メイドさんの意外な発言
「あの…遥斗…」
紗良が立っていた。いつものように髪の毛は光沢を帯びていて、頬はまるで雪肌のようにきめ細やかでなめらかであった。普段学校で聞くすっきりした声ではなく、どちらかといえば家で聞くような甘い声だ。
「紗良どうした?」
紗良の方から喋って来ることは今までなかった気がする。
何か問題でもあったのか…
唇を噛んでいてほのかに緊張している気がする。
「あ、あの…資料集…」
「資料集?」
声はほのかに震えていて、目線はいろいろなところをちらちら見ていて落ち着きがない。
資料集って何のことだ。確か次の時間は公民だったっけか…
(こんな様子になるの珍しいな…大丈夫か…)
「資料集をわす、れて…」
「へ?」
後半になるにつれてただでさえ小さい声がさらに弱くなっていっていた。
今まで忘れ物をしたことのない完璧な紗良が忘れ物をしたって聞いて腑抜けた声を出してしまった。
「忘れたって珍しいな」
「蒼井さんでも忘れ物するんだなー」
紗良の発言に驚きを覚えた亮太がしゃべりかける。
それもそのはず、紗良を完璧な人だと思っていたのだからこんな些細なミスをするなんて思わないだろう。俺が亮太の立場でもそう思うはずだ。
「やめてください神谷さん…恥ずかしいので…」
亮太に突っ込まれ頬を真っ赤に染める…視線をこっちに向けてくれない。
(かわいいってよく言われる理由、結構わかるかも…)
「違う違う、もっと気難しい人かと思ったら、結構親近感沸いたからさ」
紗良の反応に慌てて訂正する。
悪気がなかったということは紗良にもしっかり伝わるだろう。
「そうですかならよかったです…それで次の時間見せて…ほしい、です…」
自信なさげな様子の紗良を見るのはいつぶりだろうか。
(中学…いや、小学校以来か?)
「ああ、別にいいけど…一応先生にも言っとけよな」
「ありがとう…ございます」
教科書を見せるくらいで俺にデメリットはほとんどない。
むしろ断る理由が見つからない。
俺が快く承諾すると、礼を言って自分の席に戻っていった。
「なんか親近感沸くわー」
「亮太と一緒にしちゃ蒼井さんに申し訳ないよ」
「おいそれどういうことだよ」
「安心して、悪い意味でだから」
「おいふざけんな」
いつもの流れだ。
亮太が適当なことを言い出して、智樹がそれに淡々と追撃する。
一見するとただの言い合いだが、二人とも楽しんでいるのは見ていれば分かる。
(この二人仲良いよな…)
普通なら軽く揉めてもおかしくないやり取りなのに、どこか空気が柔らかい。というか、亮太がいじられる側に回ることで成立している関係だ。しかも智樹のツッコミは無駄に的確だから、余計に逃げ場がない。
「ほら、遥斗もなんか言えよ」
案の定、こっちに飛び火してきた。
「まあ亮太と紗良は一緒にできないよな」
「お前もそっち側かよ」
まあ亮太側につく理由が思いつかない。亮太が心底不満そうに顔をしかめる。
(いや、そっち側も何も……)
そもそも比較対象が間違っている気がする。
というか、亮太側に立つ理由が一つも思い浮かばない。
(強いて言うなら、同情くらいか……)
それも別に、わざわざ口に出すほどのものじゃない。
「当たり前だろ」
軽くそう返すと、亮太は「マジかよ……」と肩を落とした。
「まあ元気出せよ」
「お前が始めたんだろ!」
いつもの笑いが広がる。
昼休みもそろそろ終わりそうなので、俺は次の授業の準備を始めた。




