第1章 2話 要塞都市ブランヘルブ
ジークは幼生の頃から育てている竜族の獣で、アルの相棒だ。
竜族は多様な環境で進化を遂げた上位の獣で、飛竜族、地竜族、水竜族、砂竜族などその種類は多い。
その中でもジークは地竜族に属していて、体は灰色の硬い鱗で覆われており、長く頑丈な足と武器にもなるしなやかな尻尾が特徴的だ。
ちなみに竜族は、この世界の最強種、ドラゴンが属する龍族とは異なる。
飛竜など一部の獣は、ドラゴンに近しい見た目のものもいるが、念話と呼ばれるコミュニケーション能力は持たず、魔法も使えない。
それでも竜族のほとんどは高い知能を持ち、ブランヘルブに向かう途中、モーグに追われるアンナに気づいたのもジークだった。
マリリカの孫娘を救えたのは、まさにジークのお手柄といえよう。
街に着いたら大好物のワニガエルの肉でも買ってあげないと。
そんなことを考えながらジークの喉元を撫でてやると、どこか誇らしげな表情を見せた。
アルとアンナを背に乗せたジークは、壊れたホバーバイクを牽引しながら聖道を進んでおり、まもなくブランヘルブの正門に差し掛かろうとしていた。
この聖道とは結界の敷かれた道のことであり、野生の獣は侵入できないようになっているらしい。
確かにこの中にいれば獣を警戒する必要もなく、商人など力を持たない多くの人にとってはなくてはならないものだろう。
ふと視界に入ったアンナは、まだジークを警戒しているのか、険しい表情で後ろからアルの肩を掴んでいた。
「ケガの具合はどう?」
「だ、だいぶ楽になったわ。ありがとう。まさか回復魔法も使えるなんてね。」
「そんな大層なものじゃないさ。君の体の自己治癒力を少し高めただけだよ。だから街に着いたらちゃんと医者に見せた方がいいよ。」
「ええ、そうするわ。それよりアル、あなた本当にグランドエリアで育ったの?」
「うん、そうだよ。ただあまりこの事は話すなって言われてるから内緒ね。」
「言われてるって・・・誰に?他にもグランドエリアに住んでる人がいるの?」
「俺を育ててくれた人に、かな。いると思うよ。だってシーカーって人たちも外で活動してるんでしょ?俺も何度か会ったことあるし。」
「彼らは調査のために外にいるのであって、住んではいないわ。それにグランドエリアなんて、ほとんど未開の地だし、また話が違うでしょ・・・」
少し考え込むそぶりを見せたアンナだったが、それ以上そのことについては聞いてこなかった。
「それで、マリリカおばあさまにはどんな用件で会いにきたの?」
「えーっと、この街での生活とか、もろもろの手続きをしてもらう手筈なんだ。しばらくはブランヘルブにいることになるだろうからさ。」
背中越しに、アンナの驚く気配がした。
「あなたマリリカおばあさまと面識があるの?」
「あぁ、何度か会ったことがあるよ。最後に会ったのはもう7年も前だけどね。」
ふと思い出したが、マリリカも今のアンナと同じような、白銀の髪をなびかせていたっけな。
「何度かって・・・あなた、わかってる?おばあさまは世界に3人しかいない最高位師範の1人なのよ?今じゃ騎士学園の学長も務められていて、この広いブランヘルブでもその名を知らない人はまずいないわ。」
「最高位師範?」
「最高位師範っていうのは、世界でもトップレベルの実力があって、その上人類の発展に多大な貢献をした人物に与えられる称号なの。おばあさまは騎士を育成するための制度を確立したすごい人なんだから。」
「なるほど。確かに初めて会った時に思い切りぶっ飛ばされたから、彼女の強さは身をもって知っているよ。俺もあれからかなり強くなってるけど、まだマリリカには勝てる気はしないかな〜。」
「いや、そんな話はしてないんだけど・・・」
あっけらかんと答えるアルにアンナは呆れた様子だった。
「そういえば、アンナはどうしてモーグに追われてたの?」
アンナが少しバツの悪そうな顔を見せる。
「これをとりに行ってたのよ。」
そう言って広げた鞄の中には、エメラルド色に弱い光を放つ石がいくつも入っていた。
「その帰りに近道しようと思って未整備地帯に入ったら、運悪くモンゴグルドの巣があって怒らせちゃったみたい。」
「これは・・・魔石かな?」
「えぇ、そうよ。実は私、杖がないと魔法が使えないんだけど、その杖の材料に魔石が必要なの。普通はそうそう壊れるものじゃないんだけど、私魔力量がかなり多いみたいで、すぐに魔石が割れちゃうのよ。だからこうしてアスラ砂漠の先にある魔岩地帯に魔石をとりに行ってたってわけ。」
「ふ〜ん。でもこの魔石、あまり純度が高くないよね?それだったら高純度の魔石を使った杖を買った方がいいんじゃない?それなりの値はするんだろうけど、マリリカならお金もあるんだろう?」
「それはそうなんだけど・・・おばあさまは権力とお金に関してはとっても厳しいの。権力のある者こそより謙虚に、お金のある者こそより堅実に、ってね。だから自分の孫だからって特別扱いしないし、私も、これは私自身がなんとかすべきことだと思ってる。」
「なるほど、確かにその通りだ。マリリカはいい教育をしているね。」
「いい教育って、なんであなたが上から目線なのよ。」
「はは。でもそのせいで孫娘が獣に食べられてたら、元も子もないけどね。」
「うぅ・・・」
アルにいたいところを突かれ、アンナはそのまましばらく後ろで項垂れていた。
ブランヘルブの東の正門は、砂漠に面した外壁のちょうど中心あたりに作られている。
外との出入りをする人が少ないのと、獣の侵入を防ぐためだろう、扉は常に下ろされており、騎士の検問が済んだら中へと通されるようだ。
正門についた時、ちょうど商人と思しき男性が検問を受けているところだった。
アルたちも検問を受けるため、ジークからおりてその列へと並ぶ。
検問を受けている商人は後ろからでもわかるほどに左右に髭が伸びており、刺繍の入った朱色の特徴的な服を着ていた。
彼の荷車には木箱がいくつも積まれており、それを大型の甲羅族の獣がひいている。
外を通っての輸送となると、都市ブシュリムの品だろうか。
ブシュリムはアルが住んでいた場所から一番近くにあった都市だったので何度か行ったことがあるが、作物が豊かなところだった。
その中でも特に果物がおいしく、あの箱の中身も果物かもしれないなと、そんなことを考えながら、アルはその商人から街を取り囲む外壁へと意識をうつした。
高さ30mはあろうかという外壁にはいくつも砲眼が設けられており、外敵への迎撃設備が整えられているようだ。
そのさらに外側にはかなり複雑な結界が張られており、結界についてあまり詳しくないアルにも、その強度の高さがわかった。
「ギギギギギギギ・・・」
検問が終わった商人を通すため、重厚な門が上がっていくが、見えた壁の厚さもかなり分厚い。
確かにこれなら、大抵の獣じゃどうにもならないだろうな。
「次の者、こちらへ。」
商人が門の奥へと進んでいき、アルたちの番が回ってきた。
「通行証、または身分証を。」
騎士の確認にアンナは慣れた手つきで身分証を差し出す。
「アンナ・ルーシス、学園生だな。問題なし、と。君は?」
「身分証は持ってないんだけど・・・これで通れるかな?」
そう言ってアルは、グレイから預かっていた短剣を渡した。
グレイはアルの育ての親で、普段家にいない親父に代わってグレイには色々なことを教えてもらった。
「この紋章は・・・確認する、ここで少し待っていろ。」
そう言うと、騎士は受け取った短剣を持って門の中に入って行った。
「何を渡したの?」
「俺もよくわかってないんだけど、何かあったらあれを見せろって言われてるんだ。」
グレイからそう言われていただけで、アルもあれがどういったものなのかは知らない。
ただ、彼がそう言うのだから間違いないのだろうと、とくに心配はしていなかった。
騎士は数分ほどで門から出てきた。
「確認が取れた、通っていいぞ。」
そう言って騎士はアルに短剣を返すと、門を開けるよう合図を送った。
先ほど同様、重々しい音を立てながら目の前の門がゆっくりと上がっていく。
門の内側から漏れ出した、冷たい空気を足元に感じながら、アルは改めてここに来た目的を思い返していた。
『契約のための秘石・・・必ず救ってみせるからな。』
「アル。どうかした?」
先に門の中に進んでいたアンナが、動かずにいたアルに声をかける。
「いや、なんでもないよ。さ、行こうか。」
そう言ってアンナについていくようにアルは歩き出した。
門を抜け、一番最初に目についたのは、遠く街の中心にそびえ立つ大きな建物だった。
「わぉ。人はあんなにも大きなものを作ることができるんだね。」
この距離でもわかるその大きさと存在感にアルは珍しく自分が興奮しているのを感じた。
「驚いた?あれが王を守るために造られた防衛設備フォルトレスよ。この街が要塞都市と呼ばれる所以ね。」
要塞都市、か。たしかにあれを攻めるのは難しそうだ。
「あそこに王が住んでるの?」
「王はあの中にある王宮に住んでるわ。フォルトレスに囲まれて見えないけどね。あそこに住んでるのはホルダーや騎士よ。フォルトレスは防衛設備兼、騎士の城ってところね。あ、あなたホルダーは知ってるの?」
「あぁ、知ってるよ。」
ホルダー。
各ホルドサイドに1人ずつ存在する最強の騎士。
確かブランヘルブのホルダーは序列4位だったか。
世界で4番目に強い騎士、どれほどのものか興味がある。
「あとは騎士学園もあの中よ。だから、マリリカおばあさまもあそこにいる。」
「そうか、じゃあまずはあそこに行けばいいんだね。」
「ええ、そうね。ただ、ホバーバイクもあるし、一度私の家によってもいいかしら?」
「もちろん。家まで送るつもりだったけど、もしかしてアンナがあそこまで案内してくれるのかな?」
「当たり前でしょ。助けてもらったお礼もしなきゃならないし、おばあさまに会うなら私が案内した方がスムーズだと思うわ。」
「そうか、それは助かるよ。」
この調子ならすぐにマリリカに会えそうだと、アルは少しほほを緩めた。
門を入ってすぐのエリアには畑が広がっており、さまざまな作物を育てているようだった。
ただ、ここは壁を隔てて砂漠と隣り合う場所のはずだが、作物はとても青々しく立派に育っている。
「ここ数年で作物の品種改良が進んで、この辺りの貧弱な土壌でもいろいろな作物を作れるようになったの。」
不思議そうに見ていたアルにアンナが説明をしてくれた。
「現ホルダーのダニエル・ポーターは環境問題や食料問題の解決に積極的な人で、ここ最近本当に人々の生活が豊かになったわ。」
「へぇ、そのダニエルって人はとても立派な人なんだね。」
「ええ、ブランヘルブの人たちからもとても信頼されているわ。」
「実力者で人格者か。ますます興味が出たよ。頼んだら手合わせしてくれるのかな?」
アンナの眉間がピクッと動く。
「出会ってまだ数時間だけど、あなたって時々ほんとにズレてるわよね。ホルダーと手合わせなんでできるわけないでしょ。」
今日何度目かの呆れ顔でそう言うアンナだった。
「それで、アンナの家はここから近いのかな?」
「私の家はあのフォルトレスの西側にあって、ここからだと少し離れてるんだ。そうだ、先にブランヘルブについて簡単に説明しておくね。この都市はフォルトレスを中心として同心円状に1区から5区まで分けられているの。フォルトレスに隣接した1区が貴族の住むエリアね。2区と4区が人々の居住エリアで、間に挟まれた3区が商業エリアになってるわ。それでこの1番外側のエリアが5区、農業や畜産業が行われているエリアよ。あとはそれぞれの区がさらに東西南北に分けられてるけど、ざっくりとはそんな感じよ。」
「進んできた感じだと、5区のエリアはかなり広いみたいだね。」
「そうね、5区はブランヘルブの半分の面積をしめてるわ。50万人に食糧を行き渡らせるためにはそれくらい必要なの。」
「ここにはそんなに人がいるのか。」
「えぇ、人口で言うと起源都市インセットに次いで2番目の規模ね。」
「あれは?街の中にも壁があるの?」
フォルトレスのある高台のふもとに、先ほど通った外壁と同じような壁が見える。
「あれは1区を囲む内壁ね。フォルトレスもそうだけど、1区より先は許可された者しか入れないの。」
それを聞いてアルは率直に、1区は内壁とフォルトレスに挟まれた窮屈なエリアだと思った。
「ふーん。じゃあアンナの家にはここからどうやって向かえばいいのかな?」
「1度2区まで行ってから回り込むようにして進んでもらえる?この道をまっすぐ進めば2区まで着くわ。」
「OK。ジーク、このまま真っ直ぐだ。」
とんとん、とジークの首元で合図を送ると、クェッと声を出してジークは速度を上げた。
5区とは異なり、4区から先は通りを行き来する人が多くみられた。
通りの真ん中を車両などが通るようになっているようなので、アルもそれにならいジークに乗って先へと進む。
3区は特に人の数が多く、さまざまな物が売られているのが見えた。
これだけの商店が並んでいると、目当てのものを探すのも一苦労だ。
2区に入って少し進んだところで、円周上に作られた大通りに突き当たった。
ここまでも途中円周上に作られた道と交差することはあったが、2区のこの道が1番広く作られているようだ。
アルたちが進んできた、ブランヘルブの中心へと続く道は、大通りの向かいに見える門扉まで続いているが、その扉は閉ざされている。
さらにその向こうでは、この街の象徴である要塞が街を見下ろしていた。
まだ少し距離はあるが、改めて凄まじい存在感だ。
「近くで見てもすごいでしょ。私はもう見慣れちゃったけどね。この2区の大通りを右に進んでね。」
そこからは、大通りを北に少し進んだ後、再度4区に続く道へと入り、アンナの家まで同じような景色が続いていた。
「ここが私が住んでるところね。」
そう言って示された建物は、これまで見てきた4区の建物の中でも古い部類に入る建物だった。
「見た目はあれだけど、小屋までついている割に家賃が安いから気に入ってるの。」
アンナはジークから飛び降りると、牽引していたホバーバイクを外す。
「ジークは小屋で休ませてあげるといいよ。ホバーバイクもそこに置くからついてきて。」
そう言われ、鍵を開けて小屋の中に入っていくアンナの後に続く。
小屋の中には広い作業台があり、その上に作りかけの杖や魔石が置かれていた。
机の横の棚にはさまざまな工具が置かれている。
杖だけでなく、ホバーバイクも自分で手入れしているようだ。
アルは入ってすぐの柱にジークの手綱を結んだ。
「ジーク、お疲れ様。少しここで休憩だ。」
クェ、と反応した後、ジークは足をたたみ地面に休息の体勢を取る。
「こっちよ。」
小屋の奥には家に続く扉があり、アンナがそこから呼びかけた。
案内された部屋の中はテーブルと椅子があるだけのシンプルな部屋だった。
「一度上で着替えてくるから適当に休んでいてくれる?」
「出会ってまだ数時間だけど、俺もずいぶん信頼されたものだね。」
「あなたからは変な悪意や視線を感じないわ。私、人を見る目はあるの。」
そう言ってアンナは奥の階段を上がっていった。




