残念な魔王と孤独な王女
玉座の間にある魔王が降り立つ為の巨大な窓に影が落ちる。2mを優に越える体格、全身は漆黒で竜の羽と獅子の鬣、蠍の尾に額から禍々しい2本の角を持つ怪物がそこへ舞い降りた。その左腕にはカルバーン王国の何番目かの王女が、両腕を回しても手が回らない程太い首にしがみ付いていた。
「ねぇ、どうしてわたくしを攫ったの?」
「……」
「ねぇ、どうして?」
「…………」
「ねぇったら!」
「ひ」
「ひ?」
「……一目惚れだ」
「きゅん」
王女は思わず片手を心臓の胸に置き悶えるのを我慢しました。
「わたくしの白い髪は悪しき魔女のようだと言われているわ」
「白雪の如く美しい」
「わたくしの体は骨と皮しかなくて老婆と同じよ」
「これから沢山食べれば肉も増える」
「わたくしの赤い瞳は人の血を飲んでいるからだそうよ」
「赤き月の女神と同じ色で俺は好きだ」
「あら……あらあら、うふふ、そんな風に言ってくれたのは初めてだわ」
白い髪と赤い目は、生まれた瞬間から人から忌み嫌われるには十分だった。しかし王族で生まれた為ギリギリで生かされ、塔に幽閉されていた。名は無く、時々思い出されたように食事が運び込まれ、それ以外は全て己でどうにかしていた。
王女は塔の天辺に一つだけある鉄格子の窓からいつも祈っていた。
私を殺して、と。
「まさか、殺されるどころか求婚されるなんて思わなかったわ」
「お前はずっと俺を見ていただろ」
「ええそうね」
彼女は千里眼を持っていた。それ故に誰かに教授されなくても一人で生きることが出来た。しかしそれは、彼女がたったひとりぼっちだという事も知らされ、涙を流した夜もあった。
「ほ、惚れてるのか……と」
「殺して欲しいなって思って見てたのよ! 惚れてるなんて……そんな、…………いいえ、ふふ……惚れていたのかも」
頬に手を当てこちらを向かせ、鼻筋にちゅっとキスをする。
「なっ……! ……っっっ!!」
毎夜彼を見て祈っていた。彼もわたくしに気付いてくれていた。
「貴方だけがわたくしを見ていてくれたんですもの。好きになっていたのですね!」
そしてまた一つ、二つと鼻先に口づける。
「けむくじゃらの最強魔王さま、どうかわたくしに貴方だけの名前をくださいな」
それは求婚の返事であった。
*
「おい、あれがなんだ!? もう一度言ってみろ!!」
あれと呼ばれたのは塔に封じ込められていた何番目かの王女。
「も、申し訳ございません……、鉄格子の窓が壊され、逃げ出されていたようです……」
「なんてことだ……!!」
傲慢な王は、愚かにも東の蛮族の土地を欲し手を出した。蛮族の抵抗は激しく、王国軍は敗退し賠償金を要求された。お金を出し渋った王は、幽閉している娘の存在を思い出しすぐさま兵を出した。しかし塔はもぬけの殻。
「く……何のために生かしておいたと思ってか!」
腐っても王女なのだ、こういう時に役に立たず何とする。
「まぁまだ王女はおろう、適当な物を差し出しておけ!」
「はっ」
そうして選ばれた何番目かの姫は戯れに王が手を出したメイドの庶子。虐げられていた環境から一変、蛮族に嫁ぎそして幸せを手に入れ王国を滅ぼすのはまた別のおはなし。
孤独な王女はその後、残念な魔王に愛し愛され、沢山の子どもと魔王の配下に見守られ幸せに暮らしました。
「ところでわたくし、とても長生きしている気がするのですが」
「すまん、勝手に俺の寿命を分けていた」
「あらあら、本当に魔女になってしまったみたいね」
末永く、幸せに暮らしました!
ありがとうございました。