四話
一週間後、磨いていない玉のような目をした町長が繰り出す無駄話を聞き流しながら過ごしていたアイリス達は、ようやく町長の屋敷にスクリーがアイリスの剣が完成したとの報告を入れ、早速デグリッツの鍛冶屋まで向かっている途中だ。
「そういえば、アイリス様は冒険者登録していらっしゃるのでしたよね?」
「そうね、竜の居場所が分かれば十分なのだけど。まだホワイトランクで通信機?というのを使わせてもらえないのよ。旅をしながらテキトーにランクを上げるわ」
「あはは、竜ですか。じゃあデグリッツさんが作った剣は竜殺しの剣になりますね! あ、着きましたよ」
鍛冶屋に着くと既にデグリッツが店前に佇んでおり、そわそわと落ち着かない様子をしていた。
「出迎えご苦労様、デグリッツ。私の剣は完成したのね」
「ああ、儂の最高傑作じゃ。――最高傑作なんじゃが……」
「あら、何か問題でも?」
「やりすぎてしもうたのじゃ……」
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デグリッツの工房にあるまだ火の消えていない炉の上ですやすやと気持ちよさそうに眠る赤ん坊がいた。
「あれが、アイリスの嬢ちゃんの獲物なんじゃがよ……」
「【思考する武器】ね。城にも何人かいたわよ?凄いじゃない、デグリッツ。人間で【思考する武器】を作れるのは数少ないわよ?」
「ジュンター殿が渡してくれた鉱石の効果が大きいじゃがな。それよりかは【思考する武器】は儂も見たことがあるのじゃが、打ち終えたすぐに短くなったと思いきや人間の赤ん坊の姿になってのう。癇癪を起してなあ、炉から離れず今に至るというわけじゃ」
「でも私のモノには変わりないわよね」
「アイリスの嬢ちゃん! そいつぁ立派な武器じゃい。あんまり不用心に近づくと危ないぞい」
炉の上で眠る【思考する武器】にアイリスは近づき、抱きかかえようとした。すると【思考する武器】がぱちりと目を覚ますと、ぐずりだし一閃の斬撃を飛ばす。
アイリスの真横を斬撃が通り過ぎると斬撃は止まらずそのまま壁に掛けてあった盾を両断した。
「可愛いわね。ねえ、貴女は私のモノよ?それを教えてあげるわ」
「あう……」
アイリスが【思考する武器】を持ち上げ、魔力を流し強制的に剣へと姿を変えさせた。
「――ッ!?――!?」
「ふふふ、少し痛いけど我慢しなさいね。話すこともできなかったら面倒じゃない」
「おい、アイリスの嬢ちゃん!?」
アイリスはそのまま自分の腹に剣先を向けると躊躇なく刺した。
「きゃぁっ!?ジュンターさん! アイリス様が!?」
「スクリー、大丈夫でございますよ。お嬢様は、あの【思考する武器】に血を分け与えているだけです」
「えっ、でもお腹に剣が! 血がっ血がっ――あれ、出ていない……?」
アイリスの腹に刺さった剣はカタカタと震え、一見アイリスが自害しようとし、その末手が震えているかのように見えるがアイリスの表情は涼しいもので微笑みさえ浮かべている。
「――!――っ!」
「そろそろ限界かしら?」
スルリと鞘から剣を抜くかのように腹から剣を抜き炉の上に剣を置きなおしたところ【思考する武器】の強制武器化が解除され、先ほどまでは人間の赤ん坊のような姿をしていたが【思考する武器】の姿はまるでアイリスを幼くし、髪が銀色になったかのような姿をとった。
「元が綺麗だったからかしら、まるで妹のウリアのようね」
「ぅぃあ……?」
「ウリア、よ。でも貴女は、そうね……『イリヤ』と名付けるわ。私の剣としてよろしく頼むわよ」
「イリ、ヤ……わたしは、イリヤ。あなたは、お姉ちゃ……ん……?」
「そうね、イリヤなら私を姉と仰いでいいわよ」
「うん! よろしく、お姉ちゃん!」
「というわけよ、デグリッツ。……?デグリッツ、何を呆けているのかしら」
一連の動きがあまりにも自然すぎて止めるのも声をかけるタイミングも逃したデグリッツ。
「……今、腹に剣を刺したんじゃあ……いや、服に穴は空いてねえし……一体どうなったのじゃ……?」
「あら、気に入った服は一度魔力を通して記憶しておいて何かあったらそれを元に復元するのは当たり前のことじゃない。それよりイリヤはいいわね、いいわよ。私の体をあっさりと貫けたのよ、それだけで十分イリヤの出来は保証するわ」
「あ、ああ、確かに儂の最高傑作じゃからな。いや、魔力を通して復元……?【思考する武器】を急速に成長させる……?ああもういいわい! イリヤ、じゃったか?好きにするといいわい!」
「ありがと……お父さん。行ってくる、ね」
「わ、儂に新しい娘が……?」
何やら感動しているらしいデグリッツを置いてアイリスは【思考する武器】イリヤを連れさっさと店を後にするとその足のまま、この町を出るのであった。
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「お姉ちゃん、あれなに……?」
「イリヤ様、あれはミュウサの木です。非常に甘い果実を実らせますが数日で毒になるため高級なものです」
「むぅ、ジュンター! わたしはお姉ちゃんに聞いたの!」
「ふふふ、イリヤ、私はジュンターほど物知りじゃないの。でも、あの実の毒だったらイリヤが食べたら剣になったときに毒を纏わせられることができるようになると思うわよ?食べる?」
「なんか、ヤ。いらない」
和気あいあいとウィストン領を進んでいるが、基本休憩などを必要としないメンバーで構成されているため異常な速度で王都に向け進んでおり、デグリッツ達の居た町を言伝なしに出たため町長が慌てて捜索隊を出し、しかし進行速度を見誤り発見できず血の気が引いていることにアイリス達は気づいていない。
「すまない、そこの者たち! 道を開けてくれ!」
そして、イリヤが仲間となり三人組で旅立ったことを知らない町長からの命で王領への関所への伝令兵がアイリス達を追い抜いたことに気づかなかったのは責められようか……。
「何やら慌ただしいわね。盗賊でも出たのかしら。女の子――なわけないでしょうね……。あー、少し血が吸いたい気分だわ。でも、欲望におぼれた男なんて最悪の食べ合わせは嫌だわ」
「お姉ちゃん、私の血、吸う……?」
「イリヤの血は少し金属成分が強すぎるわ。気持ちだけもらっておくわね」
「わっ、えへへ」
イリヤの頭を撫でながら、アイリスはふとイリヤにはどのようなデザインの服が似合うのだろうかと考えを巡らせる。
「ジュンター、イリヤの服だけれどアマリリスの服くらいの値段だったらどれくらい買えるかしら。折角ですもの可愛らしい見た目に合った服にしたいわ」
「そうですね、予算を決めなければルズイファードに聞いた物価通りですと……服掛け三つほどでしょうか」
「イリヤは何着欲しいかしら?」
「わたし、服は自由に変えられる、よ……?ほら」
イリヤがぴょんとジャンプするとそれまで着ていた服が消え去り、アイリスの服と同じデザインの服へと変わった。
「あら、初めて見る能力ね。一族の居城の【思考する武器】達は、そもそも人型になれなかったりなれたとしても服は別で用意してたのに。じゃあ王都ではデザインだけ貰いましょうか」
デザインを起こすだけでも金銭は発生すると言いたいジュンターだが、どのような服を着せるか上機嫌に考えているアイリスに水を差すほうが悪いと考え何も言わず脇道に逸れ、甘味となる果物を集めるのだった。
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