未来の家電と潜水艦
昼食を済ませた亮平は談話室で来客を迎えていた。
「この時期に井浦中佐が理研に来るとは思いませんでしたよ」
粗茶をどうぞ、と続けた亮平の声に、軍令部で潜水艦の作戦、運用を担っていた井浦祥二郎中佐は仏頂面を浮かべた。
「貴様も知っている筈だが遣独潜水艦が既に出撃済みでな。
手が空いたから理研に南方で手に入れたスノートを渡しに来たんだ」
「スノート……ああ、シュノーケルですか、
確かオランダが一番シュノーケルの研究が進んでましたね」
「そうだ。 去年帰国した遣独使節団のメンバーも同じ事を言っていたよ。
現物があるから年内には実用化出来るそうだ」
「それは良かった。
来年から米英の対潜能力が上がりますからね」
「新型レーダーが配備されるんだったか。
だが対策済みなのだろう?」
井浦中佐はソファーから身体を起こすと浅く座り直し、ぐっと身を乗り出した。
「はい。22号と波長がほぼ同じですから探知は難しく無いです。
搭載難易度や優先順位的に水上艦の方が装備が早いですが」
「帝都空襲もあったからな。 それは仕方ない。
ところで──」
一段声を落とす。
「派遣した潜水艦は君達の資料を元に色々弄ったが、無事に帰還するんだな?」
「シンガポールで触雷しなければ。
吸音タイルはドイツ頼みですし暗号はそちらの領分ですから何も言いませんが、チタン酸バリウムを使ったソナーと船体を構成する鋼材は15年先、部品の工作精度はNC工作機械を使っているのと、列車のブレーキシステムを応用した舶用機関の遠隔操縦装置で20年、磁石はマンガンアルミカーボンを使っているので35年、モーター効率は50年先を行ってますよ?
何の為に戦後初めて建造されたおやしお型潜水艦やそれに使われた鋼材、SM52Wの配合比データをモーターサンプルの洗濯機と一緒に渡したと思ってるんですか」
家電や資料等、荷物運びに駆り出された亮平はそう言って腕を組む。
戦前の家庭用電源では電力を賄えない為工場と同じ契約を結び、現代価格で毎月10万近い電気代を払いながら騙し騙し家電を使っていたが、壊れた家電を理研に持ち込み提携企業に公開。
電子レンジは陸軍が、
洗濯機は海軍が興味を示した。
内蔵されているDDインバーターは米海軍が大戦後半に投入するテンチ級に使用されている機構で、洗濯機に求められる低振動、静音性は潜水艦に必須であったし、モーターとギアの駆動音が伊201型の運用を阻む原因の一つだった為だ。
「いや済まない。君らのせいで海軍は自信喪失状態だからな」
「は?」
言葉と共に気温が下がる。
変化を察した井浦は慌てて言い直した。
「失言だった。
今まで自分達がやって来た事が友綱事件、第四艦隊事件で否定されてね……自業自得だよ」
謝罪の体を為していない言い訳を聞く内に亮平は肩を落とした。
「はあ……最低でも15年先の技術で出来てて潜航深度も5割増しになってるんですよね?」
「ああ、その通りだ」
「なら大丈夫だと思います。
神では無いですしICがまだ作れないのでより静かで長寿命なブラシレスモーターも出来ませんが、それでも今までのモーターより小さいですから音量も桁違いに静かですよ」
与えられた状況で精一杯の事はした、と言外で主張した。
──同時刻、インド洋南方──
「逆探に感」
「オウ」
伊30の司令塔に立っていた遠藤艦長は電測員からの報告に短く返すと乗員がハッチに消える様子を眺めた。
42年現在英軍の用いるASVⅡレーダー(1.5m波)と同じ波長の21号電探を用いて行われた試験では、E-27は潜水艦が装備する13号電探とほぼ等しい50km先から敵のレーダーを探知可能だった。
従来と形状が異なる実験艦の如き艦を、一部の口さがない兵は『学士様謹製の鉄の棺桶』と称していた。
(今までの艦に比べたら雲泥の差だ)
エネルギーロスの減った新型モーターと涙滴型船体の採用、NC工作機械による加工精度向上で水中最高速力は8ノットから25ノットに。
最大放電時間も50分から一時間に。
航続距離は3ノット時96海里から168海里に延びた。
九三式酸素魚雷を参考に海水による強制水冷を実施した事で、潜水艦内部の温度は夏場や熱帯地域に限り海水温+2℃以内まで下がっていた。
取り入れる海水の量を減らせばばそれ以外の海域でも艦内温度を快適に保てるのは言うまでも無い。
(まさか潜水艦でシャワーや冷蔵庫にお目にかかれるとは……)
流石に毎日という訳ではないが衛生上好ましい事ではあった。
設備改善を軟弱と批判する者はいない。
臭いが籠もりやすく潜航中は喫煙も出来ない。
食事のレパートリーも少ないとなれば環境改善に動くのも道理である。
(良い艦だ)
だがインスタント食品は機関兵が減少したとは言え、人の体臭やオイル臭が移るだけでなく高温多湿環境故に生野菜程では無いにせよ早めに食べるよう指導された。
南方軍も同様だった。
タイ米が輸送中に黄色くカビる環境ではインスタント食品も腐敗は免れなかったのである。