第2話 スカウトされました
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第2話 スカウトされました
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えーっと、これはどういうことかな?
僕は縄で縛られ、馬に載せられている。乗っているのではなく、荷物のように載せられているんだ。
僕は戦利品ではないのですが……。
うう、気持ち悪い。吐きそう。
今吐いたら、怒られるかな。
でも……ゲロゲロゲロー。
「「「………」」」
「……すみません」
馬もごめんよ。そんな目で僕を見ないでくれ。
でも、いくつか分かったことがある。この辺りの風景には、見覚えがある。
ここは朽木谷。ちょっと前まで僕が観光していたところ。
でも、朽木グラウンドはない。休館している資料館もない。
何より、古そうだけど立派な屋敷が建っている。
僕は盛大に焦っている。
これは明らかに異常だ。
僕は何を見ているのか。
「おい、降りろ」
馬から降ろされ、地面に投げ出された。
「ぐへ」
「弾正忠様。よくご無事で」
「信濃か」
弾正忠……。信濃……。
「三左衛門! 明朝、ここを発つ。仕度を任せた」
「はっ!」
「弾正! 其方はゆっくり休め」
「助かりましてござる。さすがにこの老体にはきつうござったゆえ」
三左衛門……。弾正……。
織田弾正忠信長。
朽木信濃守元網。
森三左衛門可成。
松永弾正少弼久秀。
ははは……そんな莫迦な。
「ところで、お主は本当に何者じゃ?」
信長と思われる一番偉そうな人が、僕の目を見つめる。鋭い視線は、真剣を喉元に突きつけられているような寒気を感じた。
この人はヤバい。簡単に人を殺す人だ。
ふとあることが頭に浮かんだ。
『鳴かぬなら殺してしまえ時鳥』
「ひ、人払いを」
「ほう、儂にのみ教えるか」
「生意気な。責め立てて、吐かせます」
「よい」
朽木元網と思われる人が僕を拷問しようとしたら、織田信長(仮)がそれを退けた。
た、助かった……。
戦国の人だけあって、モブに近い朽木元網(仮)でも怖い。ちびりそうになった。ちょっと出ちゃったかも……。
「二人にせよ」
信長のその言葉に皆が従う。ノーと言ったらアウトなんだろう。信長はそういった絶対君主なんだ。
「二人っきりだ。話せ」
僕は唾を飲み込んだ。
ここは正直に話そう。この人が織田信長なら、そして織田信長が僕のイメージ通りの人なら、それが僕を生かすはずだ。
そうじゃなければ……頭のいかれた奴として始末されると思うけど……。
「ぼ、僕は……未来からやってきました」
「……続けよ」
あれ、反応が薄いんですが?
普通は「なーにー!?」とか「死にたいようだな?」とか言われそうなものなのに。
「朽木谷は将軍が逃げてきた場所で、織田信長、あ、織田様……」
「構わん。続けろ」
呼び捨てしたので、殺されるかと思った。ふー。
「織田信長様が金ヶ崎を攻めている際に浅井の裏切りに遭い、京に逃げる途中で立ち寄っている場所だから、観光していたのです」
「それで」
「観光の途中で『信長の隠れ岩』を見ていたら足を滑らせて転び、気づいたらこの時代にいました」
信じられないですよね。僕も自分で言っていて信じられません。
でも、本当なんです。ですから、殺さないでください。
「で、あるか」
えーっと、理解してくれたのですか?
「何を莫迦面をしておるか」
「あ、いえ、自分で言っていて嘘っぽい話なのですが、信じてくれるのですか」
「嘘なのか」
「いえいえいえいえいえいえいえいえ! 僕は嘘なんて言ってません!」
必死に否定する。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。生きたいのです!
「であるなら、この後、儂はどうなるか」
「あの……今は……永禄三年に桶狭間で信長様が今川義元を討ってから、何年後でしょうか」
「十年後だ。今は永禄十三年から、元亀元年に改元されたばかりだ」
「元亀元年……まさに金ヶ崎の戦いがあった年……信長の隠れ岩……そうか、金ヶ崎の戦いの直後、逃走の最中なのですね」
信長様は凄く不貞腐れた表情をした。相当悔しいみたい。
元亀元年ということは、織田信長は三十六歳の頃。脂の乗ったいい時期だけど、この年は信長にとってかなり危機的な状況に陥るはずだ。
「信長様はすぐに軍を仕立て、浅井を攻める心づもりですよね」
史実では元亀元年六月に軍を仕立て、北近江に攻め込んでいる。有名な姉川の戦いが起こるんだ。
「うむ」
信長様は言葉少なく頷いた。
「徳川様と共に攻め込み、横山城付近の姉川で浅井・朝倉軍と激突し、勝つことになります」
表情が柔らかくなった。勝つと聞いて満足したのかな。
「ですが、その直後に三好三人衆が動くことになります。信長様が三好三人衆の討伐に軍を動かしている最中に、石山本願寺と、浅井・朝倉、そして六角が動きます」
また不機嫌になった。表情がコロコロ変わるから、その変化ごとに冷や汗が流れる。
「続けよ」
「比叡山の僧兵もここに加わり、宇佐山城の森様は織田信治様らと討ち死にします」
「………」
「さらに伊勢の一向一揆も動き、窮地に陥ります」
「儂はそれでも生き残るか」
「はい。朝廷を動かし、浅井・朝倉と和議を結びます」
「和議……だと」
凄く怖い顔してますよ! 冷や汗が止まらない。怖いからそんな顔で僕を見ないでください。
「儂の最後を知っているのか」
儂ってことは、織田信長でいいのですよね!?
「……天下統一前に家臣の謀反によって討ち死にします」
正直に言うべきだ。絶対に嘘は言ったらいけない。そう僕の本能が言っている。
「で、あるか」
信長は立ち上がり、刀を抜いた。
「あ、ああ、殺さないで。お願いします。なんでもしますから、殺さないで」
涙を流し、懇願する。
バサリ。縄が斬られた。
「え?」
「時久よ、今から儂に仕えよ」
「はい?」
「なんでもすると言うたであろう。儂に仕え、儂が天下を取るための軍師となれ」
「……本気で言ってます?」
カチャリッ。
鼻先に刀が……。
ちょ、少し刺さってます。痛いです。
「儂の軍師では不満か」
「いえ、そんなことはありません! 謹んで拝命いたします!」
僕はちょっと下がって平伏した。
マジで鼻に刺さってましたからね!




