第1章 8話 ミドナとブル
訓練場での一悶着を終え騎士学園を出ると、門の外にはアンナが待っていた。
「まさかダリアンより強いなんて思わなかったわ。あなたは・・・わかってたのね。ああなること。」
アンナは驚いたような、悲しいような、複雑な表情をしていた。
「あぁ、ある程度はね。」
「なら言ってくれればよかったのに・・・」
「大丈夫だから安心して見ててって言ったろ?」
「そうだけど、それじゃあ伝わらないわよ・・・」
「実力を読む意思がないと、何を言っても伝わらないよ。それは君も、ダリアンもね。」
アンナが少しムッとした表情になる。
「意思はあるわよ。だからダリアンが学園生で一番強いことはわかるし、あなたが私より強いってこともわかる。」
「じゃあなぜそうわかる?」
「ダリアンは学園で成績がトップだし、あなたは一緒にギルドの依頼を受けて戦うところを見たからよ。私はあんな簡単にサーベルサンドを倒せないもの。」
「それは実力を読もうといた結果じゃない。事実からそう思っているだけだよ。学園での成績がトップだから、ダリアンが一番強いはず。俺が君よりも簡単に獣を倒したから、自分より強いはず。違うかい?」
「それのどこが間違ってるのよ・・・」
「君は本当にダリアンや俺には勝てないのかな?」
「勝てないわよ!あなたたちには私の魔法なんて当たらないわ。」
「そうかい?少なくとも君の魔力量は俺やダリアンを遥かに超えている。そんな君が、最大限の魔力でマラキオラを使ったら、俺やダリアンだって無傷ではすまないよ。」
「確かにそうだけど・・・でもマラキオラを放つ前に間違いなくやられるわ。」
「そう、それが意思を持って実力を読むってこと。つまり君はマラキオラを放つまでの時間を稼げるようになれば、俺やダリアンにだって勝てるってことだ。違うかい?」
「そうね・・・確かにそうだわ。なるほど・・・」
「目の前の相手に勝とうとしたら自分には何ができて、何ができなのか。勝てないならどうしたら勝てるのか。どうやっても勝てないのか。それを考えるのが、意思を持って実力を読むってことだよ。」
「なるほど・・・わかったわ、ありがとう。あなたってただ強いだけじゃないのね。」
「まぁこれもグレイからの受け売りだけどね。」
「本当にすごい人なのね。私もグレイに感謝しなきゃ。」
そう言って笑うと、アンナはいつもの表情に戻っていた。
「俺はこれからジークを連れてギルドに向かうけど、君は?」
「私は帰って試験の準備を進めるわ。あなたも怪我はしないように気をつけてね。まぁ余計な心配なんだろうけど。」
「ありがとう、気をつけるよ。それじゃあね。」
そう言ってアンナと別れ、アルは一度家へと戻った。
ギルドの入り口ではミドナとブルーが階段に腰をかけてアルを待っていた。
「お、来たな、アル。そいつは・・・地竜か?珍しいな。」
獣にはなれているのだろう、特に怖がる様子もなくジークに触れる。
「ほぉ、こりゃ賢い地竜だな。目を見りゃわかる。よし、アルも来たことだしさっそく依頼を受けに行こうぜ。依頼はこれでいいか?」
そう言ってミドナから依頼書が手渡される。
内容はAランクの討伐依頼で、対象はバルコング。
ただバルコングの下には『特殊個体の可能性あり』と注釈が付いていた。
「ミドナ、この特殊個体って何かな?」
「たまに現れる変異個体だよ。通常よりも大きかったり、動きが早かったりする。色が違うやつも見たことあるな。」
ふと以前みたあの黒いサーベルサンドが頭をよぎる。
「まぁ強さは通常の個体とそこまで変わらんよ。頭がデカくなりすぎて逆に弱くなってる獣も見たことあるくらいだしな。ただ普通よりも報酬がいいのさ。」
「なるほどね。ちなみに黒い瘴気を纏った個体は見たことある?」
「黒い瘴気?いや、ないな。ブルはあるか?」
振られたブルが無言で首を振る。
「だよな。周りの奴からもそんな話は聞いた事ないな。」
「そうか。わかった、ありがとう。」
ミドナの持っていた依頼書に異論はなかったので、3人で受付に向かう。
「あら、ミドナにブルじゃない。今日は試験って聞いてたけどもう終わったの?もしかして落ちちゃった?」
受付の女性はミドナたちとは顔馴染みのようだ。
「まだ終わってねーから!会場で俺たちと同じように外部のやつと知り合ったからさ。それで一緒に狩りでも行こうかと思ってきたわけよ。」
「ふーん、そう。試験の合間に狩りなんてずいぶん余裕ね。まぁこちらとしては依頼をこなしてもらえるのはありがたいのだけれど。」
そう言ってミドナの持っていた依頼書を受け取る。
「バルコングの討伐依頼ね。人数は3人以上だからOK。ランクアベレージはAだけれど、あなたランクは?」
そう聞かれ、アルはハンターカードを差し出す。
「アル・グレイシア。ランクはBね。ミドナとブルがAだからランクアベレージもOKよ。」
ミグルとの依頼の後、アンナと一緒にいくつか依頼を受けてアルはBランクになっていた。
「なんだアル、Bランクだったのか。てっきりAだと思ってたんだが・・・この依頼で大丈夫か?」
少しがっかりした様子でミドナが尋ねる。
「数日前にギルドカードを作ったばかりでね。学園生のトップと同じくらいの強さはあるから大丈夫だよ。」
そう言うとミドナが驚いた表情を見せる。
「それってダリアン・ポーターのことか?だとしたら問題ねぇけど、本当かよ?あいつは兄貴同様天才って言われてる奴だぜ?」
「うん、大丈夫。まぁその辺は狩りの時にでも見せるよ。」
「そう言うならいいだろう。ミオ、その依頼で頼むぜ。」
「はいはーい、じゃあこの依頼は受領済みにしておくわ。気をつけて行ってきてね。」
「おう、じゃあまた後でな!」
そう言って受付を後にする。
「ずいぶん親しげだったね。」
「あぁ、ミオはブルの姉貴で俺の婚約者だからな。」
「へぇ、俺とそんなに変わらないのにもう婚約者がいるのか。」
「別にそんなに珍しくもないだろ。なんならそのダリアンだって婚約してるって話だぜ。相手は確かマリリカ・ルーシスの孫だったか・・・」
マリリカの孫・・・アンナのことかな?
だとしたらダリアンのアルに対する態度も頷ける。
誰だって自分の婚約者が知らない男といれば、反発するだろう。
アンナも一言言ってくれればいいのに。
「まぁそんな事はいいからよ、早く狩りに行こうぜ。」
そう言うと、ミドナとブルは停めてあった2輪のバイクにまたがった。
アンナのホバーバイクとは違って車輪は地面についており、魔力ではなく電力で走るタイプのようだ。
近くにも似たようなバイクが停めてあるからおそらくこのタイプが一般的なのだろう。
今回の討伐依頼場所はブランヘルブの北西にある密林なので、アルたちは北の門を通って目的地へと向かった。
ブランヘルブを出て1時間ほどで密林の入り口についた。その付近は聖道の一部が半円状になっており、ミドナたちはそこにバイクを停める。
「地竜だと未整備地帯も関係ないからいいよな。俺もジークみたいに賢い獣の相棒が欲しいぜ。」
道中でミドナはすっかりジークに惚れ込んだようだった。
密林に入るとあらゆる方向から生き物の気配を感じる。
ただ、どれも敵意はなく、目的の獣はまだ先のようだ。
「この密林にはバルコング以外にも危ない獣はいるのかな?」
「中心部にギルガがいる。かなり奥だがな。」
「ギルガ?」
初めて聞く獣だ。
「なんだアル、知らないのか?体長が3mくらいある2足歩行の獣だよ。異様に長い手が特徴的で、奴らはバルコングすらも容易に捕食する。一度だけ見たことがあるが、あれはやばいぞ。見かけたら速攻退却な。」
そう言うミドナにブルも無言で頷く。
「ふーん。せっかくなら戦ってみたいけど。」
「バーカ、あれはシルバーナイトが数人で挑む獣だぞ。俺たちにはまだはえーよ。」
さすが依頼を多くこなしているだけあって冷静に分析できているようだ。
アルも今回は大人しく従うことにする。
密林は中に進むにつれて少しずつだが気温が低くなっているようだった。
ブルを先頭に、アルたちは様子を探りながら進んでいく。そうしてしばらくすると、敵意を含んだ気配を感じた。
近づいている・・・上か。
「ブル!」
ミドナが叫ぶとブルは斧を構えて上から降ってきたバルコングの一撃を受け止めた。
「ドゴン!」
バルコングは斧の上からブルを押さえつけ唸る。
「グルルルルゥ」
「おぅらぁっ!」
すぐさまミドナが横から突撃し双剣を振るが、バルコングは大きく飛び退き、その一撃をかわした。
「速いな。だが、かすったぜ。」
そう言ってミドナが双剣を鞘へと戻す。
その直後、少し離れたところに着地したバルコングの足元が光り、腰のあたりまで氷漬けになった。
術式が組み込まれた剣か。
「ふんっ!」
動きを封じたバルコングに、今度はブルが突進し、斧を大きく振り払った。
ザッという音の後、そこに残っていたのは上半身を斜めに切断されたバルコングだった。
「よし、いっちょあがり。ま、単体ならこんなもんだな。こいつは・・・依頼の特殊個体じゃねぇな。」
地面に落ちたバルコングの上半身を覗き込み、ミドナが言う。
「もう1匹、きてるね。」
今度は後方から近づく気配にアルは振り向く。
「次はアルのお手並み拝見といこうか。ヤバかったら言ってくれ。」
「OK。」
アルは棍を構え、すぐさま気配のする方へ駆け出す。
「グルゥアァ〜!」
咆哮を上げながら飛び出してきたバルコングだったが、アルはすでにその射程に入り込んでいた。
そのまま右手に持った棍で突きを放つ。
「スラスト。」
高く上げた腕を振り下ろす間もなく。いや、おそらくアルの存在を認識する間もなく。
「ドサッ」
心臓部分に綺麗に穴の空いたバルコングは、そのまま後方へと倒れた。
「マジかよ・・・」
ミドナとブルが呆然とした表情でアルを見る。
「アル、お前とんでもねぇな!」
一瞬の静寂の後、ミドナが興奮気味にアルに駆け寄ってくる。
「なんだよ今の!めちゃくちゃすげーな!てかめちゃくちゃつえーじゃねーかよ!」
そのままアルの後ろに倒れているバルコングを見る。
「ほぉ〜、綺麗に心臓一突きか。しかも刃のついてないその武器で・・・ダリアンと同等ってのも嘘じゃないらしいな。」
「ミドナとブルの連携も良かったよ。お互いを信頼したいいタッグだね。」
「今のをみたら素直に喜べねぇっつの。てかこいつが特殊個体だな。足が4本あらぁ。」
「これって証痕はどうするの?」
「特殊個体はそのまま持って帰るのが普通だな。あまりにも大きい獣の場合は別だが、バルコングならバイクで引いて持って帰れるぜ。」
「それもそうか、部分的に持って帰ってもそれが特殊個体かどうかわかんないもんね。」
「あぁ。あと特殊個体は研究対象にもなってるんだよ。騎士団内にそういう部門があるんだとさ。」
おそらくミグルの言っていた研究機関のことだろう。
「よし、じゃあ依頼対象も討伐したし帰るとするか。ブル!こいつは任せるぜ。」
ブルは無言で頷くとロープを取り出し、バルコングの亡骸を慣れた手つきで縛る。
そのままロープを引き、来た方向へと歩き出した。
「俺たちも行こうぜ。」
ブルに続いてアルたちも歩き出す。
「それにしても、その強さで名が知れてないとはアル、お前いったい何者だ?普通は噂になるもんだぜ。」
「少しばかり訳があっておとなしくしてただけだよ。名が知れてるっていうと、ミグルとか・・・あとはガルモットだっけ?」
「あぁ。何人か噂になってるやつはいるが、その2人は特に名を聞くな。」
「ガルモットってのはどんなやつか知ってる?」
「俺もそこまで詳しくはしらないが、孤児だったところをあのレオナルドに拾われて育てられたって聞いてるぜ。なんでもその見た目は細身の長身に地面につくほどの長髪が特徴的で、かなり不気味なやつらしい。」
「ごめん、レオナルドって?」
「は?レオナルド・E・デズモンドって、序列1位のホルダーの事じゃねぇか。しらねぇのか?・・・こりゃ確かに訳ありみてぇだな。」
「ははは・・・」
あのダニエルよりも強いのか。いつか会えるのが楽しみだな。
そんなことを思いながらアルは帰路へとつくのだった。
「アル、この後はどうする?予定がないなら飯でも一緒にどうだ?」
ギルドでの報告を終え、ミドナがアルに問いかける。
「いや、遠慮しておくよ。ジークがいるからね。」
「そうか。確かに相棒を一人にしちゃ悪いもんな。じゃあまた明後日の試験でな、アル。今日はいいもん見せてもらったぜ。」
「俺も楽しかったよ。誘ってくれてありがとう。またね。」
そう言ってアルはミドナたちと別れ、ジークを連れて家へと戻った。
家に着くころには辺りはすっかり暗くなっていた。
だが、家の前に見覚えのある男が立っているのがぼんやりと見える。ずっと待っていたのだろうか?
「やぁ、ダリアン。もしかして、俺を待ってた?」
薄暗やみの中、無言でこちらを睨みつけているダリアンにアルは声をかけた。
「貴様のことはアンナから聞いた。」
相変わらず俺の話は聞いてくれないらしい。
「今日の借りは必ず返す。覚えておけ。」
それだけ言うと、ダリアンはアルの横を通り過ぎていく。
「せっかくだし飯でもどう?少し買いすぎちゃってね。」
「貴様となれ合うつもりはない。今後一切な。」
足を止めることもなく、それだけ言い残してダリアンは去っていった。
「プライドが高いね~。兄弟ってあんなにも違うものなのかな?」
「クェッ!」
「あ、ごめんごめん。ご飯だったね。さ、中に入ろう。」
ジークに促され、いろいろあった試験初日も、そうして幕を閉じるのだった。
翌日もアルはギルドに向かうことにした。
アルにとっては外で生活することの方が日常だったので、明日からの試験も特に準備は必要ない。
「Bランクだと1人で受けられる討伐依頼もあまり多くないな。」
ギルドについたアルは掲示板に貼られた依頼の中から面白そうなものを探す。
「ん?」
そんな中、討伐依頼ではないが少し気になる依頼が目に入った。
依頼内容は香辛草の採取。
そしてその場所は、以前あの黒いサーベルサンドを討伐した近くだった。
「これにするか。もしかしたらまた黒いサーベルサンドがいるかもしれない。」
他に興味の惹かれる依頼もなかったため、アルはその依頼を受けることにした。
「あら、あなたはたしか・・・アルさん、よね?」
依頼書を持っていくと、受付にいたのはミドナの婚約者でミオと呼ばれていた女性だった。
「どうも。あなたはミオさん、ですね。」
「えぇ、そうよ。昨日はミドナたちに付き合ってくれてありがとね。ミドナったら家でずっとあなたの話をしてたわ。すごい奴がいるって。」
「ははは。」
興奮気味に話すミドナの姿が目に浮かぶ。
「ミドナもブルも、騎士になってあなたと一緒に戦えるのをすごく楽しみにしているみたい。まだ騎士になれたわけじゃないけど、これからも仲良くしてもらえると嬉しいわ。」
「こちらこそですよ。俺もブランヘルブに来たばかりで知り合いが少ないので、ミドナたちがいると心強いです。」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。あ、依頼だったわね。」
そう言ってアルから依頼書を受け取る。
「これは、Cランクの採取依頼ね。ずいぶん簡単な依頼だけど、これでいいの?」
「えぇ、大丈夫です。」
「わかったわ。じゃあこれは受領済みにしておくわね。気をつけていってらっしゃい。」
ミオとの会話を終え、アルはジークとともに再び南東の砂漠地帯を目指した。
採取対象の香辛草は調味料などに使われる草だ。
真っ赤な花びらと細長い見た目が特徴で、砂漠地帯の岩陰によく生えている。
通常であれば、獣の縄張りには入らず、なるべく安全な場所を探すのだろうが、アルは黒いサーベルサンドがいたあの岩山を目指した。
目的地に着くと、縄張りを示す目印は今も使われているようで、どうやら別のサーベルサンドの群れがここを縄張りとしたようだ。
ただ、辺りを見回すがサーベルサンドの姿はない。
近くに気配も感じなかったので、アルはそのまま縄張りの中へと入る。
「これかな。」
岩山に近づくと、香辛草はすぐに見つかった。
いくつかの束を採取し、鞄へとしまう。
「よし、依頼はこれでよし、と。」
鞄をジークに乗せ、アルはさらに奥の岩陰へと進む。
目印地点から見えた岩山は、裏側が段々の坂になっており、脚力のある獣であれば登れるような地形になっていた。
「ジーク、少しこの岩山の上まで行ってくるらここで待っててね。」
そう言ってジークを岩陰に待たせると、アルは岩山を登っていった。
1分もかからずに頂上へとたどり着くと、アルは辺りを見回す。
頂上にはゴツゴツした岩肌にいくつか枯れ木が立っているだけで、そのほかに目にとまるものはない。
少し歩き回ってみたが、結果は同じだった。
「うーん、特に変な痕跡はないか。」
諦めて岩山を降りようとしたその時、ふと視線を感じ、アルはさっと振り向いた。
そのままじっと遠くに並ぶ岩山を見つめる。
アルが振り向くと同時に気配は消えたが、確かに誰かがこちらを見ていた。
「今のは・・・獣・・・じゃないね。隠れて見てるなんてずいぶんあやしい奴だな。もしかしたらあの黒いサーベルサンドのことを知ってるのかも。」
一瞬視線を感じた方に行ってみようかと思ったが、すでに気配は完全に消えていたため、アルは一度ジークのところへ戻ることにした。
「お待たせ、ジーク。」
岩山を降りると、ジークが岩陰から駆け寄ってくる。
ジークもここがサーベルサンドの縄張りの中と気づいているのだろう、少し不安そうな表情だった。
「1人にしてごめんね。」
首元をなで、気分を落ち着かせる。
1対1ならサーベルサンドに遅れはとらないが、それが群れとなると、いかに地竜といえども分が悪いだろう。
落ち着いたジークの背に乗り、アルは手綱を持つ。
「ジーク、もう少しだけ寄り道していいかな?」
やはり先ほどの視線が気になるアルは、少しだけその視線の方に行ってみることにした。
気配がしたのは、アルが岩陰に入ってきた方向とは逆の方向だった。
そちらを見るにかなり先まで岩山が連なっているようで、死角が多いため慎重に進む。
少し進むと、両側の岩壁にところどころくぼみが見られるようになった。
おそらくサーベルサンドの寝床だろう。
辺りには小型の獣の残骸が散らばっており、やはりこの縄張りは今も機能しているようだ。
ただ、ここまでまったくその姿が見えないのが気になる。
さらに進んだところで今度は少しひらけた場所に出た。
見れば正面と左手にそれぞれ道が分かれている。
「うーん。分かれ道か。」
そう言ってアルは考える。
先ほど感じた視線、あれは間違いなくわざとだろう。
アルに気づかせるために一瞬だけ視線に殺気を混ぜたのだ。
そうして奥まで誘い込み、罠を張って待ち伏せをする。
縄張りに入ってもいっこうに姿を見せないサーベルサンドが、その可能性をより感じさせた。
「これ以上はやめておこうか。地の利も向こうにあるのは間違いないしね。ジーク、戻ろう。」
そういって来た道を戻ろうとした時、再び背中に視線を感じた。
だが、今度は振り返らない。
「これで罠なのは確定だね。ずいぶん俺を誘い込みたいようだけど、そんな見え見えの罠に突っ込むほど俺もバカじゃないよ。」
そう呟くとアルは手綱を引き、ジークを思い切り走らせた。
その途端、後ろから獣の群れの気配を感じる。
「飛ばせ、ジーク!後ろから来てる!」
「クェッ!」
背後から迫る足音を感じながら、ジークが最高速度で岩山の間を駆ける。
砂漠の上であれば、すぐにサーベルサンドに追いつかれただろう。
だが岩山の間の道は固く乾燥しており、これならジークも足を取られずに走れる。
そのうえ、地竜は地上で1番の機動力を持つ竜族だ。
そう易々とは追いつけないだろう。
そうして互いの距離が一定のまま、アルたちは入ってきた岩陰の入り口に差し掛かる。
その時その入り口に一頭のサーベルサンドがいるのが見えた。
「待ち伏せか。あれは普通のサーベルサンドみたいだけど・・・道中どこかに隠れてたな。まぁいい、ジーク、このまま真っ直ぐ突っ込め!」
「クェッ!」
ジークにそう指示し、アルは棍を構える。
そのまま目の前のサーベルサンドに狙いを定め、魔力をこめた棍を思い切り棍を投げつけた。
「ライジング・アロー!」
電気を纏わせた棍の投擲。
それは弓矢の如く一直線にサーベルサンドに向かっていくと、避ける隙も与えずその体を貫通し、奥の砂面に突き刺さった。
直立のまま動かなくなったサーベルサンドの横をジークが駆け抜ける。
そのまま地面に刺さった棍を引き抜くと、一気に縄張りの目印地点まで砂山を駆け上がった。
「ふぅ、ここまでくれば大丈夫かな。」
振り返ると、岩陰から複数のサーベルサンドが顔を出しているが、それ以上は追ってこなかった。
「あの中にも黒い個体はいないみたいだな。そうすると、今回群れを操ってるのはやっぱりあの視線の人物か。」
そうすると気になるのはその方法だ。
アルも人を操る魔法があることは知っているが、獣を操る魔法は聞いたことがない。
それにあの数を一度にとなると、相当の魔力量も必要だろう。
はたしてそんな事が可能なのだろうか。
「まぁいいや、考えても仕方ないしな。気配は覚えたし、また会うことがあればその時は直接聞かせてもらおう。」
そう呟くと、アルはサーベルサンドに背を向け、砂漠を出た。
「あら、アルさん。お帰り。依頼は問題なかったかしら。」
ギルドに戻るとまだミオは仕事中のようでアルの依頼報告を確認してくれた。
「採取対象の香辛草も十分ね。これで依頼は完了よ。はい、これが報酬ね。」
そう言ってアルに銀貨7枚を差し出す。
「ありがとうございます。そういえば1つ聞きたい事があるんですが、この依頼と同じ場所で別の依頼が出てたりしますか?」
「この依頼場所は南東の砂漠地帯よね・・・いえ、出てないわ。」
「そうですか。ちなみに騎士団に回ってる依頼は分かったりしますか?」
「直接騎士団に入っている依頼はわからないけど、一度ギルドに回ってきて騎士団対応の判断になった依頼なら分かるわ。ただ、最近はそういった依頼も来てないわね。」
「そうですか、わかりました。」
「まだ依頼は受けるかしら?」
「いえ、今日は帰ります。相棒の地竜も休ませたので。」
「相棒って、ジークって名前の地竜のことね。了解、じゃあお疲れ様。明日からの試験も頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
ミオにそう言うとアルはギルドを出てジークと家へと戻った。
帰り道、アルは空を見上げながら少し考えていた。
サーベルサンドを操り、岩山の奥に罠を張っていたあの人物は、誰かを待っていたように思える。
ただ、それはアルではない。
Cランクの依頼を受けるハンターを狙う目的が浮かばないし、もしアルが対象なのだとしたら姿を見せてもっと積極的に追ってきただろう。
ギルドにはアルが受けた依頼以外、あの場所でのものはなかったとすると、おそらくその対象は騎士だろうな。
きっとあの場所には黒いサーベルサンドに関する何かがあるのだろう。
それが公になるのを防ぐため、ミグルの報告を受けて調査に赴いた騎士を待ち伏せし、殺す。それなら辻褄が合う。
アルは念のため、騎士にそのことを伝えようと学園に向かうことにした。
どこで報告すればいいのかわからなかったが、学園にいる人ならきっと騎士にも繋いでくれるだろう。
学園の校門に着くと、入り口でちょうど中から出てきたルービスと鉢合わせになった。
「やぁ、アルくん。今日も学園に用かい?」
「どうも。いえ、今日は少し気になる事があったので、騎士の人に報告しようと思って。」
「騎士に?それならフォルトレスの方に・・・いや、私が聞こうか。」
そう答えたルービスに、アルは先ほど砂漠であった出来事と、アルの考えを伝えた。
「なるほど・・・黒い獣にサーベルサンドを操る謎の人物か。確かにそれは伝えておいた方が良さそうだ。」
右目の傷跡を軽くかきながらルービスが答える。
「ありがとう、アルくん。騎士団には私から報告しておくよ。そうだ、明日からの2次試験も頑張ってくれよ。」
そう言うルービスにアルは無言で頭を下げると、学園を後にした。
これでひとまずは大丈夫だろう。
もしあの砂漠地帯に向かうにしても、ルービスからの報告を受けた騎士団が何かしら対策は行うだろうしな。
「さて、帰るか。」
そうしてアルはジークとともに3区をまわりながら、ついでに食料も買い家へと戻った。
そう言えば、明日からの試験は3人1組と言ってたっけな。
外部の受験生でまとめられそうな気もするが、ミドナとブルなら楽しく過ごせそうだな。
そんなことを考えながらアルは1日を終えた。




