01
誰にだって墓場まで持っていく秘密が一つや二つはある。僕は少女と同居している。
その少女のことを、僕はほとんど何も知らない。名前も、年齢も、住んでいた場所も知らない。訊かないのではなく、訊けないでいた。だから、僕は少女のことを呼ぶときは、君と呼ぶ。なんだか、昔の文学みたいだ。
僕が少女のことを少女という理由は、見た目が若いからだ。(おかしな文章だ。若くない少女なんていない。)女性とか彼女という言葉は、その人が大人の女性であるような、印象を僕に与える。少女には、大人の女性が放つ緊張感のあるオーラがまったくない。儚いとか、若いとか、蹴ったら骨折しそうな身体とか、そういう容姿をしている。そのため、若く見えるだけで少女は二十歳以上かもしれない。先に言っておくと、僕と少女に肉体関係はない。さっきから、まるで裸を見たことがあるみたいな語り方をしているが、服のシワとか、鎖骨や肘まわりの肉や、肌のハリに顔の肉、体格などから、そう言っているだけだ。つまり、半分妄想だ。
妄想ではあるが、僕は自分の妄想が生み出すデータをかなり信頼している。僕には特殊能力があって、それは服の上からでもかなりの精度で女性の体つきがわかるのだ。脂肪のつきかたや、肋骨や胸骨や腰の骨がどこまで浮き出ているか、身体を動かしたときにどの程度筋肉が浮き出るか、などなど持ってるだけで捕まりそうだ。ちなみに、高校生の時にこの能力を披露したとき、一部の男子からは崇拝され、残りの男子から賞賛された。僕が童貞というオチまでついていたので、絶対に滑らなかった。
僕はには、これまでにガールフレンドができたことがない。セックスもしたことがない。女性を口説けるほどのコミュニケーションスキルは無いし、顔も良くない。
そもそも出会いがない。
さらに、僕が持っている異性に対する知識は、そのほとんどが僕の住んでいる次元には関係がない。僕がどんなに彼女たちとって理想の男性でも、僕がどんなに彼女たちのことが好きでも、僕と彼女たちは時間とお金でしかコミュニケーションをすることができない。僕は神にはなれなかった。
この世界には、神と呼ばれる人たちがいて、その神様は絶世の美女を生み出すことができ、しかもコマや文字を使い彼女と僕たちの間をとり持ってくれる。これが、人でありながら神と呼ばれる所以だ。我にはこの才がないなで感謝しなゐ。
こんな僕がなぜ少女と同居しているのかは、僕自身でもまったくの謎だ。
経緯を説明することはできるが、理由になってない。むしろ、謎が深まる。
今から半年前のことだ。
その日、僕は、小説のネタを思いつくために、飲酒散歩を夜にしていた。文字通りに酒を飲んで夜に徘徊をした。完全な無心者であるが、やめられない。馬鹿に見えるが、馬鹿にできない効果がある。思考が拡散されるので、アイデアが出てくる。まぁ、かならずしも小説に役立つわけではないのだが。ただ、その日は酔いが足りなかったのでアイデアがなかなかわきでてこなかった。
陽気に見えるが、本人は至極真剣な顔でコンビニに入り、四択問題で二択までは絞れたけど、なかなか思い出せないときくらいの真剣さで酒を選び、どのルートで歩けばアイデアが浮かぶのか、ああでもないこうでもないと、ベンチでビールを飲んでいるときに、少女に声をかけられた。いつもだったら、だいたい警察の人が話しかけられるのだが、この日はあまりにも萌声だったのでとても驚いた。顔を上げてみたら、警察服じゃなかったので余計に驚いた。
「あの、すいません」
「!!ゲホ、えっほ。ゲホゲホ!!」
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。変なところに入っただけだから」
これ以上ダサい出会い方があるだろうか。裸を見られる方がマシだ。
少女は淡々と、「なんでもするからいさせて欲しい」と言った。まともな大人なら断る理由がポンポン出てくるのだろうけれど、僕にはそれがなかった。断る理由もないし、受け入れる理由もなかった。だから、僕は受け入れてしまった。困っている人はとりあえず助ける、というとなんだかカッコ良く訊こえなくもないが、単に人からの頼みごとを断れないだけだ。まぁ、相手が相当な不細工だったら断っていると思うし、わけのわからないおっさんだったら絶対に断る。
汚いけどいい?と僕は訊いた。
少女は頷いた。
こういう状況の正しい選択や思考は何だろうか。普通は、理由を訊いたり、この後どのような展開になるのか、ありていにいえばエロいことを考えるのが、ある意味では正しいのだろうが、僕は全く別のことを考えていた。
小説のネタを思いついてしまった。シャワーを浴びるといいアイデアが浮かぶように、僕は酒を肺に入れることによってアイデアが浮かんだ。ちなみに浮かんだアイデアはこの文脈と全く関係のないものだ。拷問シーンについてである。
相手の思考が読めるメガネで、公園から僕の家へ移動する僕たちを見たら、その人はどんな感想を抱くだろうか。警察に通報することを考えるだろうか。それとも僕のことをボコボコにする手段について考えるだろうか。僕は彼女が何を考えているのか全くわからない。だから、このもしもの世界で起きることは、どんな結果であろうと重要だ。どう転んでも僕は不審者だが、彼女は何を言うだろうか。いや、もしかしたら実はそんな人がいて話かけられたのかもしれない。
僕の記憶は公園から家に行く途中でぱったりと途切れていた。気づく、というより、目が覚めたら朝になっていた。だから、昨夜何を話したのかまるで覚えていない。酒で失敗するのが大人の証みたいなところがあるが、酒で大人の階段を登り、しかも覚えていない、なんてことは避けたい。そもそも酒が原因なのかもよくわからない。本当に殴られたのかもしれない。未来で僕を気絶させないといけない何かがあったのかもしれない。
僕は、はじめは遠回しに訊いたが最終的には、直接的に
「俺警察に捕まるようなことしてない?君とセックスしてないよね?なぜだかわからないけれど、昨日のことが上手く思い出せないんだよ」
という、もうどうしようもないことをいっていた。
「してない」
「本当に?」
「本当に」
「絶対に?」
「絶対に」
「ちゃんと俺童貞のまま?」
「私は処女です」
「あっ、おう」
「確認しますか?」
「え?」
「なんでもするって言いました、私」
彼女はズボンを脱いだ。
「いやいや、ごめんごめん。わかった、わかったから!!何する気か知らないけれどやめてやめて」
「わかりまりた」
彼女はズボンを履いた。黒いパンツでした。
「ちなみに、何しようとした?」
「処女膜のかくにんを―――」
「オッケーわかったわかったごめんなさい」
こうして少女と僕の同居が始まった。
意味がわからないだろ?