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二話

「ふふふ、嬉しいわ。新しい服なんていつぶりかしら」


「よかったですね、お嬢様」


 アイリスは機嫌がかなりいいようでスカートの裾をふわりと浮かせるようにクルリクルリと回りながら領都へ続く街道を歩いていく。

 たまに前方からやってくる乗合馬車や商隊の馬車に乗っている人物たちから奇妙な行動をしているなと遠目に警戒され、顔がよく見える位置まで来るとその行動をしているのが傾国と言っていいほどの美少女だとわかると微笑ましいものとして相好を崩す。


 そんなことを繰り返しながら四日歩き続けちらほらと吸血鬼たちの嗅覚に小さな魔物の匂いと爽やかな動物の血の匂いが届いてきた時、第一の目的地であるライカル王国カルディア辺境伯領領都アークピクセルが見えてきた。


「さて、お嬢様。改めて聞きますが本当に冒険者ギルドでの対応をご自分でなさるおつもりですか?」


「ふふふ、いいじゃないジュンター。折角の町なのよ?リム(門兵)ルア(生贄メイド)も領都、王都という順番でとてもいい場所だって言っていたのよ。なら少しくらい羽目を外しても安心だわ。それにいざとなれば切っちゃえばいいのよ?できるでしょう」


「お嬢様まで冒険者登録しなくてもいいと愚考いたしますが」


「いいじゃないの、ルズイファードも私の身分を確証するまでは時間が掛かったようだし。肖像も随分懐かしいものだったじゃない。ならいっそのこと新しい身分証を貰っちゃえばいいのよ。どうせ貴族なんて碌なものがいないのだし」


「畏まりました。では、私は後ろから見ていますね」


 と、うきうきとした気分に水を少々差したのは辺境の町でも止められた関所であった。曰くどこの貴族だと。アマリリスの服は確かに王都の最先端を行っている、貴族の間で。そんな流行にうるさい貴族の下級貴族が着るような型紙が既に公開されているものではなく一点ものの最高級の布を使っている服を着て従者を従えているのだ、怪しまれるのは当然だ。しかしここで役に立ったのがルズイファードである。アイリスが先頭を歩いていたので少し捕まっただけで意識をほんの少し割かれただけで済んだ、ジュンターがルズイファードからの手形を出すと門兵は慌てて礼をとるとアイリスの意識はすぐに冒険者ギルドへとむけられた。


「……良かったですね」


 門兵とすれ違う時にぼそりと低い声でジュンターが呟いたのをその門兵は一体どう捉えたのか若干青い顔をしていた。


 ジュンターはルズイファードから出来れば領主に先に会ってほしいと言われていたがアイリスの興味は冒険者ギルドに向けられており、先ほどの関所での出来事を考えるとこれ以上アイリスの邪魔をすると面倒なことになると思い歩いていた衛兵を呼び止め領主への手紙を渡し、一言先に冒険者ギルドに向かうという言伝を頼んだ。これで問題となっても知らぬ存是を貫き通すつもりである。


 そして冒険者ギルドについてからのアイリス、堂々の冒険者登録発言である。

 受付嬢の盛大に引きつっている頬を見たら常識的な人間だったら明らかに迷惑していると思うところだがアイリスは一向に手続きが始まらないことに疑問を抱いているようだった。


「あら、冒険者登録ってここではなかったかしら?」


「えっと、お嬢様が、冒険者を……?」


「それとジュンターも、よ?」


「あー、えっと従者の方が更新ですね。先にそちらから受理してもよろしいでしょうか?」


「それが規則かしら」


「えっと……はい、そうです。それまでは、えっと失礼します――すみません、この方を二番までお連れしてください!――失礼しました。係りの者が案内いたしますのでご同行をお願いいたします。お連れの方はこちらまでどうぞ」


 流石に生活が危なく気性が激しい冒険者を相手にしたり、稀に来る勘違いしている貴族の使いを相手にしたことがあるのか、ギリギリで爆弾を回避し、ジュンターにどういう状況かを聞き出そうとし、アイリスにはしばらく冒険者の心得という冒険者ギルドの幼児講習で写本されるもののお手本となる写しを観覧してもらうことにした。


「えっと、すみません。ジュンター様でよろしかったでしょうか?」


「はい、なんでしょう」


「ジュンター様の主人さまは高貴なお方ですよね。冒険者ギルドへは何をしにいらっしゃったのでしょうか?」


 そのようなことを聞いてくる受付嬢にジュンターは、はて先ほどの言葉を聞いていなかったのだろうかと疑問に思った。


「先ほどお嬢様がおっしゃったとおりのことですが。それ以外に何か?」


「……畏まりました。それではジュンター様のギルドカードの更新手続きをさせていただきます。カードのご提示を――」


 ジュンターと話していてもキリがないと見切りをつけたのであろう受付嬢がジュンターのギルドカードから情報を読み取ろうと、やけに年季の入ったギルドカードを預かり固まった。


「ブラックランク、え、英雄ジュンター様……?」


「ご手続きを」


「はっ、はいっ」


 過去の冒険者ギルドでは約五年に一回ギルドカードの情報更新があり、様々なサービスが有料利用可能になっていたが、ジュンターが懸念していた通り、約百年ほど前に制度が少し変更されており冒険者のギルド員不足により昨今のギルドカード更新は主に生存確認と現在地把握のための利用がほぼ全てであり、ほかの細々としたサービスは無料となっていた。この辺りはルズイファードも知っていたが、ジュンターがそのような昔のことからの変更点を聞いているとは思わず、伝達ミスが発生した事柄であった。

 ギルドカードの更新はただ魔道具に差し込むだけで終わるためものの数分で終わったがまだアイリスという問題人物が残っている。


「英雄ジュンター様、あの先ほどのお嬢様ですが、お弟子さんなのでしょうか……?」


「いえ、契約主であり唯一の血の一族であります。とある目的のために冒険者ギルドの情報網を利用したく登録にするために参った次第でございます」


「そ、そうでしたか……では、仮登録として受理しても大丈夫でしょうか?」


「いえ、本登録で」


「冒険者ですよ?」


「ええ、本登録で」


 受付嬢は、ああ、ここは絶対に引かないのだろうなと思い本来であればのらりくらりと躱すところだが、ジュンターが最高ランクであるブラックランクだったことが引っかかる。ブラックランクは現在存命中の所属員は三桁にも届かず、これ以上不興を買うのもまずいかと思い、何より冒険者になってしまえば自己責任として身元証明人になるであろうジュンターに責任を押し付けられると考え、アイリスの冒険者登録を受理しようと思いなおし。登録用紙の準備をするように他の者に伝え、アイリスの元へと向かう。


 アイリスが案内された応接室で大人しく紅茶を飲んでおり、受付嬢はあの分厚い本に飽きて寛ぎはじめ、自分が規則を説明することになるのかと思うと少し気が重くなっていた。が、


「あら、更新手続きは終わったかしら。この書も興味深いものだったのだけれど、ほとんどがジュンターが言っていたことと変わらなかったから読み終えちゃったわよ?」


 とアイリスが嘘を言った様子もなく本当にあの写本を読み終えたようで長ったらしくて一番荒れることの多い事前説明をしなくて済むと考えると少しは気が楽になった。


「さすが英雄ジュンター様ですね。では、その写本に書かれていないことをご説明させていただきますね。と言っても気を付けていただくことは一つです。国家間の戦争に加担するときはギルドカードの一時返納をお願いいたします。あとはその写本通りの規則でございます。あとは登録に銀貨二枚を頂いておりますが、そちらは既に英雄ジュンター様から頂いております。それではこちらに体液を一滴、頂いてもよろしいでしょうか」


 受付嬢は持ってきたカード登録用の魔道具と短い針の着いたプレートをアイリスに向かい差し出した。


「一滴でいいのかしら?ジュンターはもう少し必要なふうに言っていたのだけれど」


「え、あ、ええ。英雄ジュンター様がご活躍されていた時代より魔道具の質が向上したため、少量の体液から正確に魔力波長を読み取ることができるようになりました。そして読み取った魔力の波長をカードに印刷することにより個人を判別することができるのです」


「へぇ、便利ね」


 そしてプレートを差し出した時に受付嬢は気が付いた。貴族の子女の指先にいくら痕も残らず治るとはいえ傷つけるのは敷居が高かったかと思い、応接室の中ではなく奥にある魔力だけを感知する大型の装置まで案内すべきだったかと。そう思いなおし席を立とうとしたところアイリスが止める間もなくプレートの針に躊躇なく指を押し当てあっさりと血を垂らした。


「え、あっ、アイリス様!?大丈夫なのですかっ」


「え?これが登録の方法でしょう。それより魔力波長の方が気になるわ。見せなさい」


 あまりにもあっさりとした態度にあっけにとられながらも、自分の職務を思い出し、アイリスからプレートを恭しく受け取り魔道具にセットし詳しい手順は分からないようにさりげなく隠しながら操作すると魔道具の水晶の部位に翼と葉脈のような紋章が浮かび上がった。


「……こちらも珍しいですね。波長が二種類もあるなんて……いえ、なんでもありません。アイリス様、こちらの台座をご覧ください。ここからこの水晶に映し出された波長がこのカードに焼き付けられます。ギルドランクが上がった際にはこちらとは違う、魔力のみを動かすことができる大型の装置でカードの記載事項を変更します。誠に申し訳ございませんが要件がない際は立ち入ることができませんのでご見学はご容赦ください」


「別にいいわ、それよりこの焼き付け印刷の魔道具はどういう構造なのかしら?」


「申し訳ございません、この技術は魔導大国ウルティシアより提供いただいた代物でして、詳しい原理などは分かりかねません」


 受付嬢の答えに少し残念に思いながらも、大した熱も出さず、しかし焼き鏝を当てたかのようにカードに紋章を焼き付けていく魔道具の様子が気になるアイリスだった。


 それから出来立てのギルドカードを大切そうに抱きかかえながら、運よく大した騒動も起きずに冒険者ギルドを後にしたアイリス達はルズイファードの手紙とジュンターからの言伝を聞き、大慌てで冒険者ギルド前まで迎えに来ていた馬車に乗り込み領主館へと足を運ぶのであった。

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