番外編2 アナスタシアの悪夢4
番外編です。
午後にも投稿します。
「……というわけで、魔力を遮るような魔導具はないでしょうか?」
エリザベスはアナスタシアの夢の詳細は話さず、アナスタシアが最近悪夢を見ること、アナスタシアの屋敷に泊まった際、マリア先生の魔力香をアナスタシアから感じたことを端的にサイラスに告げた。やはり、夢の中とはいえ身体を好き勝手されてますなんて、好きな人の前では言いたくないだろうし、ただの友人にだって話したくはないだろう。
「お泊り……。まだ僕の宮にも一回しか泊まりにきていないのに」
「ラス様?」
なにかブツブツつぶやくサイラスをエリザベスが見上げると、サイラスは咳払いをして表情を引き締めた。
「シアが僕に助けを求めるということは、よっぽどのことなんだろう?了解した。すぐに探させて今日中にシアの屋敷に届けさせるよ」
内容を詳しく聞くことなく、国宝級の魔導具をすぐに貸し出すというサイラスに、アナスタシアとサイラスの絆の深さを見た気がした。
「それでその魔力についてなんだが、攻撃系、防御系、回復系……どの分類にも所属しない聞いたことのない魔術だな」
「そうですね。あえて言うなら精神攻撃かな?でも多分ですけど、本人は攻撃しているつもりはないかもしれません」
「どういうことだ?」
「彼女の願望……が溢れて魔力に混じった結果のような。うまく言えないんですけど、彼女がアナスタシアを攻撃する理由がないんですよね」
エロゲーマーにとって、攻略の難易度が高ければ高いほど思い入れが強い筈で、ジルベルトとアナスタシアの絡みはまさに奇跡に例えられるくらい尊いのだ。エリザベスも前世は試行錯誤しながらアナスタシア攻略を目指したが、結局攻略ならずに前世は幕を閉じてしまった。奇跡のエンディングを見る為に、何十周もしたというツワモノもいると聞いたことがあるほどだ。
そんなエロゲーマーにとって、アナスタシアは崇め奉る存在でこそあれ、攻撃対象にはならないだろう。
まぁ、前世のことはサイラスには話していないから、説明が難しいところだ。
「ラス、確か宝物庫に魔術返しの鏡があったと思ったんですが」
それまで黙っていたラスティが、おもむろに口を開いた。
「ああ!あの馬鹿デカイ鏡な。写した魔術を吸収して術者に返すってやつ。動かすのも大変な大鏡だから、なんの役に立つんだよって思ってたけど、なるほど今回は役に立ちそうだ。あれは保管場所も無駄に取って邪魔だったんだ。ゴールド公爵家で引き取ってくれ。一応国宝だから、くれぐれも割らないようにな」
「邪魔な粗大ゴミを押し付けないでくださいませ」
「ちゃんと普通の鏡の役割も果たすぞ。装飾品だけでも一財産の代物だ。趣味に合うかはおいておいて。ラスティ、さっそくあれをゴールド公爵家に譲渡する手続きと、運び出す準備をしてくれ」
「貸し出していただければ十分ですわ。なぜ貰い受けなければなりませんの」
「邪魔……だから?」
サイラスとアナスタシアは国宝級の大鏡を押し付け合い、いるいらないのバトルになった。
いつも通りのアナスタシアにホッとしつつ、エリザベスは今日もアナスタシアの屋敷に泊まることにした。
★★★
「……これはまた」
アナスタシアの呆れたような声に、エリザベスも同意するように苦笑した。
ラスティが数人の侍従に運ばせた大鏡は、壁一面(アナスタシアの広い私室のだ)を全部隠すくらいの大きさで、鏡を覆う額縁には、原色の色とりどりの魔石が無尽蔵に使われていた。色も形も統一感がなく、ただゴテゴテしい限りだった。
この大鏡、外から吊り上げて部屋に入れたのだが、ベランダの一部を壊し、窓枠は全部外されてなんとかギリギリ入った。既に全て修復済みだが、あの侍従達の手際の良さは、引っ越し業者に転職してもやっていけそうだ。
そうしてベッドが写る壁一面に置かれた大鏡、どこのラブホだよ……というツッコミはエリザベスにしか通じないだろう。
「……派手だね」
「趣味が悪すぎですわ」
「この魔石の配置じゃないと効果があらわれないとか?」
「それにしてもゴチャゴチャしすぎですわ」
とにかく寝ようと二人でベッドに入ってみたが、あまりに大鏡が気になりすぎてなかなか眠れなかった。それでも、悪夢のせいで寝不足気味のアナスタシアがうつらうつらし始め、エリザベスはそんなアナスタシアをしばらく見守っていたが、アナスタシアが深い眠りについた時、エリザベスも睡魔に襲われていつの間にか寝てしまっていた。
「……ァッ、……ゥン」
アナスタシアが身体をビクリと震わせ、その振動でエリザベスは目が覚めた。
「シア様?」
肩を揺すったが起きず、アナスタシアは何か耐えるような表情で顔を背けるような動作をとった。
エリザベスの目に大鏡が映り、エリザベスは思わず鏡を二度見した。
アナスタシアの上に覆いかぶさり、その首筋に舌を這わせている大きな黒い男の影が映っていた。男の手はアナスタシアの飽満な胸を揉みしだき、もう片方の手はアナスタシアの夜着を捲くりあげて太腿から上に入り込んでいる。
ジルベルト!
その影は明らかにジルベルトのものだった。そして現実のアナスタシアは嫌悪の表情を浮かべているというのに、鏡の中のアナスタシアは自分からジルベルトに抱きつき、ジルベルトの愛撫に積極的に身を委ねていた。どこを触られても過剰に反応しているようで、宣伝用PVで見た奇跡のエンディングを彷彿とさせた。
「……魔術返しは?」
大鏡をよく見てみると、鏡を彩る回りの魔石が半分くらい輝いていた。
もしかして、この魔石に全部魔力が満ちないと魔術返しが発動しないとか?
意味ないじゃん!!
快感を逃そうとしてか、イヤイヤと首を振るアナスタシアの手をしっかり握り、エリザベスは鏡を睨みつけた。すると、鏡の中にジルベルトとアナスタシアを見つめる女の影が揺らいで現れた。
その影は実像となって映るようになり、その女の表情までわかるようになった。
マリア先生は、うっとりとした表情でジルベルトとアナスタシアを見つめ、片手は自分の胸を、片手は自分の股間を弄っていた。
最低だな!
あちらのアナスタシアは悦がりすぎて顔面崩壊しているが、こちらのアナスタシアは必死に快感に抗って辛そうにしている。
マリア先生にはあちらのアナスタシアしか見えていないようだった。
エリザベスはベッドから下りて大鏡に走り寄ると、ダンッと鏡を叩いた。
まるでその音が聞こえたかのように、マリア先生はビクッと身体を震わせると、初めてジルベルト達から視線を反らし、エリザベスの方を向いた。
数秒、目があったような気がした。
その途端、魔石が全て光り、大鏡が発光したかのように一瞬何も映さなくなる。光がなくなると鏡には暗い部屋とエリザベスだけが映った。
振り向いてアナスタシアを見ると、アナスタシアは穏やかな表情になって寝息をたてていた。




