サムライ、ニューギニアに立つ
──ニューブリテン島──
「おっ、やってるな」
ラバウルからラエに向けて飛び立った坂井三郎は零式水上偵察機とすれ違うと、海に目をやった。
洋上では駆逐艦と海防艦各一隻が単縦陣を組み、島へ砲撃を行っている。
機体を傾けて振り返ると、先程の水偵が島の上空で旋回していた。
(さっきのは目潰し……いや、声、喉潰しか。
御苦労さん)
心中でお礼を述べると体勢を立て直した。
占領後の島への砲撃は前任地のバリ島でも時たま見られた光景であった。
海空問わず、港湾に出入りがある度に発せられる敵工作員の電波を基地と停泊中の艦船、又は航行中の二隻以上の艦で傍受。
連合軍が大西洋で行っているHFDFと同じく三角測量を行い、数分で位置を割り出した後に怪しげな山頂に砲撃を行っていたのである。
ダンピール海峡、次いでニューギニアはフォン半島先端の街フィンシュハーフェンを通過後、海岸に沿って西進を続けていると南面を川に託した港街──ラエが見えてきた。
(街は立派だが飛行場は酷い──というか寂しいぞ。
ラバウルの方がマシだ)
着陸後、機体牽引にやって来た九四式六輪自動貨車の陰から駆け寄ってきた面々の中に先行した部下の本田二飛曹を認めて挙手しつつ、心中でボヤく。
ラバウルで見かけた中攻の牽引や飛行場整備用に陸軍から供与された九五式十三屯牽引車や九六式装甲作業機がラエには一両も無い。
古武士を思わせる物々しさ、頼もしさを感じさせる同車や中攻の不在がラエ飛行場の第一印象に繋がっていたが、坂井がそれに思い至る事は無かった。
「小隊長、待ってましたよ!
ここは面白い所ですよ!
毎日空戦が出来ます!」
自動貨車のエンジン音に負けじと本田二飛曹が叫ぶ。
「そうか、分かった。
危ないから離れてろ」
「はい!」
本田が離れると、短い金属音と共に坂井の乗った零戦は掩体壕に向かう。
(楽になったな)
設備の乏しい前線基地では、ほんの数年前まで砂糖に集る蟻のように人が航空機に群がり、人力で移動させていたが隔世の感があった。
道すがら自動貨車の運転手から各施設の説明を聞いた後に指揮所に入ると、見知った顔があった。
「笹井中尉!」
「よっ、坂井。
風邪は治ったようだな」
「お陰様で」
坂井の声を聞いた笹井は笑みを消すと、口を開いた。
「そうだ、坂井に言っておく事がある」
「何でしょうか」
「ここはポートモレスビーまで零戦で巡航45分と距離が近い分、ラバウルより敵の空襲が激しい。
短くとも睡眠をしっかり摂って養生するんだ」
「はい」
「それと腹を壊したからと言ってジャングルの中で不用意に用を足さない事。
設営中に設営隊が棘がびっしり生えた葉っぱを掴んで難儀したそうだ」
「分かりました」
「後ラエの南の川……マーカム川と言うらしいが泳ぐなよ。
スコールでよく増水するしワニが居るからな」
「ワニですか、分かりました。
ラバウルは火山がすぐ近くに在りましたが、ニューギニアも植物と言いワニと言い自然の脅威が凄まじいですね」
「ああ。
他は出撃前に聞いたと思うが、この辺りの海はフカも居るからな。
出来るだけ陸地に不時着するように」
「分かりました(これがニューギニアか。
人間相手なら恐ろしくは無いが、気を抜くと自然にやられるな)」
坂井はそう考えると踵を返した。




