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番外編2 アナスタシアの悪夢9

「……ゴールド公爵令嬢」


 アナスタシアは教室から出たところをいきなり背後から呼び止められた。振り返るとジルベルトが立っており、アナスタシアの顔はゴミ虫を見てしまったかのように歪んだ。

 扇子をパッと開いて口元を隠し、視線だけで「何か用か」と問う。口を聞くのも嫌な様子だ。アナスタシアの後ろにいたキャサリンも僅かに眉根を寄せ、アナスタシアとジルベルトの間に入る形でジルベルトを牽制した。


「エリ……、ミラー伯爵令嬢が古文学の教務室にいる。内密に迎えに行って欲しい。……急げ」


 アナスタシアの顔色が変わり、キャサリンにサイラスを呼ぶように支持を出すと、スカートがひるがえるのも気にせずに走り出した。公爵令嬢のありえないダッシュに、周りにいた生徒達は目を丸くしていたが、そんなのは些細なことだった。


 ノックすることなく、アナスタシアが古文学教務室の扉を勢いよく開けると、中にはサイラスに抱きしめられてグッタリとしているエリザベスがいた。


「ラス!あなた……」

「やぁ、シア。思ったより速かったな」


 エリザベスはやや赤い顔をしているが、呼吸も落ち着いているようで、毒などを飲まされた様子もなかった。


「なにがありましたの?!」

「痺れ薬と媚薬を盛られたんだ、マリア・ロンドに」

「マリア先生に……。解毒薬は飲ませましたの?エリザベスにはゴールド公爵家秘伝の解毒薬を持たせておりますわよ」


 シルバー侯爵令嬢ズの一件があってから、解毒薬の入ったペンダントをエリザベスは常に常備していた。


「もちろん飲ませたさ」

「ではマリア先生は捕縛いたしましたの?」

「今、ラスティが騎士団へ引き渡しに行った」

「……シア様?」


 半分気絶した状態(主にサイラスのせい)だったエリザベスが、アナスタシアの声に反応して顔を上げた。


「ベス!大丈夫?!」


 それまで目を閉じて、クタリとサイラスに寄りかかっていたエリザベスが、サイラスの胸に手をついてゆっくりと起き上がった。

 ピンク色に上気した頰は艶めかしく、いつもは子供っぽいエリザベスの大人の女性らしい表情に、アナスタシアも思わず頬を染めてしまう。


「ベス、今の君の顔は破壊的に可愛らしいんだから、他の人に見せたら駄目だって言っただろ」


 サイラスがエリザベスのことを引き寄せ、エリザベスの顔が見えないように抱き込んでしまう。


「ラス様、それじゃ喋れません」


 エリザベスがジタバタ暴れるが、サイラスはエリザベスの顔を自分の胸に押し当てて離してくれない。


「……全く、どれだけベスを囲い込みたいんですの?!執着が過ぎる男は嫌われましてよ!」

「えっ?シアはラスティに食で囲い込まれている自覚はないのかい?あいつのシアへの執着こそ大概だぞ。下僕以上にシアに尽くしてるのにシアに嫌われてるとは可哀想な奴だ」


 サイラスはアナスタシアをからかうように、ニヤニヤ笑いながらもやはりエリザベスを離さない。エリザベスはすでに諦めて、チンマリとサイラスの膝の上におさまっていた。


「そんな訳ないじゃありませんの!わたしくしがラスティを嫌うことなど、太陽が西から昇るくらいありえませんわ!」

「ああ、そうだよな。シアは昔からラスティが大好きだもんな」

「もちろんですわ!なにを…今……さ………ら」


 サイラスがアナスタシアの後ろを指差し、アナスタシアはギシギシ音がなりそうなくらい不自然に後ろを振り向いた。

 そこには、顔を赤く染めたラスティが立っていた。


「ラ……」


 アナスタシアは扇子で口元を隠し、目を大きく見開いて言葉もないように動きを止めた。


「もうさ、僕も婚約したんだし、二人もそろそろ先にすすんだらどうかな」


 サイラスはそう言うと、エリザベスを抱き上げた。


「じゃ、僕らは早退するからラスティ達はごゆっくり」

「早退って?ラス様?」


 エリザベスを抱えて歩きだしたサイラスに、エリザベスが声を上げると、サイラスはエリザベスにだけ聞こえるように囁いた。


「完全に媚薬を抜いてあげる」

「いえ……もう」

「じゃあお仕置き?」

「え……っ?それはさっき十分」

「まだまだ足りないよ」


 楽しそうにクスクス笑うサイラスと、なんとかサイラスの淫らなお仕置きを回避しようとするエリザベスは、アナスタシアとラスティを置いて教務室から出ていった。


 パタンと閉まった扉を、アナスタシアとラスティはしばらく無言で見つめる。

 最初に声を発したのはラスティだった。


「シア……、ちょっと」


 ラスティは窓際にアナスタシアを立たせると、その足元に片膝をついた。


「ラスティ?」

「シア、君は公爵令嬢で、王子の婚約者候補に上がる程優れた女性だ」

「……」


 アナスタシアは、ラスティの言葉を聞き逃さないように黙ってラスティを見つめる。爽やかな風がアナスタシアの赤髪を揺らした。


「そんな君にふさわしい男になったら申し込もうと、君の家に婚約の打診をしようと思っていたんだ。まだシアにふさわしいなど、とてもじゃないが言えない」


 アナスタシアは、そんなことはないと何度も首を横に振る。


「言えないが……シア、君に何かあった時、一番に相談される立場になりたいんだ。もう黙って見ているだけは嫌だ。まだ、僕に相談なんかできないと、君から見たら僕はそんなに頼りない存在だろうか?」

「違いますわ!ラスティはいつだって頼りになるに決まっております!」


 アナスタシアも両膝をつき、ラスティの膝に縋るように両手を置いた。


「しかし今回は……」

「今回のことは、ラスティだからこそ言えなかったんですわ!マリア先生に淫らな夢を見させられているなんて、好きな男性に言える訳ないじゃありませんの!」

「淫らな……」


 悪夢を見させられているとは聞いていたが、その内容を知らなかったラスティは黙り込んでしまった。


「あなた以外の男性に夢の中で好き勝手されているなど、どうしてあなたに言えると思って?!なぜラスティが夢に出てきてくれませんでしたの?あれがラスティならば悩むことなどありませんでしたのに」


 今まで涙など見せたことのなかったアナスタシアが、初めてラスティの前で涙を流した。


「……シア、僕達も早退するよ」


 ラスティはアナスタシアの涙を拭うと、アナスタシアの手を取って立ち上がった。


 それからのラスティの行動は早かった。


 その日のうちにラスティとアナスタシアの婚約は整い、結婚の日取りまで最速で決まった。そして正式な婚約者となったラスティは、アナスタシアの両親にアナスタシアを自分の屋敷に住まわせることを承諾してもらい、アナスタシアを屋敷に連れ帰った。


 次の日、アナスタシアが初めて学園を休むことになるのだが、それはまぁ……お察しの通り。

 ついでにエリザベスも……。


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