第10話 姉川の戦いだからといって
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第10話 姉川の戦いだからといって
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なんというか、戦場が近くにあると、殺気のようなものを犇々と感じる。胃が痛い。
僕の後ろで久太郎さんと九郎さんが、仁王立ちしている。ずっと立ったままだけど、疲れないのかな。などと莫迦なことを考えているのは、僕だけなんだろうね。
じっと何かを待っているかのように、信長様の本陣は動かない。
「徳川様が押されております」
「放っておけ。家康ならなんとかする」
信長様は家康をそれなりに信用している。弟のように思っているのか、それとも信頼できる部下と考えているのか。どちらにしても、家康への信頼はかなり篤い。
以前、本能寺の変の黒幕に家康の名を挙げた時、とても悲しそうな顔をしたのを覚えている。
あの時は家康の名前を挙げたけど、僕は家康ではないと思っている。
息子と正室を殺された(かもしれない)恨みはあると思うけど、明智光秀に見つからないように三河へ逃げているというのが理由。
もっとも、最終的に天下人になった家康が、歴史を改変した可能性はある。本当は逃げてないけど、逃げたように見せかけているだけで、織田信長暗殺の黒幕を他人になすりつけようとしているかもしれない。それだけのことができる立場と権力を持っていたからね、晩年の家康は。
でも、家康は不器用で真面目な印象を、歴史から受ける。
だから明智光秀を操るようなことはしないと思う。少なくとも、その当時の家康はないと思うんだ。
朝早くに始まった戦闘は、昼過ぎになっても続いている。
緊張しっぱなしで、胃が限界だ。そろそろ吐くぞ。
「申しあげます。徳川方の榊原殿が朝倉方の側面を突き、朝倉方総崩れにございまする」
その報告を聞いた信長様が立ち上がった。
「頃合いである。三左衛門への合図だ」
そういえば、この戦場にいるはずの森可成だったけど、その名前を聞かなかった。もしかして伏兵として控えていたのか?
鏑矢が放たれ、甲高い音を立てた。
森可成はどう動くのだろうか。こういった歴史が動く場に立ち会えたことは、とても光栄なんだけど……吐きそう。
「木下様から援軍の要請にございます」
「ふっ。サルめ小賢しい」
何が小賢しいのだろうか。信長様は何を見ているのか。僕にはさっぱり分からない。
「時久」
「は、はい」
いきなり名前を呼ばれ、焦って声が上ずってしまった。
「サルの援軍に出ろ」
「え?」
「二度言わせるな」
「で、でも……」
「戦場の空気を感じるだけでいい。あとは九郎らがやる」
僕は後ろで控える九郎さんと久太郎さんを見た。二人は頷き、九郎さんは任せろと胸を叩いた。
「さっさといけ」
「は、はい」
バタバタ出てきたけど、僕、これから戦場に向かうの!? どうしたらいいの? 帰っていいですかー!?
「時久様は某のそばから離れないようにお願いします」
離れませんとも! 絶対に離れませんから、守ってくださいよ、久太郎さん!
「では、兵にお言葉を」
「え? ……僕が?」
「はい。軍師殿の兵ですから」
そんなこと言われても、何を言えばいいのですか?
「……あの」
「大きな声でお願いします」
そんなことを言われても……。
「えー、この戦いは勝ちます。ですから、無理をしなくて大丈夫です。危なかったら、逃げてください。以上です!」
ふー、大声なんてあまり出したことないから、喉が痛いよ。
「軍師殿……」
九郎さんが目頭を揉んでいる。どうしたのですか? 出陣前にそんな疲れた顔をしていて、僕の身の安全は大丈夫なのですか!?
「時久様。勝つ戦で兵に逃げろなどという将はおりません」
大きな息を吐いた久太郎さんが、首を振っている。
「だ、駄目でした?」
「まあ、いいんじゃないですか。兵らの顔を見てください」
なんか笑われている。皆、ニコニコしているんですが? これから戦場に向かうのですよ、なんでそんなに笑顔なんですか?
「今の話を聞けば、こうなるものです。まったく……」
九郎さんが呆れ顔ですが?
「いいじゃないか。俺は好きだぜ、御大将! ガハハハ」
前田慶次郎さんが大笑い。
笑われることを言った覚えはない……僕のスピーチは、そんなにおかしかったですか?
「感動しました。この猪右衛門、時久様のために命をかけてお仕えいたします」
改まって何?
「某は逃げたくはありません!」
久蔵さんは顔をプイッと背けた。
なんか怒ってる?
「時久様。出陣の合図を」
「あ、はい」
僕は剣を抜き、掲げた。無銘だけど、備前のいいものだ。僕はこの備前物を気に入っている。
「出陣!」
とうとう出陣した。
嫌いな秀吉を助けるために。
ただでさえ気が進まないのに、秀吉を助けるためというのがもっと足を重くする。
もっとも僕は馬に乗っているから、勝手に進んでくれるのだけど。
その手綱は久蔵さんが握っている。
久蔵さんは、さっきから機嫌が悪い。逃げろと言ったのが、気に入らないようだ。若いから、血気に逸っているのかな。
でも、二歳しか変わらない久太郎さんは落ちついている。二歳という年齢の差が、大きいのかな。
しかし、気が重い。
今は久蔵さんのことより自分のことだ。
兵は九郎さんが指揮してくれるからいいけど、僕はどうすればいいのだろうか。
「安心してください。木下殿の援軍要請は織田の殿を立てるためのものです。実際にはそこまで苦戦しているわけではありませんよ」
「そ、そうなのですか?」
久太郎さんの言葉に、そう言えばと思い出したことがあった。
秀吉が中国の毛利攻めをしている時のことだ。備中高松城を水攻めにしている際、織田信長に援軍を要請している。この援軍要請が、本能寺の変の引き金になったのだ、と僕は思っている。
織田信長はこの時、明智光秀を援軍に向かわせる命令を下した。
ただし、この頃の光秀は家康の饗応役だったのを解任され、さらに畿内にあった領地を召し上げられた。もちろん領地の代替え地は提示されたが、それが織田に敵対している大名国人が支配する場所だった。
さらに、織田信長の側室になっていた光秀の妹が、前年に亡くなっている。
そういったことが重なり、光秀は織田信長という人物に殺意を持ったのではないだろうか。と勝手な推測をしている。
それにつけこんだヤツが秀吉じゃないかと……。
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本作ではありませんが、ガベージブレイブのコミカライズが12/19に再開されました。
マグコミで読めますので、確認してみてください。
https://magcomi.com/episode/2550912964476882001
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