第13話 野田城・福島城の戦いはあるのか
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第13話 野田城・福島城の戦いはあるのか
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七月初旬、信長様が上洛した。
今回は畿内の幕府軍を動かすようで、信長様は手を出さない感じらしい。戦力さえ揃えてしまえば、池田城を落とせると考えているようだ。
信長様は義昭に御内書を出させ、摂津周辺の大名・国人領主らに池田・荒木の討伐をさせようとしている。
御内書というのは、将軍の命令書のようなものになる。だから、権威としては結構な書状なんだけど、義輝の時代に滅多矢鱈に出しまくっているので、ありがたみがないものになっているのが現状だ。
「公方様は渋ったが、御内書を出されたわ」
「それはようございました」
で、信長様がなんでこの勝軍山城にいるのかな? え、僕のところの夕食が食べたい? そんなことで気軽にきていいのですか? いいのですね……。はい、信長様ですものね。うん、納得。
「池田城は風前の灯。三好三人衆は、泡を食っているでしょう」
そしてもう一名、明智光秀がここにいる。
この頃の光秀は、まだ幕府の籍を持っていて、信長様だけの家臣ではない。歴史を知った信長様が光秀を遠ざけるのか、それを知っても家臣にするのか。その判断を間近で見られるのが、ちょっと楽しみだ。
光秀が信長様の完全家臣化した時期はよく分からない。そういったものを見ることができるのは、この時代に放り出されたおかげだ。それだけは感謝しているし、とても嬉しいことだ。
現在、摂津国の池田城は、和田・伊丹・細川、そして義昭の御内書を受けた周辺諸侯たちによって激しく攻められている。数日中には落城すると、この二人は見ている。
池田城は畿内でも屈指の城郭を備えている城だ。簡単には落ちないが、さすがに戦力差がありすぎるらしい。
池田城は三好三人衆が上陸し、野田城・福島城を築く場所に近い。ここを押えておくと、三好三人衆が上陸しにくいという意味を持つ。
僕の安全のためにも、早く落城してほしいと切に願うものですよ。
「これは肉なのか?」
「それはハンバーグという料理で、材料は豚肉と牛肉です」
「ふむ。脂の甘味が美味だ」
京の屋敷の下の室に入れておいた肉がいい具合に熟成してくれた。おかげで、こうやって美味しくいただいている。
肉汁が滴るハンバーグ。実は、ラードを少し混ぜている。
信長様はお気に召したようで、頬が緩んでいる。
反対に光秀は豚肉と牛肉と聞いて、顔を青くしている。肉食は禁じられているから、そこら辺が引っかかっているのだろう。
「明智様は肉は食べませんか? あれでしたら、肉がないものを用意しますが」
「い、いや、そのようなことは」
僕が別の料理をと勧めたら、慌てて箸をつけた。主義主張を無理に変えてまで食べなくていいのですよ。
「食ってから、文句を言え」
信長様は自分がなんでも試し、いいものはいいと言う。試さずに悪いと決めつける方ではないのは、素晴らしいことだと思う。でも、そういう強制になる言葉が本能寺の変に繋がるのですよ。そこは直したほうがいいと思います。
「いやいや。別のものをすぐに用意します。明智様、少々お待ちください」
「気を使うな、時久」
「信長様には使ってません」
「ほう、言うではないか」
「す、すみませんでした! 殺さないでください!」
座ったまま後方にジャンプして土下座とか、僕も器用になったものだ。
土下座体勢からちらりと信長様の表情を窺う。
「面倒くさい奴だ。殺さんと言っておろうが!」
「はははー。ありがたきお言葉!」
僕と信長様のやりとりを、光秀はポカーンとみている。
「十兵衛。こやつの料理は美味じゃ。食わぬのは一生の不覚ぞ」
「っ!? はっ。いただきまする」
我に返った光秀が、ハンバーグを口に持っていった。二度三度咀嚼した光秀の目が見開かれる。
「美味しゅうござる」
「で、あろう」
なんで信長様が自慢げなのかな?
「時久。お主もさっさと食え。冷めてしまうぞ」
「はい。いただきます」
僕が出した料理なのに、なんで信長様がくださったような感じなの?
信長様はそのまま勝軍山城に居座った。
いや、いいんだけどね。ここ、信長様の城だし。
二条御所もそこそこ近いから、往来しやすいのもいいらしい。でも山城だから、下山が面倒。
そんな感じで数日が経過すると、池田城が落城したと報告があった。これで三好三人衆も上陸がしにくくなるね!
弟と家臣の謀反を防げなかった池田勝正を信長様は許したのだけど、義昭が許さなかった。義昭はイメージ通り、度量の小さな人物だと感じた。
信長様は取り成したようだけど、義昭はがんとして引かなかった。そこで信長様は仕方なく池田勝正を原田城に配して、処分しましたよという感じにした。
信長様はすぐに池田城の再建命令を出し、三淵藤英を城主にした。三淵藤英が入っていた伏見城には、一色藤長を配して対三好三人衆の備えを行った。
この二人は、永禄の変(将軍義輝殺害事件)の際に、まだ覚慶と名乗っていた僧侶の義昭を保護した幕臣で、義昭の信任はそれなりに篤い。
彼らが城持ちになることは、自身の力が増すということで義昭は喜んでいるらしい。その裏で、信長様は近江支配を着実に進めていった。
でも、これって義昭の周囲から人材を抜いていこうという、信長様の思惑ではないだろうか。義昭はいずれ信長様に敵対する。まず間違いなく起きるであろうことに、信長様は手を打っている気がするんだ。
いきなりだけど、浅井久政が勝軍山城にいる信長様を訪ねてきた。
「某の首を差し出しますゆえ、どうか万福丸の命だけはお助けいただきたく、伏してお願い申しあげまする」
久政は床に額をつけるほど頭を下げた。信長様は無表情で、久政を見つめている。ああいう目で見つめられるのは勘弁してほしいな。僕なら耐え切れない。
しかし、浅井久政はよく降伏する気になったと思う。あのまま戦い続けて、浅井家を滅ぼすと僕は思っていたんだけどな。歴史は大きく変わってしまったということかな。
でも、まだ安心はできない。降伏したと見せかけて信長様に反旗を翻すかもしれない。
もっとも信長様がそれを考えないわけはない。何かしらの対策を行うと思う。
「万福丸は美濃に所領を与え、近江の所領は全て召し上げる。万福丸の後見は浅井左兵衛尉と雨森弥兵衛尉とする」
浅井左兵衛尉は久政のことで、雨森弥兵衛尉は浅井三将の一人の雨森清貞のこと。
浅井家臣団は秀吉が調略しているけど、雨森清貞はまだ降伏していない。信長様は久政の降伏を利用して、雨森清貞を降伏させようというのだろう。いい手かもしれない。
「はっ。弾正忠様のご温情、終生忘れませぬ」
お市様は未亡人になったけど、これで万福丸は生き延びる。史実と違う歴史が紡がれるのか……。
それから数日で、北近江の浅井家臣団のほとんどが降伏した。
これで信長様は志賀の陣を回避できるかもしれない。そして僕は生き残れるかもしれない。
フフフ。フハハハ! いい、それでいい。このまま志賀の陣回避です!
「おい、時久」
「はい。何でしょうか?」
「顔が気持ち悪いぞ」
「え……酷いです。信長様」




