表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

第1話「三度目の別れ」

魔物を食えば、能力が手に入る。

それがこの世界の料理人だ。


だが問題がある。


母さんの魔物肉の天ぷらより旨いものが

この世界に存在しない。


だから俺の人生は

すべて不合格だ。



  *



俺はひし形室のテーブルに一人の少女と向かい合わせで座っていた。

その名の通り、ひし形の形をした一室だ。


「本当にマトリョーシカに入学するつもりなんだ。」


「ああ、そのつもりだ。」


「君の失踪したお母さんのこと…はよく知らないけどさ、…君が苦しむ顔なんて見たくないんだよ…ルイ君。」


「それでも。俺は目指すしかないんだよ。俺にはそれしかないんだ。」


「いなくなった君のお母さんのこともあるけど…それよりもお母さんの手料理のことのほうが大きいんでしょ?」


「…そうだな。」


「あんなに美味しいサバの味噌煮もスペーストラベラーの特殊調理肉も…君は美味しそうじゃなかった。君の味覚はもう壊れてたんだね…後戻りができないくらいには‥」


スペーストラベラーの特殊調理肉…ああ、確かにあれは美味しかった。ジャポンエリアで一度だけ食べたことがある最高級の大トロの握り、あれよりも数段上だったな。でも不合格…11年前の母の魔物肉の天ぷらには程遠い。

何せスペーストラベラーの魔物肉は味だけだった。味だけ美味(おいし)くってもだめなんだよ。母の手料理は五感すべてに訴えかける美味(おいし)しさだった、味覚からアクセスして他の五感すべてに快楽を与える、そんな美味しさだ。美味しいというよりも気持ちいいって感じだ。


「ああ‥。十一年前の母さんの魔物肉の天ぷら…あれを食って以来、俺の全ての幸せはあの味と比較して無慈悲に不合格を突き付ける。そんな生活が16歳になった今でも続いている。」


「君の母の味を探す旅…もう一度その味に出会ってしまったら…君がどうなるか…ちゃんと分かってるよね?」


「…ああ、もう一度出会ってしまったら、俺は2度と立ち上がれなくなるな。今でさえこの有様だからな‥」


「…ねぇ、マトリョーシカに入学なんて…しなくてさ、私と一緒に暮らそうよ。私、君がこのまま壊れるのを放っておけないんだ。君が仕事を見つけるまで、私の漫画で養ってあげるから…」


「無理だってことくらいお前も分かってるハズだろ。俺はこの日のために11年間努力してきたんだ。父さんや弟とさえ決別した。」


「もしさ、君の母さんが劇薬のような天ぷらを振舞わなかったら…私たちってもっと幸せに…もっともっと楽しく暮らせたのかな…」


「かもな。でもその場合はお前とは出会えてなかった。」


「ねぇ…本当に入学しちゃうの?あの学園に?」


「俺がミカ、お前の言う通りにお前と暮らすことになったとしたら、これから一生、すべての幸せを母さんの手料理と比較して、物足りなさを感じたまま苦しむことになるんだ。…分かってくれ。」


「はは…ルイ君、君の言ってること…まるで薬物中毒者じゃないか。どこまでいっても君は破滅に突き進むしかないんだね。」


それからしばらく俺たちには沈黙が流れた。


ミカは俺とこの魔物討伐料理学校、通称『マトリョーシカ』に向かう道中で旅してきた相棒だ。


ジャポンエリアからの長い旅の間にどんどん親睦が深まっていき、ミカが俺に恋をしてしまった。俺もコイツのことは好きだ。


だが、その好意すらも母さんの天ぷらがもたらす多幸感の足元にも及ばない。そんな俺が隣にいて、こいつが幸せになれるはずがないんだ。俺の旅は破滅への旅だ。コイツを巻き込むわけにはいかないんだ。


「君の人生が破滅へ向かうのであれば私は…私は…君が破滅した後に君を救う。君が死にそうになったときに君を救う旅…、それが私の人生」


ミカには既に瞳から涙が零れ落ちていた。ミカ、それはだめだ。お前には漫画家になるって夢があるだろ…。俺のためにお前の人生を浪費するな。お前は、俺じゃない他のいい男を見つけて幸せに暮らすんだ。


破滅に向かう男のためにお前の夢を捧げるな。これは14歳のお前の一時的な気の迷い。若気の至り、それでいいじゃないか。


「だめだ、ミカ。お前には漫画家になる夢があるじゃないか。そんなことのためにお前の人生を捧げるな。そもそも俺が破滅するなんて…まだ分からないじゃないか。」


「じゃあ…私と一緒に暮らしてよ。破滅しないなら…君の依存症が治ってるのなら私と暮らせるじゃないか!」


ミカは声を荒げて涙ながらに訴えている。そうだな…ミカの言う通りだ。俺のこの呪いが克服だきているのなら、俺はミカと暮らせる。暮らせないからお前と別れる。それだけの話だ。


「そうだな…、俺のこの呪いが治っていれば、お前と暮らせる。悪かったよ…でも、俺を見捨ててほしい。お前の人生を歩んでほしい。」


「ルイ君、君はやっぱり弱い人だ。依存症も克服出来ず、私の好意からも逃げる。でもそれが君らしいな。君が勝手に破滅へ進むのであれば私も勝手に破滅した君を救うことにする。そのために旅をする。ルイ君もう今は君と話すことはない。」


「いや…、まだあるだろ…行くなよ。」


「さっさとここから出してよ。このひし形室から。」


「なぁ一緒に俺とマトリョーシカに…」


「さっさと出しなさい!」


ミカは大声で俺を涙ながらに怒鳴りつける。ああ、俺はなんて情けないんだろうか。好きな人に怒鳴られて成すすべもない。俺はさらに情けなく、ミカの言う通りこのひし形室から外の世界へのドアを作る。

俺はこのひし形室からぽかっかりと空いたひし形の穴を作る。


「ルイ君、ありがとう。これでこの異空間から出られる。お互い最期の別れにならないように頑張ろうね。」


「…ああ、今までありがとうな。」


俺はミカとハグの態勢を取ったがミカは俺のほうを振り向かずに、ひし形室にできたひし形の穴から抜け出し、この異空間から去っていった。


この異空間は魔物『スペーストラベラー』を特殊調理して得た収納(ポケット)という能力によるものだ。ここに自分や自分と深いかかわりのある人間、そしてあらゆる物質を収納して出し入れできる。


俺はひし形室のテーブルから前方左斜めにいる緑色で半透明のクラゲの形をした魔力に話しかけていた。


「なぁ…スペーストラベラー、俺の選択は間違っていなかったのかな‥これでよかったんだろうか…」


「家族とは決別して、最愛の人とも別れて…そんなに大事だったのかな。母さんの手料理が、失踪した母さんの居場所が…そんなに大事だったのかな…」


スペーストラベラーの魔力は何も応えない。当然だ。ただの魔力だからな。でも俺はそうすることしかできなかった。


「頼むから応えてくれよ…」



   ― ルイ君、君はやっぱり弱い人だ ― 



ミカの言葉、確かにその通りだな。俺はまた頼ろうとしている。ミカが覚悟をもって俺と別れてくれたんだ。アイツは俺が破滅するのを待っている。そしてそれを救おうとしているんだ。


だったら俺もちゃんと破滅しなきゃダメだ。ここでへこたれる訳にはいかない。



それからしばらく、1時間くらい俺はウジウジと思い悩んでいた。




もう俺も、そろそろここから出ないとな。


俺は再びこのひし形室からひし形の穴を開ける。外の世界が見えてきた。外にはこのマトリョーシカ学園の守衛さんが座っている。俺はこの学園都市正門前の建物にある一室に戻る。




  *



俺の決断は本当に正しかったのだろか。


ミカと一緒に暮らしたほうが良かったのではないか?


もし俺がもう一度、母さんの料理に出会ってしまったら、おれは二度と立ち上がれなくなる程度で済むのだろうか?


もっと怖い何かが潜んでいるんではないだろうか。




















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ