メイドさんの詮索
次の日の昼休み。
教室はいつも通りのざわめきに包まれている。机を寄せて弁当を広げる音や、あちこちで飛び交う会話。その中で、俺たちの周りだけが、ほんの少しだけ静かだった。亮太も向田も喋らないのは珍しいと思っていた。
「なあ」
亮太が、何でもないような調子で口を開く。
箸を動かしながら、視線だけこちらに向けてくる。
「昨日さ、ちょっと遠回りして帰ったんだけどさ」
「カラオケの帰りに遠回りしたのか。解散してたと思ってたわ」
俺は軽く相槌を打って続きを待っている。
(この周辺に何かあったっけな……)
「この辺にしてはさ、やけにでかい家あったんだよな」
そこで一度、言葉が切れる。ほんのわずかな間に周りのざわめきが、耳につく。昨日の違和感はこれだったのか……つまり尾行されていたのか?でも断言はできないしな……表情を変えずに俺は変わらない態度で相槌を打つ。
「ふーん」
「門とかもあってさ、普通の家って感じじゃなかったわ」
「へー」
適当に返す。
それ以上広げる気はない。というか広げたくない。家がバレている可能性はあるが、紗良との関係性がバレている可能性はかなり低い。というか、おそらくゼロだろう。
けれど——
亮太の視線は、まだ外れない。なにか詮索をするようにまた、まるで見透かしているかのように俺を見る。
「なんか、お金持ちの家って感じだったよねー」
向田が軽い調子で乗っかる。いつものノリだが、その目は笑っていないようにも感じる気がする。おそらく2人とも俺たちについてきていたのだろう。
「……そういうの、あんまり詮索しない方がいいと思うけど」
工藤が小さく言う。声は抑えているのに、妙にはっきり聞こえた。……昨日のあれ、やっぱり気のせいじゃなかったかもしれないな。
「そんな家あったっけな……?」
「えー、あったよ。庭がすごく広いお屋敷みたいな家」
「あーあった気もするけど、俺その家の人しらないぞ?」
「近所なのに?」
「いやマンションとかアパートに住んでても関わらない人とかいるだろ」
「たしかに……」
向田が肩をすくめる。そのまま、ほんの少しだけ体を乗り出してもう一度いつものテンションに戻る
「てかさ、紗良っちってどの辺住んでるの?」
何気ない聞き方。でも、逃がさない位置の質問。一瞬だけ、空気が止まる。紗良なら上手くやれると思うが……そう考えていると、紗良は箸を止めることもなく静かに答えた。
「この辺りですよ」
短い返事。
それ以上でも、それ以下でもない。
「へー、じゃああの辺だったりするのかなー」
向田が、わざとらしくない程度に続ける。
その瞬間。
——ほんのわずかに。
紗良の指が、止まった。
一拍にも満たないほどの、微かな間。
すぐに何事もなかったかのように動き出す。
「どうでしょう」
「余り近隣の家は見ないで帰るので……」
淡々とした声。
感情は、表に出ていない。
(……やっぱり、探ってきてるな)
視線を落としたまま、そう思う。
亮太は何も言わない。ただ、確かめるような目でこっちを見ている。
「……まあ、いいか」
やがて、小さく息を吐いた。
「人の家の話とかしても仕方ねえしな」
やけにあっさり引くなと思ったが、その方が助かる。
けれど、その言い方はどこか引っかかる。完全に諦めたわけじゃない。
「切り替え早すぎでしょ」
「いいんだよ、こういうのは気にしたら負けだからな!」
向田が突っ込むも亮太はそれを弾き返す。それと同時に工藤は小さく肩をすくめた。
空気が元に戻り周りのざわめきに溶けていく。
ちらっとだけ、隣を見ると紗良はいつも通りの表情で弁当を口に運んでいる。何も変わらないように見える。何も、なかったかのように。
ただ——
箸を置く位置が、ほんの少しだけずれていることに、気づく。……これ以上踏み込まれたら、さすがに面倒だな。
「何の話か分かんなかったけどこれって何の話なの?」
「ちょっと寄り道してでかい家があったから遥斗と関係あったかなって思っただけだよ」
「ああ、そういえば遥斗って家少し裕福って言ってたもんね」
「そうそう。でも知らないって話」
「なるほどね」
昨日カラオケに来なかった智樹がやっと話を理解して、不思議そうに眉をひそめてた顔が元に戻ったように見えた。これで一旦一件落着。俺はこの時はそう思っていた。
家に帰ると、いつも通り玄関の扉が静かに開く。
「おかえりなさいませ」
落ち着いた声が先に届いた。
顔を上げると、紗良がすでに立っている。学校での雰囲気とは違って、どこか張り詰めた空気が少しだけ緩んでいるように見えた。
明日の分の時間を間違えてしまいました…すみません




