MO作戦始動す
──ツラギ北方沖──
(花火でもなければ風情も無いな)
ツラギ、タナンボゴ等フロリダ諸島に輸送艦や駆逐艦の主砲である八九式十二.七㌢砲が艦砲射撃を行う中、横浜航空隊所属でタナンボゴ島に上陸予定の駐屯部隊最高指揮官、宮崎重敏大佐は空を見上げた。
視線の先には水偵が投下した照明弾が月光を遥かに凌ぐ輝きを放っている。
二等輸送艦の前部が開き、ウェーク島の経験から増加装甲が施された九五式軽戦車がノロノロと上陸を開始した。
(うっ、排ガスの臭いがキツイな。
訓練の時より音が煩いし戦車の動きも鈍いが、無事に登れるんだろうな?)
心配を余所に、順調に内陸に進む戦車を見て大佐はほっと息を吐いた。
(抵抗も故障も無く上陸出来たか。
さて──)
北に目をやるとマライタ島の島影が見えた。
(上陸支援無しに一部の兵を荷物と共にマライタ島に潜入させよと命じられた時は面食らった。
司令の考えは読めん。
子供の遠足でもあるまいにイルカの歯を持ってきたか、種類は間違ってないか何度も確認されたが、本当に歯が軍票代わりに使えるのか?
ヤップ島の石貨は南方航路絡みで漏れ聞こえて来るから知っているが……)
彼の部隊に配布された海図には海岸線と等深線、等高線しか載っておらず、集落を示す物は皆無だった。
日本やドイツの委任統治領ではなく、今世紀に入ってから反日姿勢を崩さない豪州の玄関先とも言える海域の島に住む人々の文化、風習、経済システムを何故井上長官が知っているのか大佐には見当もつかなかった。
5月3日の朝を迎え、日本軍はツラギ他フロリダ諸島の無血占領に成功したが、活動を開始した水上機に記された日の丸を目撃した沿岸監視員の通報によりこの行動は連合軍の知る処となる。
‡ ‡
翌5月4日の午後、珊瑚海でネオショーから補給を終えたばかりのレキシントンはソロモン諸島へ向けて北上していた。
(ラバウルは悪天候で敵は足止めされてるんじゃなかったのか?)
同艦艦橋で第11任務部隊司令官のフィッチ少将は心中でぼやく。
彼の預り知らぬ所ではあったが、敵の占領地の海岸線からコーストウォッチャーは追い払われ、潜水艦もスレッシャーの喪失認定と併せて所在確認を取った処、累計喪失数は35隻に達していた。
これは保有数のほぼ3割に相当し、最新鋭のガトー級も何隻か含まれている。
情報の鮮度、確度が落ちている中で敵の来寇を迎えたのである。
戦力も乏しい。
護衛機の無い艦艇が航空攻撃に弱い事をマレー沖海戦が実証した為戦艦は使えず、ラングレーと全てのエンタープライズ型空母が戦没。
サラトガは修理中で、レンジャーは防御力不足。
護衛空母は豪州の戦力強化の為輸送に駆り出されており、低速の為レキシントンと共同作戦を行う事が出来ずタウンズビルに在泊中で、ワスプは先月末に地中海向けの航空機輸送を終えたばかりでまだ大西洋に在った。
「……ツラギ攻撃部隊発艦後、西に退避する。
飛行隊にもそう伝えろ。
最悪の場合近くの島に不時着せよともな。
島越しだから奇襲になるだろうし潜水艦が拾ってくれる」
そう言いながら海図に目を落とす。
視線の先にはガダルカナルと記された島があった。