次の戦いの為に
──ウェーキ島──
ワイヤーが軋む音と共に停泊していた呂号潜水艦から8㌢高角砲が取り外され、緩旋回した後島に運び込まれたダンプトラックの荷台に降りて行った。
ワイヤーが緩むとデリックの作業半径外に居た設営隊員達がわらわらとトラックに集まって行く。
「餌に群がる鯉というか、砂糖に集る蟻と言うか……」
装備するデリックで潜水艦からトラックに高角砲を吊り降ろしていた特設潜水母艦、多治見丸の船内から舷窓越しに作業を眺めていた呂号第三十八潜水艦艦長、野村俊治少佐はそう呟いた。
米空母対策に前線の防空能力強化が叫ばれ、潜水艦の水中高速化もあって移設工事中だったのだ。
彼が今滞在しているウェーキ島はミッドウェー経由で飛来するPBYカタリナ飛行艇の存在もあり、B-17が襲来する南方程では無いにせよ防空の重要性は高かったが近海に出没する米潜がそれを阻んでいた。
視線を船室に戻し、一服しながら数日前に帰投した時の事を思い返す。
(フレンチフリゲート礁で重巡を含む敵艦隊と水上機を発見してからハワイからの哨戒機と挟撃されるのが嫌で、東進せず島に引き返したがフレンチフリゲート礁に今まで敵は居なかった筈だ。
米本土とハワイの間の通商破壊が追い付いていないか、哨戒線を前進させる程こちらの想定以上に復旧が速いか……)
帝都空襲も考えるとK作戦は失敗だったか?と思いながら野村は吸い終わった光を灰皿に捩じ込んだ。
──呉──
「ミッドウェー攻撃を行うと?」
執務室に黒島の声が響いた。
「ああ。
我が軍の暗号が解読されているのは事実だが、アリューシャンへの攻撃を止めてでも敵空母の数が揃わないうちに叩く。
ただ占領はしない。
帝都空襲で陸軍の目は着陸予定だった大陸に向いているし、ラバウルやニューギニア方面で空母と陸上機の攻撃を受けている以上、泊地がないミッドウェーに第二戦線を築く余裕は無いからな。
先に言った通り目標は米空母だ」
山本長官は机に手を付きながら念を押すように答える。
その拍子に彼の目の前に置かれていたミッドウェー発の海水淡水化装置故障を知らせる翻訳電報に皺が寄った。
「陸戦隊からウェーキ島に海底ケーブルの在処を示す報告が上がっている。
無論ミッドウェーにもあるだろう。
小川兄弟からの資料が無ければ陸戦隊に指示を出さず、報告にも気付かず欺瞞作戦に引っ掛かっていただろう」
「暗号が解読されている事に気付いている点では我々が有利ですが、余裕が無いのはタンカーもですな」
と、宇垣。
「外洋航行可能なタンカーがそもそも足りていません。
上陸船団を削り、各艦船を満タンにしても50万キロリットル台。
バリクパパンや珊瑚海海戦の戦訓から、敵の航空攻撃が及ぶ範囲にタンカーを派遣する事は慎むべきかと」
我が国が保有する1万トン級タンカーは20隻しかないのですから、と言うと宇垣は黙り込んだ。
軍艦にドラム缶を積んで真珠湾攻撃を断行した山本長官以下GFにとっては口にするまでもなかったが、原油の輸送経路が北米から満州に短縮されたとは言えど国内の石油消費量が増えた以上、作戦想定海域を前進させる事は戦力の削減無しには困難だったのだ。
日本海軍の情報収集能力、作戦立案能力、想像力は日本陸軍以下。
馬鹿い軍が相応しい。




