かなり眠くなる。
けど、今日は違う。
「じゃあ、資料集の46ページを開いてくれー」
皆がぱらぱらとページをめくる音がする。
その中で
“ギギッ”
紗良が机を動かす。
ほぼ同時に、俺も机を引き寄せた。
机と机の間に置かれる、ひとつの資料集。
自然と、距離が近くなる。
肩が触れそうな位置。
(……近いな)
紗良は何も言わず、ただページに視線を落としている。
横顔はいつも通り無表情。
だけど耳が、ほんのり赤い。
ページをめくる音が、やけに近くで聞こえる。
さらり、と髪が揺れる。
その瞬間、ふわっとジャスミンの甘い香りがかすめた。
いつも家で感じる、あの落ち着く匂い。
(いや、今それどころじゃないだろ)
意識した瞬間、妙に落ち着かなくなる。
視線を資料集に戻そうとしても、どうしても隣が気になる。
ちらりと盗み見る。
紗良は、変わらずページを追っている。
しかし耳の赤みは、さっきより少しだけ濃い気がした。
(……こいつも、意識してるのか?)
そう思った瞬間。
「資料集、めくってください」
すぐ隣から、小さな声。
「……え?」
気づけば、全然違う場所を見ていた。指で示されているのは、今やっている箇所。
(やば、全然見てなかった)
「ちゃんとしてくださいね」
いつもの、少し冷たい言い方。
でも……ほんの少しだけ、声に力がない。
「……悪い」
小さく返して、資料集に目を落とす。
それでも、さっきからずっと落ち着かない。
肩の距離も、すぐ隣で聞こえる呼吸も、妙に意識してしまう。
(……なんだこれ)
結局そのまま、ほとんど会話もないまま時間が過ぎていった。
“キーンコーンカーンコーン”
チャイムの音が、張り詰めていた空気をほどく。
「はい、ここまでー」
先生の声と同時に、
“ギギッ”
紗良が机を元の位置に戻した。さっきまでの距離が、一瞬で離れる。
(……あ)
少しだけ、物足りなさが残る。一瞬、視線が合う。けれど紗良は何も言わず、そのまま前を向いた。
放課後、帰り支度をしていると、隣で椅子が引かれる音がした。
紗良が立ち上がると同時に、一瞬目が合う。
「……」
何か言いかけたように見えた。けどすぐに逸らされる。
「……先に帰りますね」
いつも通りの声。そう言って、紗良は教室を出ていった。
さっきの距離が、頭から離れない。
ぼーっとしていると……
「お前さ、今日なんかあっただろ」
亮太がニヤニヤしながら近づいてきた。
「は? なんもねぇよ」
そう返しながらも――
(いや、なんもないわけじゃないけど)
頭の中には、さっきの距離。
「絶対なんかあったよな。俺の目はごまかせないぞ」
「亮太の勘、やたら当たるからねー」
横から宮嶋まで乗っかってくる。
(やめろ……)
「だから、なんもないって」
できるだけ平然を装う。
「あんだけ雰囲気出してて、何もないは無理だろ」
「ていうかさ、今日はちょっと違ったよな」
「……何がだよ」
聞き返すと、亮太がにやっと笑う。
「距離近いくせに、妙にぎこちないっていうかさ」
(やめろ、当ててくんな)
「倦怠期のカップルみたいな?」
「そうそれ」
(誰がだよ)
「気のせいだろ」
短く言い切る。これ以上突っ込まれる前に、立ち上がる。
(……これ以上はまずい)
「じゃ、俺先帰るわ」
背中に何か言われた気がしたが、聞こえないふりをして教室を出た。




