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通商護衛戦  作者: 雪風
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母なる海を暴け

 1941年12月28日


 古野電気創業者の古野清孝、清賢兄弟は仕事納めを済ませ帰省していた。


 今年4月、長崎市に古野電気工業所を設立して以来魚群探知機の生産に追われていたのである。


 兄弟は38年4月、長崎県口津野町に漁船の電装品を手掛ける古野電気商会を設立していたが、設立早々軍、海保が共同で測深器の改良を依頼。


 日中戦争の際徴用した漁船が揚子江で浮遊機雷にやられた為、将来の有事に備え委託したのである。


 兄弟は最初は断ったが、魚も探知出来るとの言葉と資材提供を受ける条件で承諾。


 両機関の行動の陰には八幡、大分製鉄所や三菱に用があった亮平が移動中に読んだ新聞の広告で後の古野電気だと気付き動いた事が大きい。


 彼は水銀とハロゲンを用いたメタルハライドランプを開発していたが、用途の一つである集魚灯関係でかつて関わりがあった事を思い出したのだ。


 話を古野電気に戻す。


 同社が2年前に試作した物は、鰯とクラゲの区別が付かなかったりスクリュー音が混入する等散々だったが、今年の4月に売出した物は雑音を除去し魚種の判別が可能な自信作だった。


 最初の3ヶ月は反響が無いどころか返品の山だったものの、お盆前には地元漁師の謝罪の言葉と共に配給切符に化けた為、漁師共々数日勾留されたが農林省と海軍が動き無事釈放された。


 お盆明けには県内の漁師が列を成し、それでも捌ききれないのに晩秋以降は生産数の半分を九州各地の漁港に割り当てる形で生産を続行。


 来年は全国向けに拡大する事が決まっていた。


 秋刀魚を満載し大漁旗を掲げて帰港する漁師の様子は検閲を受けて報道されたのは言うまでもない。


「ああ疲れた。海軍さんというか小川さんは何を考えてるんだろうね」


 コートを脱ぎながら清賢が零す。


「何がだ?」


「船に発煙筒を積むように言ったり無線のノイズ対策に東芝からわざわざ技術者を呼んだのはあの人らしいよ。


 製図道具や物置程もある計算機を使わせて貰ったし探知機に専念して欲しいらしいけど……」


 それより集魚灯が欲しいと愚痴った。


「よせ、何処に耳があるか判らん」


 清孝は慌てて窘める。


 古野電気は軍の指定工場となり、月産300台のペースで探知機を製造していた。


 弟妹も小さく、家庭内でも国に疑問を抱くような言動は憚られていたのである。


「大体よぉ、実家でする話か?


 この話はここまでにしようや」


「分かったよ」

※蛍光灯に用いられているのは有機水銀ではなく無機水銀なので蓄積はしないのですが、主に腎臓にダメージが。


 水銀を含む製品の製造は水俣条約でやっと禁止されました。

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