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通商護衛戦  作者: 雪風
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温度差と対策

 ──1942年5月、呉──


「第四艦隊はまだ空母を寄越せと言っているのかね」


 そう言うと山本司令長官は渋面を浮かべた。


「いえ、空母ではなく搭乗員と整備兵、衛生兵と薬品を求めているようです」


 宇垣参謀長が訂正する。


 黒島や三和参謀も頷いていた。


 珊瑚海海戦で翔鶴隊がレキシントンを撃沈。


 瑞鶴隊がタンカー、重巡、駆逐艦各一の撃沈を報告。


 戦勝気分に浮かれていた連合艦隊や軍令部にとって第四艦隊の報告、要望は水を差す物だった。


 とは言え、連合艦隊も軍令部に敵情報告するに当たって、捕虜から得たポートモレスビー及び豪北に展開する敵戦力についてはMO作戦前から把握していた。


 井上司令長官と軍令部や連合艦隊の仲が悪く、最前線で敵弾に身を晒す第四艦隊やラバウル航空隊とは危機感に差が有るのは否めなかったが。


「今は……いや、今月は無理ですな。


 間が悪い」


 黒島がそう言って軽くかぶりを振り、更に続ける。


「一、二航戦は新型戦闘機への転換中で、加賀と五航戦はインド洋作戦や帝都防空戦、珊瑚海海戦からの休養と損耗回復中です。


 新入りに宛行われるのは九六式か、良くて従来の零戦でしょう。


 梅雨入り前に満州やパレンバンからトラック諸島に3万tの重油や4千tのガソリンを運び込んだ後解傭しなければ内地の生産活動に支障を来します。


 空母は隼鷹が公試中で、今月末には21ノットと低速ですが27機艦載可能な雲鷹が竣工しますが……」


「公試も有るし後方支援、輸送が関の山だろう」


 山本長官が応じ、宇垣も口を開く。


 「スンダ列島や他の島々の封鎖の為、各島に振り向けていた重機や車両群をマダンに送り込んだばかり。


 砲の換装で空襲に強くなった艦隊や一等輸送艦は手すきですがダンピール海峡は日米が投下した機雷で大型艦を動かせる状態ではありませんな。


 井上長官はどうも過敏というか理論ばかり先走って困る」


 宇垣はそう言って肩を竦めた。


 バリクパパン沖海戦やラエ・サラモア空襲等、島を越え急襲を仕掛ける航空機に対し、仰角30~55°を取るのが精一杯の15㌢級以下の艦砲はせいぜい1発撃つのがやっとだった。


 だが魚雷艇に対しては14㌢以上なら至近弾でも転覆するという報告が比島攻略支援に参加した戦艦部隊から上がっていた為、占領した島々で構成された海峡の両岸に対空射撃には使えない艦砲を据え付け封鎖。


 撤去後の艦には機銃や12㌢高角砲を増設している。


 年明けにウェーク島からウェーククイナや捕虜と共に回収したブルドーザーを元に小松が1ヶ月で製作したG40(全備重量5.8t)が2月末に完成した為、7tの積載量を誇る二式自動貨車(全備重量12.9t)や上記の艦砲、クレーン共々二等輸送艦で該当する島々に送り込んだのだ。


 ニューギニア、ソロモン方面はニューブリテン島とウンボイ島の間、最大幅30kmのダンピール海峡はラバウルからラエ、サラモアのあるフォン湾に至る最短経路だが、それ故に敵の妨害が激しく撃たれ強く搭載量の多いB-17による機雷封鎖が行われていた。


 最大射程19.1kmの14㌢砲で両岸を扼しているがB-17には無力である。


 ウンボイ島からニューギニアまでのヴィティアス海峡は最大50kmと中口径の艦砲が届かない位置に米潜が潜む事があり、航行する船団に雷撃を放っている。


 資料に目を通していた三和参謀が口を開く。


「人員や薬品であれば空輸でも対応出来ます。


 現地には重装備の海上輸送には成功しているので損耗も少ないかと」


「ではそれで頼む」


「承知しました」


 山本の要望に三和が応え、会議は終了した。



 ──一週間後、ラエ──



 八九式中戦車が轟音を響かせながら着陸したばかりの零式輸送機に向かっていた。


 砲塔、武装、尾橇の他、操縦手以外の乗員を省き1.4t軽くなった為心無しか軽快である。


 足回りが共通で車格の近い九五式十三屯牽引車(13t、160馬力)より低性能(11.3t、118馬力)だが、全周に施された装甲は最前線での運用に限り性能低下を補って余りある物だった。


(陸攻じゃなくダグラスか……交代要員だけじゃないな)


 坂井は宿舎外のベンチに座りながら近付くそれを眺めた。


 近くに居る同僚達の顔は明るい。


 陸攻より低速だが搭載量の多いダグラス機が前線に出向くという事は、防空戦の頑張りが無駄では無いという傍証だった。


「おっ、赤十字の箱が……医者も薬もここまで来たか……」


 坂井は体の中から何か温かい物が湧き出て来るのを感じた。


 ラバウルと異なりラエには温泉は無いが火山灰によるエンジントラブルも無く、人機のコンディションが真逆だったのだ。


(重病人は最悪今まで通り後方送りだとしても、症状が軽い者の復帰がは早まるかもしれない)


 坂井は新型機も配備されれば百人力なのだが、と思いながら搬出中の機影を見つめていた。



 ──同日、東北大学──



 宇田教授の研究室から家具を動かす音が廊下にまで響き渡っていた。


「宇田教授、新年度早々お引越しですか?」


 浩は廊下からひょっこりと顔を出し呼び掛けた。


「ああ、浩君。いや何、陸軍から招集がかかってね。


 シンガポールで見た事の無い装置が見つかったから来いだとさ」


 それで必要な物と留守の間に見られたら困る物を分けていたのだ、と宇田教授は言う。


「出張中の事は君に任せるよ。他の人には頼めなくてね」


「はあ、お気を付けて行ってらっしゃいませ(お労しや、宇田教授……八木博士に八木・宇田アンテナの功績を取られてからすっかり人間不信に……)」


 宇田は浩の視線を意に介さず、スーツを軽く叩くと鍵を閉め、鍵を押し付けて去って行った。

開発者の発表を冷遇、黙殺し、敵の兵器調査にも呼ばなかった国家があったらしい。

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