夢の向こう
俺は、野球場となっているグラウンドを見ている。
緩い坂になっている草むらに座り込み、見下ろすかたちになりながら俺はグラウンドに目を向けていた。どこかのクラブだろうか? 少年たちがユニフォームを着て、野球の練習をおこなっていた。
少年たちはキャッチボールをしている。掛け声と、ミット(グローブ)にボールが収まる音が聞こえてくる。その様子から、思い出す。俺自身も、かつては野球をやっていたことを。
「大きくなったら、プロ野球選手になりたいです」
小さなころは本当になれると信じて、がむしゃらになって練習した。けれど、時が経つにつれて現実というものが見えてきて、いつの間にかその夢は消えていた。
現実というものが見えてきた? 大した努力もしていないくせに——。
野球のことだけではない。何もかもどこかで努力を放棄した結果、プロ野球選手はもちろん、定職にも就けない有り様。夢と掛け離れ過ぎた現実。
ふいに、自分の近くにボールが跳ねて来た。やがて上に登る勢いはなくしたものの、草のせいで下に転がってもいかない。
キャッチボールの相手が暴投したらしく、ひとりの少年がこちらに走って来る。俺は立ち上がって、少年が草むらを駆け上がり始めるより先にそのボールを拾い上げた。
「すみません」
草むらの下あたりにいる少年は、立ち止まって帽子を取ると軽く頭を下げた。
少年が帽子を被り直しながら下げた頭を戻した時、俺は「行くぞ」と合図をするようにボールを少年に見せると、軽く投げ返してやった。胸の辺りに、いい送球。まだ、勘を完全には失っていないらしい。
「ありがとうございました」
少年はそう言うと、先ほどと同じ所作をした。礼節もしっかりと学んでいるようだ。
少年が振り向いて戻ろうとした時、俺はなぜだか無性に聞いてみたくなった。
「ねえ」
呼び止めると、少年は素直にこちらに向き直った。
「はい」
少年が丁寧に返事もしてくれたあとで、俺は聞いた。
「君、将来なりたいものはある?」
「はい。大きくなったら、プロ野球選手になりたいです」
少年は当たり前のことのようにそう言った。その瞳に、少しも曇りは感じられない。
「そう——。頑張ってね」
俺は微笑んで、そう返した。
少年は今度は帽子を取らず、帽子のツバに手をかけた状態で頭を下げた。
照れくさかったのか、三度も帽子を取るのは面倒だったのか。
ただ、上げた顔はまぶしいほどの笑顔だった。
そして、少年は戻っていく。グラウンドにか、自分の道のためにか。
『大きくなったら、プロ野球選手になりたいです』
先ほどの少年の言葉。かつての自分の言葉。
ひたむきさを、思い出す。
少しは、頑張ってみるか。
プロ野球選手にはなれなくとも、今、自分がなすべきことのために。
俺は、もう一度歩き出す。