番外編2 アナスタシアの悪夢1
番外編2アナスタシア編です。
すみません、アナスタシアが可哀想だと思う方は、読むのを控えてください。
本日2話目です。
「ァアッン、アァァァ……」
アナスタシアは自分の悲鳴のような声で目が覚めた。身体はジットリ汗ばんでおり、起きてからもハッハッ……と小さく息を吐き、カタカタと小刻みに身体が震えている。アナスタシアは、そんな震える身体を自分の腕で抱き締めた。
いつからかたまに見ていた夢。それを最近は頻繁に見るようになっていた。起きてしまうと内容は朧気になりほとんど覚えてはいないのだが、身体は異様に火照っているのに気持ちは冷え冷えと冷めていて、気持ちと身体が分離してしまったかのような気持ち悪さに、アナスタシアは吐き気さえ覚える程だった。
「……あれは誰ですの?」
覚えてはいないが、アナスタシアのことを好き勝手触る手があった。夢の中ではその手を受け入れている自分がいて、それが余計に気持ちが悪い。あれはラスティじゃないと、頭が理解しているからことさらに……。
アナスタシアがラスティに初めて会ったのは、サイラスの婚約者候補として王宮のお茶会に出席したまだ幼少の時だった。同じ年頃の子供達が集められ、表向きは王太子のサイラスの学友選びということだったが、実際は王太子妃候補の選定の集まりだった。
アナスタシアは家格からも第一候補とされており、それは生まれた時からアナスタシアに課せられた義務でもあった。
「いつか王太子妃になる為に、淑女の鑑にならなければなりません」
言動、身だしなみ、全てにおいて厳しく育てられた。アナスタシアも完璧にできてしまったから、周りの期待が高まって、さらに要求が高度なものになった。誰もがアナスタシアを完璧な子供だと思い、他の子ができないことも、アナスタシアならばできて当たり前だと思われる。アナスタシアの高飛車な態度は、そんな大人の期待を肯定していたら身についた産物だった。
また、ストレスから隠れてお菓子を食べまくり、大食いになってしまったのであるが、元から大食いの素質があったのと、どれだけ食べても太らない体質が良かったのか悪かったのか、誰にも過食を気づかれることがなかった。
初めてアナスタシアの大食いに気づき、そして誰にも甘やかされたことのなかったアナスタシアを甘やかしてくれたのがラスティであり、子供らしく扱って喧嘩友達になったのがサイラスだった。
ラスティには恋心を、サイラスとは友情を育みながら成長した。
「シア、最近顔色が悪くないか?」
完璧な化粧で隠していたが、アナスタシアの目の下には隈があり、肌は寝不足から青白くなっていた。
「そんなことありませんわ。ラスティ、そちらのケーキもいただけるかしら」
いつも通り、生徒会室でラスティが仕入れてきた人気の菓子をたいらげていたアナスタシアは、ラスティから顔色が見えないように斜めに座り、ケーキを食べ続ける。
「シア?」
ラスティは隠し事は駄目だとばかりにアナスタシアの正面に回り込むと、床に膝をついてアナスタシアを覗きこんだ。
「淑女が食べている様子を覗きこむなんて、礼儀に反しておりますわよ」
「……シア?」
眉毛を下げ、心配げなラスティの視線に、アナスタシアはフォークをテーブルに置いた。
「……少し、夢見が悪かっただけですの。昨日、よく眠れなくて、それだけです」
昨日だけでなく、最近は頻繁に見るようになったのだが、それはラスティには黙っておく。そんなことを言って心配させても、夢まではラスティにもどうすることもできないからだ。
「どんな夢を?」
「……覚えてはおりませんわ。ただ、本当に気持ち悪くて……。夜中に目覚めてしまってからは、内容は覚えてはおりませんのに、眠ることができませんでしたの」
「怖いとかではなく、気持ち悪い?」
アナスタシアが何かに恐怖するというのも想像し難いが、普通の令嬢のように虫などに遭遇して気持ち悪さに悲鳴を上げるような姿も想像できなかった。昔から三人だけで遊んでいた時は、木登りや昆虫採集など男児顔負けなくらい熱中して行っていたし、蜘蛛や蜥蜴、蛇なんかも普通に素手で捕まえていたから。
「ええ……。全身アメーバーに包まれたような気持ち悪さ……とでもいうのかしら?いえ、内容は覚えてはおりませんから、その様な感じとしか言い表せないだけですわ」
「それはまぁ……気持ち悪いかもね」
なんとなく納得がいっていないようなラスティだったが、アナスタシアがそれ以上話したくなさそうな雰囲気を察して口を閉じた。
「そんなことより、サイラス達の婚約式も無事終わりましたわね」
「そうだね。色々あったけれど、なんとか無事に終わったね」
剣術大会のハプニングや文化祭後の媚薬騒動も乗り越え、エリザベスとサイラスは正式に婚約を果たした。その途端に人前でもイチャイチャデレデレしているサイラスはいただけないが、親友のエリザベスが幸せそうにしているのは、アナスタシアも本当に嬉しかった。
「次は……わたくし達の婚約……」
「うん?」
「な!なんでもありませんわ!!」
あまりに小さな声でアナスタシアが言ったためにラスティは聞き返しただけなのだが、それ以上言葉を続けることが恥ずかしく、アナスタシアは怒ったようにケーキをたいらげていった。
家族にはラスティ以外とか婚約も結婚もしないと明言しているアナスタシアだったが、実は本人に好きだという言葉を伝えてはいなかった。また、寡黙なラスティからも同じような言葉をもらってもいなかった。お互いに好意が行為にダダ漏れていたのだが、肝心なところで恥ずかしがり屋なのは二人共に似ていた。




