美味しい物を美味しそうに食べる貴女が好き
R15バージョンです。
午後にも投稿します。
「キャシー、今日は中庭でお昼にしませんか?」
午前中の授業が終わり、エリザベスは一番前の席に座るキャサリンの元にパタパタと走って行った。今までは週一のジルベルトとの昼食以外ボッチ飯だったが、キャサリンと仲良くなってからはほぼ毎日一緒にお昼を食べている。やはりご飯は一人で食べるよりも誰かと食べた方が断然美味しい。
「今日はデザートにアップルパイを作ってきたんですよ」
「プラスクッキーもですか」
「まぁ、ご所望の方がいるので……」
エリザベスは顔を赤くしてゴニョゴニョと呟く。
エリザベスはデザート以外に毎日クッキーを焼いて持ってきていた。朝の時も昼の時もあるが、ラスティが毎日顔を出しにくるからだ。花束であったり髪飾りであったり、小さなプレゼントを持って。
ラスティからしたら、昨日のお菓子のお礼ですとエリザベスが負担にならないくらいの可愛らしい小物を持ってき、エリザベスは昨日のプレゼントのお返しだとクッキーを焼いて渡す。クッキーを渡した時のラスティの嬉しそうな笑顔を見ると、クッキーを焼かないという選択肢はなかった。
「まァッ!この寒いのに中庭で昼食を食べるですって?」
エリザベスとキャサリンの会話に、甲高い声が乱入した。ビックリして振り返ると、アナスタシア・ゴールド公爵令嬢が情熱的な赤髪をなびかせて立っていた。燃えるような赤い髪の毛は、その驚くほど小さな顔を華やかに彩っている。
僅かにつり上がった目尻は性格をきつめに見せ、そのグラマラスな身体はとても10代の小娘の物とは思えない完成度だった。前世の某アニメの○○子ちゃんと全く同サイズの99.9センチ55.5センチ88.8センチのミラクルボディーであることをエリザベスは知っている。何故って、前世のエロゲーの中でジルベルトが嬉々として叫んでいたから。
アナスタシアのミラクルボディーはさておいて、歯に衣着せぬ話し方とその見た目から、回りからはまさに悪役令嬢のようだと恐れられているアナスタシアだが、実は思ったことを正直に口にしてしまうだけで悪気はなく、性格も恐れられている程苛烈ではない。そして甘い物に目がない大食漢であるということもエリザベスは知っている。全て前世エロゲー情報だ。
「はい。今日は天気が良いので、日差しの下ならばそこまで寒くないかと思いまして」
「まぁまぁ、中庭なんて誰も出ていませんことよ」
普通の子女なら、「こんな寒いのに外で食べるなんてバッカじゃないの」と暗に言われていると思うだろうが、実際のアナスタシアはただの事実を述べているだけだ。
「だから良いのですよ。人の目を気にせずお喋りしながら食べれますから」
「お喋り?この方と」
アナスタシアは扇子で口を覆い、つり上がった目でキャサリンをジロリと見る。まるで「平民ごときとお喋りなんか」とか「名前も呼ぶ価値もありませんわ」と言外に言っているように思われる言動だが、ただ単にキャサリンが人と喋っているのをあまり見かけなかったから「へぇ、この方もお喋りを楽しむのね」と思っただけで、名前はど忘れしただけだった。
「キャサリン・ハートさんですよ。私はキャシーって呼ばせてもらってます。あ、私はエリザベス・ミラーです」
「存じてますわ。同じクラスじゃありませんか。わたくしは」
「アナスタシア様を知らない生徒はいませんよ。もしよろしければ私のことはベスとお呼びください」
「ではわたくしのこともシアでよろしくてよ」
その返しにエリザベスとキャサリンは固まってしまう。公爵令嬢を愛称呼びとか、不敬罪で捕まる案件だ。特に平民のキャサリンからしたら首をはねられてもおかしくない。
「わたくしもあなた方の昼食会にご一緒してもよろしいかしら? 中庭で食事をするなど、今まで考えたこともなかったですわ」
「アナ……、シア様さえよろしければ」
清水の舞台から飛び降りる気持ちでエリザベスはアナスタシアの愛称を呼んでみた。
「では、ちょっとお待ちになって。お弁当を持ってまいりますわ」
アナスタシアはスキップしながら自分の席に戻り、お弁当の入ったバスケットを持ってすぐに戻ってきた。
「さぁ、まいりましょう」
アナスタシアが先に立って歩き、エリザベスとキャサリンはその後に続いた。
中庭には真ん中に四阿があり、その回りに石でできたテーブルと椅子が点在している。四阿には屋根があり日差しを遮ってしまう為、その奥にある石のテーブルにバスケットを置いた。各自石の椅子にはハンカチを敷きその上に座る。やはり寒いからか中庭にはエリザベス達以外の生徒はいなかった。
「ベスのバスケットは随分大きいのね」
「はい。デザートも入っているんです。もしよろしかったら後で召し上がってください。私の手作りで良ければですが」
「まぁ、まぁッ! 伯爵令嬢のあなたの手作りですって?!」
アナスタシアが扇子で口を押さえて叫ぶ。
うん、「手作りの物なんか食べれないわ」「伯爵令嬢の癖にお菓子作りなど庶民のすることをするなんて」ではなく、「お菓子を作れるなんてびっくり」という単純な反応ですよね。キャサリンは前者に受け取っているのか、いつもの無表情がわずかに引きつっている気がするが、エリザベスはアナスタシアの真意をちゃんと読み取っていた。
「はい。お菓子作りは趣味なんです。ぜひ沢山召し上がってくださいね」
三人はテーブルの上に各々のお弁当を広げた。
少食の美学ではないが、淑女は小口で雀の涙程の量を食べることを良しとされる。
キャサリンは淑女教育を受けてない為、一般女性が食べれる量のお弁当を持ってきているし、エリザベスは淑女教育は受けているものの、健やかな成長(主に身長やバストやバストなど)を願ってちょっと食べ切れるかな……という量を持ってきている。片やアナスタシアのお弁当は淑女の鑑といえるほど少なかった。
「貴族の方々って、お腹空かないんですか?」
「減りますよ。ねぇ、シア様」
「ベスのお弁当見ればそれはわかりますけど、シア様のは……私ならば夕方には倒れてしまう量だわ」
「うん、私も無理。3時のオヤツまでもたないかもしれない」
「わたくしは……これで十分ですわ」
明らかに無理してるのが、エリザベスのお弁当箱をチラチラ見るその視線からバレバレだ。
「シア様、暴飲暴食はいけませんが人間が健康に生きる為にはバランスの良い食事と適度な運動、十分な睡眠が必要なんです。そんな雀の涙程度の食事量では、一日に取らなきゃならない栄養素が全く足りてません。腹八分目くらいがちょうど良いんです」
「腹八分目とは?」
「……もう少し食べれるかもというくらいでかつ空腹を感じないくらいでしょうか?」
「それを腹八分目というんですか?初めて聞きました」
「わたくしも」
確かにこの世界には腹八分目という言葉はない。適度な運動も貴族は好んでしない。騎士ならば、適度どころか過度な運動を好んでするだろうが。
だから、エリザベスの言う腹八分目と適度な運動が健康に良いなどという常識はこの世界にはないのだ。
「わたくし、ベスのおっしゃる健康法を試すことにいたしますわ!」
「なら、私のお弁当をお裾分けします。私には腹十二分目ですから」
「庶民の食事はお口に合わないかもしれませんが、よろしければ私のも」
アナスタシアは扇で口を覆い、つり上がった目を真ん丸に見開いてワナワナと震えた。
怒り心頭……ではなく、感極まったということらしい。
「是非いただきますわ!」
アナスタシアは素晴らしい早さで、それはそれは美しいカトラリー使いを披露しながらお弁当をたいらげ、エリザベスが作ってきたアップルパイをたいらげていく。
「シア様のお食事の姿勢、とても美しいですね」
「そうね、それに見ていて気持ちいいわ。私は美味しいものを美味しそうに食べる人が好きだわ」
最後のワンピースに手をのばそうとしていたアナスタシアの手が止まる。そしてうっすらと頬を染めた。いつもは威圧的で悪役令嬢然としたアナスタシアが、年齢相応の可愛らしい女性に見えた。
「ベスはわたくしのことを好ましく思ってくださるの?」
そのアナスタシアの可愛らしさに目を奪われながら、エリザベスはアナスタシア攻略について思い出した。「美味しい物を美味しそうに食べる貴方が好きです」……はジルベルトのセリフだった。
アナスタシア・ゴールド公爵令嬢を攻略した瞬間だった。