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今日も、手を、つないで

作者: なるせちあき

 ピピッピピッと目覚まし時計が鳴った。アラームを止めて寝直すこと5分。

「あーやー!朝よ、起きなさーい!」

 キッチンから聞こえてくるママの声をきっかけに、布団を出る。

「おはよう、ママ」

 テーブルに用意された朝食を食べ、身支度を済ませて玄関に向かうと、お兄ちゃんが待っていた。

「行くぞ、綾乃」

 差し出された手に私の手を重ねて家を出る。

「行ってきまーす!」

 これが、私の日常だ。

 


 10才の頃、海の日の連休を利用して行った家族旅行中、どうやら事故に遭ったらしい。

 事故の前後の記憶がすっぽりと抜け落ちていて、覚えているのは退院して家に帰る時にお兄ちゃんと手をつないで歩いたこと。それと、その手がひんやりと冷たく、暑い夏の日差しの中でとても心地よかったことだった。


 その日以降、心配症のお兄ちゃんは私と手をつないで歩くようになった。

 出かける時は決まって「そこまでだから」と付き添い、学校や友達と遊んだ帰り道はマンションの近くでばったりと会い、一緒に帰る。

 お兄ちゃんっ子な私は、いつも一緒にいることが嬉しかった。

 けど、この頃はそう思えなくなっていた。

 もう私ももう16歳。お兄ちゃんと手をつなぐことが気恥ずかしい年頃なのだ。

 

「ねえ、お兄ちゃん。そろそろ手をつないで歩くのやめようよ」

「なんで?オレは綾乃のことが心配なんだよ。いいだろ?」

「あのね、私はもう子供じゃないんだよ?高校生にもなって、お兄ちゃんと手をつないで歩いているところを近所の人に見られたら恥ずかしいでしょ?」

「お、綾乃もそんなお年頃になったのか〜」

 笑いながら私の頭をポンポンと叩く。バカにされているみたいに感じて軽く睨んだ。

「でも、さ」

 スッとお兄ちゃんが真顔になった。

「誰かに見られたことなんか、ないだろ?」

「へ?」

 今までの記憶をフル回転で総チェックする。

(……無い。確かに、無い)

 友達に出会うのは決まってお兄ちゃんと別れてからだし、友達と別れた後にお兄ちゃんに声をかけられている。

(……なんで?)

「だから、これからも手をつないで歩こうぜ」

 訝しむ私をよそに、彼はニカッと笑った。

 


 あの日から、お兄ちゃんに違和感を覚えるようになった私は、こっそり玄関に向かい1人で出かけることを試みるようになった。

 でも、どんなにタイミングをずらしても、毎回扉を開ける前に気づかれる。もちろん、家に帰る時もそうだ。

 毎日帰宅時間を変えてもマンションのエントランスにはお兄ちゃんがいて、笑顔で私を迎えるのだった。

(気味が悪い……)

 そこで、思い切って非常階段から帰ることにした。

 マンションの端にあるここなら、中央に位置するエントランスから離れている。見つかることはないだろう。

 日没を待って階段へと歩く。

 エントランスの様子を伺いながら、小走りで向かう私の足がピタリと止まった。

「なんで……」

 非常階段の前。壁にもたれてスマホを操作していたのは、お兄ちゃんだった。

「ダメだよ、綾乃。ここは暗くて人気がないから危ないだろ」

 駆け寄ってきて私の手を取る。

「離して!」

「!」

 手を払った拍子にお兄ちゃんの手の甲を引っ掻いてしまった。

「あ…ごめん」

 うっすら血が滲むのを見て、ハンカチを取り出す。

「いいよ、舐めときゃ治る。それより、帰るぞ」

怪我をしていないほうの手で私の手首を掴むと、歩き出した。

 触れられる彼の手に対して、もはや嫌悪感しかない。無言でエレベーターに乗る。

「……ごめんな」

 彼がポツリと言った。

「お兄ちゃん?」

「……多分、あと少しだけだから」

 掴んだ手に力が込められる。

 扉をみつめるお兄ちゃんの横顔は、どこか寂しそうだ。

「どういうこと?」

「さあな。何でもねーよ」

 誤魔化すように私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。



 あと少し、というのがどれくらい先のことを言っていたのかわからないけど、その日は突然やってきた。

 私が玄関で靴を履いているというのに、いつまで経ってもお兄ちゃんは来ない。

「お兄ちゃん?」

 急に不安になりお兄ちゃんの部屋に入ったけど、いない。机の上には財布もスマホも鍵も置いてあって、先に出かけたわけではなさそうだった。

「パパ!ママ!」

 リビングのドアを勢いよく開けた。

「お兄ちゃんがいないの。どこに行ったか知らない?」

 2人が顔を見合わせる。ママが安堵の表情を浮かべて言った。

「そう。戻ったのね」

「え?」

 意味がわからない。

「それなら、綾乃ももう帰らないとね」

「ほら、早く行かないと学校に遅れるぞ」

 パパもママもソファから立ち上がる。

「今日はママ達がお見送りするわ」

 そう言うと、2人は私の手を取り歩き出した。

 両親と手をつないで歩くのは10年ぶりくらいだろうか。恥ずかしいよ、と断ろうとしたけど、あまりにも寂しそうに笑うから拒否出来なかった。

 小さい頃の思い出話をしながらエントランスに向かう。扉の前で手が離された。

「それじゃ、いってらっしゃい」

「お兄ちゃんと仲良くな」

 手を振る2人の様子に不安を覚えたけど、腕時計を見るとバスの時間が迫っていた。慌てて走り出す。

「行ってきまーす!」



 お兄ちゃんが目覚めた、と病院から学校に電話があったのは、3時間目の途中だった。

 何を言っているのか全く理解出来なかったけど、担任に促され連絡があった病院へ慌てて向かう。

(昨日までずっと一緒にいたのに、なんで?)

 頭の中が混乱してどうやって辿り着いたのかわからない。けど、陽が差し込む病室の中、お兄ちゃんは体を起こして窓の外を眺めていた。

「お兄ちゃん!」

「綾乃?…そっか、父さん達が送ってくれたのか。悪いな、置いてきちまって」

「これはどういうことなの?」

 ベッドに駆け寄る。

 看護婦さんの話によると、あの事故の日から今日まで、お兄ちゃんは意識が戻らず入院していたらしい。

 そして、パパとママは……。

 じっと見つめて答えを待つ。お兄ちゃんは息をひとつ吐くと語り始めた。

 意識が戻らず生死を彷徨っている間、常世と現世を行き来出来たこと。私を1人にしないため、毎日両親の元へ連れて行くことにしたこと。そのために手をつなぐ必要があったこと。

 今朝まで普通にパパやママと暮らしていた私には信じがたい話だった。

 それでも、信じるしかないことも今の私は理解していた。

 

「ごめんな。もうあの家には帰れなくなった。父さんと母さんにも、もう…会えない」

 辛そうに顔を伏せた。

「大丈夫だよ」

 笑ってお兄ちゃんの手を取る。

「これからは私が連れていってあげる。だから、2人で手をつないで帰ろうね?」

「お前、何言って……」

 その時、病室に看護婦さんが駆け込んできた。


「あなたの妹さんが病院前の交差点で……!!」

人生2作目のホラーです。

難しいです。


一口に「ホラー」といっても、「あの花」もホラーのジャンルに入れられていることをネットで知り、家族愛とか、兄妹愛、とかほっこり要素も入れてマイルドにしました。

楽しんでいただけたら幸いです。

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