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第2話 大妖精の気まぐれ

一人称を"僕"に変更しました。

「あら、新入生さんなのです?」


校舎に足を踏み入れた途端、何の脈絡もなく声を掛けられた。


それが左右からや、後ろからなら疑問は持たなかった。しかし、目の前から声を掛けられたのだから、それはそれは驚いた。

驚いて後ろに後ずさってしまった程だ。


僕は目を離してはいない、長い広場を歩いて校舎に一歩立ち入ったその刹那に声を掛けられたのだ。

しかも、その少女はなんと小さな光が集まり形を成すように現れたではないか。


人ではない、それを直感的に理解はしたが、彼女が何であるかは検討もつかない。


「き、君は?」


思わず聞いてしまった。


大分ストレートに声を掛けられたのは、その少女の容姿ゆえだろう。


桃色の髪を腰まで伸ばし、あどけなさ全開の童顔はまるで10歳かそこらの幼い少女にしか見えない。

背丈が僕の腰くらいしかないのも理由の一つに入る。

小さく、幼く、そして柔和な笑みを浮かべる少女は、笑顔を崩さず、和かに僕の問いに答える。


「私はこの学園を管理している大聖霊、マリーナ・クルス・エルピール、よろしくなのです、新入生さん」


少女は答えた。

紺色を基調として、白いラインが入った学園の制服を着ているから、てっきり上級生かと思っていた少女は、なんとこの学園の管理者だったらしい。


「よろしく、えっと、マリーナさん」


「マリーで良いのですよ、新入生さん。良ければお名前を教えて欲しいのです」


「あぁ、レイモンド・オルレーンだ、よろしく、マリー」


「よろしくなのです、レイモンド君」


マリーはそう言いながら右手を差し出して来る。断る理由もないので、素直に応じて握手した。


握った右手は小さく、そして暖かかった。まるで本当の人間の様に感じるほど、その手には生気が溢れていた。

精霊とは皆んなこんな感じなのだろうか。


「ところで、レイモンド君はこのまま入寮希望なのです?

入学式は明日なので、もう入寮出来るのですけど、身内の方とご一緒に王都まで来てるなら、別に明日からの入寮でも大丈夫ですよ?」


「いや、このまま寮に行く予定なんだ、侍女には先に帰られちゃって」


「分かりました、そうしたら私がこのまま寮まで案内するのです」


「それは有難いけど、学園の管理の方は大丈夫なのか?」


「心配ご無用なのです!」


少女がそう答えると、後ろから肩を叩かれた。


そう、後ろからだ。


あの広大な広場を歩いてきた僕は、それがこの瞬間にはあり得ない事だと理解している僕は、どうやら驚き過ぎて体が固まってしまった。


僕とマリーはそう長い時間話していない、新しく誰かが来たとして、そいつもあの広大な広場を歩いて来なければならないので、相応の時間が掛かるはずだ。

というかそれ以前に、新しく馬車が来たなら車輪の音で気付くだろう。


今日は前に後ろに忙しい日だ。


恐る恐る振り返ってみると、そこには宙に浮き、僕と同じ視線の高さにもう1人のマリーがいた。


「私は自分を大勢に分割する事が出来るのです、なので1人くらい持ち場を離れた所で何の問題もないのですよ」


小さな子供が、イタズラが成功して喜ぶ様に笑い合う2人のマリー。


「なるほど、そういう事なら案内をお願いしようかな」


驚き過ぎて心臓がバクバク言ってるのを必死に隠すため、平静を装ってマリーに接する。


こんな小さな子のイタズラにあんなに驚いてしまうなんて、僕もまだまだという事だろう。

愛らしい少女が急に2人に分裂し、なんなら片方は宙に浮いている気もするが、なんて事はない、蓋を開ければ幼女のイタズラなのだ。

些かハイレベルなイタズラだったように感じるが、それがイタズラという範疇に収まるのであれば未熟なのは僕の方である。


いつか絶対やり返してやる。


「あれ、大抵の新入生さんは驚いてくれるのですけど、ちょっと残念なのです」


2人して首を傾げて不思議がるマリーは、お互いに「不思議なのです」「そんな事もあるのですよ」と短い会話をした後、浮いてない方のマリーが向き直り、話しかけて来る。


「それじゃ、私について来るのです、レイモンド君」


そう言ってマリーは歩き出した。


「そういえば、レイモンド君はこの学園についてはどのくらい知っているのです?」


「実は殆ど知らないんだ、兄が通っていたんだけど、家にはあまり帰って来なかったし」


本当は直前まで学園行きをごねて有耶無耶にしようとしていたからだなんて、クラスメイトならまだしも学園の管理者たる彼女には口が裂けても言えない。


「そうなのですか、ならマリーが歩きながら簡単に説明するのです」


「ありがとう、助かるよ」


そう言って少女は話し始めた。


僕たちが暮らす王国、アルバスト王国は、ダンジョン資源で大国になったと言われている。


ダンジョン。迷宮、深層、呼び名は人によって様々だが、その言葉が指すのは同じ場所である。


そこは暗い洞穴であったり、広い草原であったり、海の中であったりと、足を踏み入れた瞬間、それまでとは大きく異なる場所へと繋がる入り口。

そこに共通するのは、今の社会では欠かせないものとなったダンジョン資源が眠っていることが多い、ということだ。


魔力が結晶化した鉱石や、特別な魔法が使えるようになるオーブ、そこに蔓延る魔物の素材。


ダンジョンから取れる資源は僕たちの生活をとても豊かにしてくれている。

この王国では特にそのダンジョン資源が重要視されていて、産業の殆どが大なり小なりダンジョンに関連しているほどだ。


しかし、王国の黎明期、ダンジョンへの知識もまだまだ浅かった開拓時代には、この資源を得るためにたくさんの人が命を落としてしまった。

ダンジョンは、多くの場合そこに踏み入った者に容赦なく牙を向くのだ。


罠や魔物、入り組んだ内部の構造や、物資の補給もままならない、そんな未知の場所にのこのこと人間が入っていけば、ただでは済まないのはある種、この世の摂理とも言えるかも知れない。


「そこで、この学園が生まれたのです」


マリーが人差し指を上げて得意げに話を続ける。


王国はダンジョンから得られる利益と、人の命を天秤に掛けるのを良しとしなかった。この人食いの迷宮の謎を解き明かし、ダンジョン攻略の専門家を育成する。

その理念の元、この学園は創設された。


時が経ち、相応の研究がなされ、ダンジョンの攻略が安定し始めて、気づけばこの国はダンジョン無しでは存続すら危ういほどにこれと結びついてしまっていた。


国家を運営していくにはダンジョンに対する知識が必須となってしまったこの国は、それまでダンジョン攻略を専門としていたこの学園の規模を広げ、国家の運営に主要に関わる貴族の子女達に専門的なダンジョンにまつわる教育を施す、現在の形のなったというわけだ。


「最初の頃は、満遍なくダンジョンに関する専門知識を教えるだけだったのですけど、今では沢山の教育課程を取り揃えてるのです!」


あの頃は大変だったなぁ、と腕を組みしみじみ頷いている少女に、ある種の疑問が湧いた。


「そんな昔の事を知っているなんて、マリーって、一体いつからこの学園を管理しているんだ?」


「ふふっ、ここが学園になる前からなのですよ」


優しげに笑いかけてくれる少女は、この愛らしい小さな少女の横顔が、ほんの一瞬、僕にはとても大人びているように感じてしまった。


先ほどまで抱いていた印象とは大きく違いすぎて、あまりにその顔が綺麗で、綺麗すぎて、言葉に詰まってしまった。


「えぇ〜!そんな、困ります!」


そんな時、急に女の子の叫び声が聞こえてきた。

廊下の先に目を向けると、職員室らしき部屋の前に1人の少女がいるではないか。


僕たちと同じ制服を着ている所を見るに、彼女もこの学園の生徒なのだろう。

少女は青ざめた顔で教師に向かって何やら話しているようだが、少し距離があるからか話の内容はよく聞こえない。


「レイモンド君、ちょっと行ってくるので待っていて欲しいのです」


「構わないよ、急ぎでもないし」


それだけ言うとマリーは職員室の方へ走り出した。

僕はというと、なんだか近づくのも気まずい気がして、窓の外でも眺めている事にした。


人の悩みを、あんな顔になるほど真剣な悩みを、間接的にとは言え盗み聞くなんて、僕の良心がそれを許さなかった。


とはいえ気にはなるので、距離を詰める事はしないまでも、視線くらいはチラチラと向けていた。


人の不幸が知りたいなんて低俗な事は言わないが、目の前で起こった出来事が気になりはする。思春期の男の子は好奇心旺盛なのだ、仕方ないだろう。


そんな事を考えていると、マリーが小走りでこちらに戻って来た。


「お待たせしたのです」


「もう良いのか?」


「はいなのです、長引きそうだったので、もう1人置いて来たのです」


職員室の方を見ると、確かにもう1人のマリーが顔の青ざめた少女を連れて部屋に入っていく所だった。


「そうか、大丈夫なのか、あの子」


「うーん、デリケートな問題なのであんまり口外する事ではないのですけど、本心次第といった所なのです」


「そうなのか」


これ以上深入りするべきではない。

そう判断した僕は、マリーの案内に従い、寮を目指したのだった。

ダンジョンって何回も言うと口が回らなくなりそうですよね。

第3話になります、やっと校舎に辿り着きましたね。

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