ツラギ空襲
レキシントンから発艦した四十二機が編隊を組み終わってから間もなく、彼等は南下する敵機と遭遇した。
(ヴァルでもジークでも九七式艦攻でもない。
この距離でこのエンジン音……馬力を強化した新型機か!)
そう判断した指揮官のウィリアム中佐は味方に警告しようとインカムを手に取った。
同時に護衛のF4F-3が先行、排除にかかる。
だが、
『Sh○t!速すぎる』
旋回した敵機──二式艦上偵察機は無線を発信しながらF4Fから発せられる罵倒を置き去りに四十km/h近い速力差で遠ざかって行った。
──ツラギ北方沖──
「来たか、遅かったな……対空戦闘用ー意っ」
ツラギ攻略部隊旗艦、沖島の艦橋で千代田から報告を受けた志摩少将は命令を下す。
電探はガダルカナル島に遮られたが、敵情報告した長波には無関係である。
送信した千代田は増速しつつ北方に避退。
艦偵の収容と戦闘機の発進準備を急いだ。
「加速するのは良いが、二十九ノットは超えるなよ。
整備兵が動けんからな」
千代田艦橋で艦長の原田大佐が風に負けじと声を張り上げる。
二十九ノット──風速十四.九二m/sは人が風上に向かって歩ける上限にほぼ等しい。
零戦の要求性能に記された条件──十五m/sの状況で空母に離着艦出来る事──は人間の限界から決められた数字であった。
帽子を押さえ、身体を海老のように丸めながら作業する彼等の近くを九七式飛行艇が甲高い爆音と共に通り過ぎて行く。
基地からは零観も発進し、各艦の砲が南を向いた。
レキシントンから出撃した攻撃隊がツラギ北方沖に到達した時、千代田からの戦闘機はまだ来て居らず、零観の高度も劣位であった。
──赤松艦橋──
「弾幕を張りつつ面舵! 直に味方の戦闘機が来る!」
護衛を担っていた松型駆逐艦、赤松艦長の亀田少佐が吠え、ブザーからやや遅れて主砲の八九式十二.七㌢高角砲が火を吹いた。
人力揚弾を電動化、旋回、俯仰速度を増し、砲塔バスケット化して操作性も高め、毎分最大二〇発の発射レートを確保している。
「菊月、被弾!」
何、と声の方向に顔を向けた亀田の眼に映ったのは、機関部から火炎混じりの黒煙を吐く菊月の姿だった。
「(未だ動いている。……だがあの場所では……)構うな!まずは生き残る事が先だ!」
亀田はそう混乱する周囲と迷いを見せた自分自身に向けて言い聞かせた。
──赤松前部主砲塔──
(暑い……重い……急降下の相手は機銃じゃ駄目なのか)
艦橋で艦長が混乱を鎮めていた頃、砲塔内では揚弾手から装填手に増員配置された堀内上等水兵が、呪詛を吐きながら同期だが装填手としては先任の三浦と共に、電探と連動した射撃指揮装置から送られて来る諸元に従って敵を砲撃していた。
砲塔内に木霊する発砲音と排熱で頭の働きが鈍る中、一升瓶より一回り大きく、装薬込みで34kgを超える砲弾を装填する。
島を越えて急降下爆撃を掛けて来た相手に対処する為、砲の仰角は大きい。
自由装填では平射砲と異なり弾丸と装薬の二段階に分けて装填出来ない為、身体にかかる負担は大きく、腰から伝わる痛みを指や手首からのそれが覆い隠していた。
(俺らは塀を越える忍者の人馬かっ。
早く、墜ちろっ)
堀内は短く息を吐きながら勢いのついた忍者の片足分に匹敵しうる重さの弾を祈りを込めて装填し続けた。
数分後、思いが通じたのか伝声管から敵機の撃墜報告、続いて撃ち方止めの号令が届いた。
「ふう……ひとまず何とかなったか」
肩で息を吐き、汗を拭う。
「ああ。 俺のお陰だな」
「よせやい、俺だろう」
友軍機の爆音を遠くに感じつつ、堀内は砲塔に持たれかかると三浦と目を合わせ、互いに笑った。
──レキシントン麾下攻撃隊──
(気付かれていたとは言え何という対応力だ……三月のラエ・サラモア空襲の時とはまるで違う。
忌々しいが、ジャップも学習しているという事か)
ウィリアムはそうボヤくと翼下に視線を落とした。
火災が生じている艦船は片手で足りる程度。
三月の時と違い敵に戦艦は居なかったが(敷設艦津軽を戦艦と誤認)、こちらもヨークタウンもポートモレスビーからのハドソン爆撃機やB-17による来援もなかった。
「(北方から艦載機……潮時か)全機に通達。 一旦引き揚げるぞ」
部下達の了解の声を聞きながら南西に舵を切る。
(第二次攻撃が必要だ。 だが──)
後ろを振り返る。
(──ジークが来る前に三割はやられたか……)
一抹の不安を胸中に抱き、米編隊は戦場から去って行った。