これから害虫を駆除します
人妻に挑戦。
――それはまさしく天啓と言うか、唐突に前世を思い出した。
「旦那さまのお花畑の頭に感謝しないとね」
領地の見回りという名目で出て行ったはずの旦那さまを教会の慰問に行った帰りの城下町で見かけたのだ。知らない女性と少女と共に仲睦ましげに。
ああ、ここは前世読んでいた小説の話だ。タイトルは全く思い出せないが、確か愛人の子供だった主人公が妻の死をきっかけに両親が結婚して貴族になるがそこに前妻の娘の虐めにあって、まあなんやかんだで幸せになるとか。
(はぁぁぁぁぁ!! 冗談じゃないわよっ!!)
わたくしがいながら浮気。しかも死んですぐに再婚するとか。
(第一、婿養子でしょうが!! 公務もほとんどわたくしがしているのよっ!!)
あの本でもわたくしが亡くなった後は家族三人でだんらんをしていて、妹が母違いの姉と交流を深めようとしていたけど、仕事があるからと断られたという悲しい描写があったけど夫がサボっていたから娘がしたというオチじゃないの。
「許せないわね」
早速証拠を王城に提示して離婚手続きをしましょう。ああ、でも、わたくしが病気で亡くなったら後見人として乗り込んできそうで厄介ですわね。娘のために何とかしないと。
「というわけで検診を受けに来ましたわ」
「って、なんでお抱えでない医者の僕のところに来るのかな。アクアリーフさま」
昔からの知人である医者に突撃すると、呆れたように溜息混じりに文句を言われる。というかアクアリーフって名前今まで違和感を覚えてなかったけど、悪の葉っぱという洒落じゃないでしょうね。娘もアクネージュって読めそうだし。
「セカンドオピニオンというのが前世あったのでそれを行おうと思っただけですわ」
「……病院すらまともに行くお金のない庶民の方が多いんですけど」
「分かってるわ。そのうち税金で医療費補助の体制を整えるつもりよ」
その前に死んだら困るから検診に来たのよ。
「だから診てちょうだい。リュシアン」
知人の名前を呼ぶと、
「言い出したら聞かないもんな。こっちは薄氷を強いられているのに」
とぶつぶつ言いながら健診を始めてくれるが、
「っ!!」
リュシアンの表情がすぐさま歪む。
「アクアリーフ!! さまっ。すぐに俺の他の……主治医以外に診てもらってください」
とっさに昔の呼び方になってしまったことで冷静さを失っていたと必死に冷静になろうとするかのように何度も呼吸を整えて、
「――毒を盛られてます」
と結果を告げてくれた。
「まさか、こんなカラクリがあったとはね」
小説の悪役令嬢の母は急な病で亡くなったのではなく、愛人を正妻にしたい夫によって毒殺されていたのだ。夫……いえ、殺人未遂で元夫になったあいつはわが家の主治医を味方につけてわたくしに毒を飲ませてきた。
夫は最初必死に言い訳を喚いていたけど数々の浮気証拠がわたくしを殺す動機になると判断されて無事牢屋にぶち込まれたわ。いい気味。
「おかあさま。体調は大丈夫ですか?」
泣きそうな顔で念のためとベッドの住民になったわたくしを見舞いに来た娘のアクネージュを見て、この子を悲しませるような事態にならなくてよかったと安堵する。
ちなみに、元夫の実家も愛人がいるのを知っていて隠してきたのが判明したのでしっかり罰を与えた。文句はあったようだけど、連座で牢屋にぶち込まれるのとどちらがいいと尋ねたらすぐに夫を切り捨てたわ。
ホントいい気味ね。
当然、主治医も牢屋行きだし。あっちも抵抗したけど、恩を仇で返すようなものだからね。主治医の家は代々わたくしの家に仕えていて、医療の勉強も支援したのよね。
ああ、そういえば、あの主治医の言い分だとわたくしが領民のために医療施設を作ろうとしたことで、自分の能力をたかが庶民に使われるのが嫌だったからと喚いていたわ。貴族と庶民の命の重みが異なると言われても仕方ない世界だけど、庶民の価値は貴族にとって財産なのよ。減らさないように気を付ける必要があるでしょう。
リュシアンをひいきにしているとも言っていたけど、変なプライドでおごり高ぶってわたくしの決めたことに従わない者よりも文句を言いつつも叶えようとしてくれる人材の方を大事にして当然でしょう。重宝することと毒殺未遂することは違うでしょうに。
「ええ。リュシアンが早く気付いてくれたからね」
アクネージュを安心させるように微笑むと、アクネージュはリュシアンの前に立ち、
「――母の命を救ってくださり感謝します」
としっかり貴族令嬢として素晴らしい会釈をしている。その様を微笑ましく思ってしまう。後、自慢もしたくなる。
「で、リュシアン」
昔からの知人に相談するかのように、
「主治医がいなくなってしまってどうすればいいと思うかしら」
「それは……俺にしろという命令ですか?」
「あら、いやね。貴方には医療施設の責任者の仕事も医療学校の方も任せているからそこまで負担は掛けられないわよ」
でも、してくれると助かると視線で訴えると、
「ったく、惚れた弱みでこっちが断れないことをいいことに」
悪態を吐きながらとんでもないことを言ってきた。
正直、全く気付いてなかったわ。
まあ、でも。それなら利用させてもらいましょう。丁度わたくしは独身になったし。
文句? 毒殺されかかったわたくしを助けた医者に身分差がどうのと文句を言わせないわね。
「なら、わたくしの夫になる? 庶民の出だからと話を聞かない輩を抑え込めるわよ」
面白がるように告げると、
「自分を人参代わりにするつもりかよ」
呆れられたが、打算がある。
「だって、貴重な人材を逃がしたくないから手段を選んでいられないわよ」
もし万が一ゲームの強制力で可愛い娘が危機にさらされることがあっても盾は多い方がいい。
それだけの価値があると信頼するくらい情がある相手だから。
まあ、相手に伝えるつもりはない。言ったらこっちの優勢が崩れてしまう気がしたから。
身分差があるから諦めていたけど、実はその手の感情はあった。