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番外編2 アナスタシアの悪夢7

 時間は少し遡り、エリザベスがマリア先生の教務室に入ったその頃。


「サイラス様、エリザベス様がマリア・ロンドに接触いたしました。古文学教務室におられます」


 エリザベスにつけていた隠密の一人が、教室で友人達と談笑していたサイラスの耳元で囁いた。


「全く、僕のお姫様はなんでも自分で解決しようとするから困りものだよ」


 サイラスは肩をすくめて小さなため息をつくと、ラスティに目で合図を送り足速に教室を出て、先にエリザベスの元へ戻った隠密の後を追った。


 今までもマリア先生が怪しい動きをしていたこと、ジルベルトをそそのかすような言動をしていたことも確認が取れていた。今回のアナスタシアのことにどう関わっているのかわからないが、マリア先生がアナスタシアの夢を支配できるくらいの魔力があるとしたら、未知のその力にどう対抗したらいいのか、サイラスはもちろん魔術省のトップ達が集まって議論しても結論が出なかった。


 国宝の魔導具貸し出しには魔術省の許可がいる為、最速の話し合いの末に魔導具貸し出しを早々に決定させたサイラスであったが、魔導具貸し出しを容認する見返りとして、マリア先生を捕らえて研究したいというのが魔力省の要望をのんだ。しかし、いくら平民とはいえ、なんの罪もない人間を捕らえる訳にもいかず、マリア先生がアナスタシアに危害を加えているという証拠をどうやって集めようかと頭を悩ませていたところだった。


「普段は目立たなくおとなしいタイプなのに、いざとなったら行動力ありますね」

「うん、だからシアみたいな個性の塊みたいな娘ともうまくやっていけるんだろ。ベスは男版のラスティみたいなタイプだから」

「エリザベス嬢に似ていると言われるのは光栄ですが、そのエリザベス嬢をラスが溺愛している……ということだけは、ちょっと……微妙な感じがしますね」

「大丈夫だ。もしラスティが女だとしても、おまえには友情以上の感情

 は絶対に抱かないから」


 そんなくだらないことを話しながらもありえない程の速さで走り、サイラスとラスティは教務室のある教員棟へ向かった。


「ベスは?」


 隠密が一人、教務室の扉の横にあるロッカーのわきに隠れるように立っており、他の隠密はまた別の場所からエリザベスを見守っているようだった。


「今、マリア・ロンドとなにやら話をされているようです。話す声が小さいのもあって、ちょっと内容がいまいち理解できないのですが」

「そうか……。話がもう少し聞こえる場所はないか?」

「隣の教務室からベランダに出て、あの窓の下なら。窓が少し開いているようなので、気をつけないと相手にも気づかれますが」

「わかった。僕達はそっちに向かう。おまえはいつでも突入できるようにそこで待機だ」

「了解しました」


 サイラスとラスティは空いていた隣の教務室から窓を乗り越えてベランダに出ると、古文学教務室の窓の下にきた。中を覗いてみると、エリザベスが紅茶のカップに口をつけたところだった。


「まずいな。しっかり飲んじゃってる」

「ですね。エリザベス様の危機管理教育は大丈夫ですか?」


 サイラスとラスティは小声で話しながら眉間に皺を寄せた。


「ちょっと見直した方が良さそうだ」


 部屋の中では、アナスタシアを苦しめるな、ジルベルトに好意を持つことはないとエリザベスがマリア先生に強く訴えていた。

 エリザベスがジルベルトに好意を持つことと、アナスタシアの夢をマリアが操作することの繋がりはわからなかったが、ジルベルトのことを絶対に好きにならないと言い切るエリザベスを見て、サイラスは飲み物に口をつけてしまった不注意は大目に見てもいいかな……などと、目尻を下げながら考えていた。


 ジルベルトの最低な女癖のおかげで、ジルベルトとの婚約破棄を果たして今ではサイラスの婚約者となったが、ジルベルトの浮気を初めて知った時、エリザベスはショックで熱を出して寝込んでしまった。それくらい、以前のエリザベスはジルベルトに好意を持っていたのだ。それを知っているからこそ、エリザベスの口からジルベルトのことは好きじゃないと聞くと、心底ホッとした。


「あっ、エリザベス嬢が……」


 椅子から滑り落ちたエリザベスに、マリア先生が何か言って口に液体を注ぎこもうとしているのが見えた。


「大丈夫よ。これで心臓まで止まることはないから。これに効果があるのは随意筋だけ。不随意筋には作用しないから安心して。そうそう、これも飲んでおいてもらわないとね。あなた、もう王子のお手つきはあったの?あったとしても、ジルベルトのはあなたサイズじゃないから、媚薬でも飲まないと痛いだけで、身体から堕ちてはもらえないでしょう?これを飲んでジルベルトがいないといられない身体になればいいのよ」


 マリアの言葉に、一瞬にしてサイラスの顔は怒りに染まった。


 マリア先生が媚薬と言っていた液体を飲んだエリザベスは、マリア先生にソファーに運ばれる。全身が痺れて、自力では動けなさそうだ。

 今にも部屋に飛び込んで行きそうなサイラスをラスティは押し留め、状況把握する為によく観察する。

 

「……命に別状はなさそうですね」

「あいつ、ジルベルトにエリザベスを襲わせる気だ!」

「二人共現行犯で捕縛できます」

「……」


 サイラスはギリギリと歯を噛みしめ、いつでも突入できるように身構えた。


 マリア先生が教務室から出ていき、一人エリザベスが残されたのを確認すると、サイラスは一人窓から中に侵入した。


「ラス!」

「解毒薬を飲ませる」


 サイラスがエリザベスに近づくと、エリザベスは目を閉じたままだが、明らかにホッと落ち着いた表情を浮かべた。魔力香でサイラスを認識したらしかった。


「ベス、触るからな」


 媚薬の効果が出てきていれば、ただ肌に触れるだけでも衝撃に襲われるだろう。サイラスはなるべく肌に触れないように気をつけながらエリザベスの首元からネックレスを引っ張り出した。

 このネックレスにはゴールド公爵家の秘薬である解毒薬が入っていた。麻痺系の毒に効く黒い丸薬と媚薬に効く赤い丸薬を取り出し、エリザベスの口元に持っていった。しかし、エリザベスは上手に飲み込むことができない。サイラスはエリザベスの身体を抱き起こすと、深い口づけをして舌で丸薬を奥に運び飲み込ませた。

 丸薬をうまく飲み込めた後も、サイラスはエリザベスの舌に舌を絡めてしばらく離さなかった。


 十分程そうしてキスを繰り返していただろうか、エリザベスの指先がピクリと動き、サイラスの制服をキュッとつかんだ。同時に、今までサイラスにされるままだった口づけが、エリザベスの舌も意思を持ってサイラスの舌に絡みついてきた。


「……ベス」


 サイラスが唇を離すと、唇を赤く腫らせたエリザベスが、桃色に上気した頰でうっとりとサイラスを見つめていた。

 媚薬の効果がまだ残っているのだろうが、それだけではないのだろう。サイラスの口づけですっかり女の顔になったエリザベスは、幼さ中にも女性らしい艶を帯びており、そのアンバランスさに目が釘付けになる。

 ここが誰もいない私室ならば、確実にサイラスはエリザベスを襲っていたに違いない。

 なにせ、新年の祝賀舞踏会以来、エリザベスにキスしたり軽いスキンシップ程度に触れたりはしていたが、結婚するまでは子供ができたら困るから(エリザベスの本心はサイラスの暴走を危惧して)と、本番はお預けを食らっていたのだ。サイラスの我慢も、そろそろ限界を迎えようとしていた。


「あ……ありが……とう」

「全く、君は無謀過ぎるよ。なんでマリア先生の出した紅茶を飲むかな」

「ごめん……なさい。マリア先生も同じポットから飲んでいたから……大丈夫かと」

「毒薬じゃなかったから良かったけど、これからは本当に気をつけて欲しい。ベスに何かあったらと思うと……」


 辛そうに顔を歪めるサイラスに、エリザベスは身体から体当たりするように抱きついて謝罪する。


「心配かけてごめんなさい。もうこんなことしないわ」

「……後でお仕置きだからね」


 耳元で聞こえたサイラスの囁やきに、エリザベスの身体はビクリと反応する。


「ハァ……、破壊的に可愛過ぎる。こんなベスの顔、誰にも見せたくないのに……」

「そんなわけ……ないでしょ。私はこれからどいたらいいですか?」


マリアに薬を盛られたことを証言するとしたら、このまま逃げ出してしまったら相手にしらを切られるかもしれない。マリアが言い訳できないような状況で、彼女を捕まえる必要があった。


「まだ媚薬の効果が完全には抜けないようだけど、身体は動く?」

「まだ痺れているけど……なんとか」

「これから、マリア・ロンドはジルベルト・ストーンを連れてくるんだと思う。彼が君に触れようとしたら、そこで僕達が二人を拘束する。僕は……そこの机の下に隠れよう。ラスティは窓の外にいる。他にも隠密が二人隠れているから安心して。いいかい、ベスは二人を興奮させないように、まだ痺れ薬が効いているふりをするんだ」


 エリザベスはゆっくり頷くと、先程のようにソファーに横たわった。それを見守ったサイラスは、マリア先生の仕事机の下に隠れた。


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