番外編1 シルバー侯爵家のお茶会に来ました
番外編です。
午後にも投稿します。
シルバー侯爵家は……豪華絢爛(一つ一つをピックアップして見れば)だった。とにかく金色でキラキラしていて目に痛い。しかも、飾ってある絵画、置いてある置物、屋敷の雰囲気に統一性がなくて、一言で言うと成金趣味。歴史ある侯爵家なんだろうが、とにかく金目の物を集めて置いてみた感が酷い。
エリザベスが通されたのは、南側の庭園に繋がる一階の大広間で、ベランダ側の窓は大きく開けられており、庭園が一望できるようになっていた。部屋はゴタゴタとして目にうるさいが、庭園の眺望は素晴らしかった。
ここに通される時、サイラスとは離されてしまったが想定内だ。サイラスから離された時用に、サイラスから王家の魔導具を預かっていた。事前にサイラスの魔力を注いでおり、一回なら使用できる状態になっている。
以前の映像の魔導具同様国宝物だと思うのだが、サイラスは躊躇なく拝借してきたらしい。
発動条件は簡単。魔導具についている紐を引っ張るだけ。紐を引っ張ると、爆音が十分間鳴り響くらしい。前世でいう防犯ベルだ。しかも、その十分間紐を引いた対象者一人を防御膜で覆うらしい。移動も可能だそうだ。イメージで言うと、甲冑を着込む感じだろうか?触ることもできなくなるらしいから。
魔導具の存在をドレスのポケットに確認し、エリザベスはシルバー侯爵令嬢ズがくるのを座って待った。すでに目の前には美味しそうな果物やお菓子がテーブルに並び、エリザベスをこの部屋に通してくれた侍女が紅茶をいれてくれたが、一口も手をつけていない。
ついでに置いてあったお菓子を全て自分の正面にある物と向かいにある物を交換しておいた。真ん中にある果物の盛り合わせは180度向きをかえて置き直した。飲み物が怪しいと聞いていたが、食べ物だって注意が必要だろう。
「「ごきげんよう」」
ノックもなく開いた扉は、双子の登場とともに閉められる。まるで自動ドアのようだが、黒子のように侍女が扉の開閉をしたようだ。
「この度は、お茶会のご招待ありがとうございます」
エリザベスが立ち上がって淑女の礼で挨拶すると、シルバー侯爵令嬢ズは礼を返すでもなく横柄に頷くと、エリザベスの目の前の席に座った。一緒に入ってきた侍女が二人に紅茶を注ぎ、礼をして出て行った。侍女がいないお茶会というのもありえないものだ。
「「よろしくってよ。お座りになって」」
「伯爵家では手に入らないようなお菓子も沢山用意しましたから、ご存分に召し上がれ」
「そうよ、このカカオ菓子など、滅多に手に入らないのよ。ね、マニ」
「そうね、サリ。ミラー伯爵令嬢、ささどうぞ」
緑っぽの瞳の令嬢が姉のマニエラ、青っぽい瞳の令嬢が妹のサリエラらしかった。二人は全く同じドレスに同じリボンを髪の毛につけ、見た目の区別がまるでつかない。仲良くなる気がないからどっちがどっちでも問題ないのだが、話している最中に名前を呼び間違えたら激怒されそうだから、「アサリ、アサリ(青サリエラ)」と頭の中で繰り返す。
「いえ……カカオは」
「本当に美味しいから、ぜひ一口」
「そうですわ!甘くてとても美味しいんですのよ」
挨拶もそこそこ、いきなり菓子を勧めてくるとか、怪しいにも程がある。何か仕込んでいるのは確定のようだ。チョコレートを進めるということは、甘いものに隠しやすい媚薬が一番怪しい。チョコレートの甘さは媚薬の甘さを隠しやすいからだ。カカオ自体にも興奮する作用があるとか、前世の記憶で聞いたことがあるような気もする。本とかでは、甘いカクテルなどに媚薬を混ぜて……なんて読んだこともあるが、真っ昼間の茶会でカクテルを飲むことはないから、このチョコレートの中に媚薬が混ざっているので間違いなさそうだ。でも、飲み物も怪しいから飲むのは止めておいたほうがよいだろう。痺れ薬などを盛られても厄介だからだ。
期待満々に見つめられ、エリザベスは躊躇いがちにカカオ菓子に手を伸ばす。すると、姉のマニエラの目がほんの僅かだが孤を描き、逆に妹のサリエラの目は緊張で見開かれた。どうやら、姉よりも妹の方が感情が態度に出やすいらしい。
「そうですか……。では後ほどいただくことにします」
エリザベスはカカオ菓子に伸ばした手を膝に戻して後で食べると言うと、途端にサリエラは不機嫌そうになった。わかりやすすぎる。
「ところで、今日のお茶会の主旨をお聞きしても良いですか?」
「主旨……」
まさか、カカオ菓子を自分に食べさせるのが主旨とか言わないよね。
双子をジッと見つめると、双子は二人揃って紅茶を飲み干すと、手元の鈴を鳴らした。すぐに侍女がやってきて二人のコップに紅茶を注ぎ、エリザベスには新しい紅茶をいれなおしてくれた。そして侍女はやはり退出していく。
「それで?」
少しイラッとしたからか、エリザベスは声に検を含んでしまったのかもしれない。シルバー侯爵令嬢ズは、キッとエリザベスを睨みつけてきた。
「私達はあなたの知らないサイラス様を良く知っていてよ!」
「そう……ですね」
サイラスは常にエリザベスに向ける顔と、周りに示す顔が違う。周りにはクールで出来る王子を演出(実際出来る王子なのだが)しているサイラスは、あまり表情を変えないらしい。確かに、王妃様はいつもニコニコしているイメージがあったが、王様や三人の王子達はムッツリしているイメージがあった。実際の彼らは話してみると王族とは思えないくらい気さくで、表情豊かであったが。ヘラヘラしている王様では民衆も不安になるだろうから、厳粛なイメージを保つことは大事なのかもしれない。
そんなサイラスであるが、エリザベスが婚約破棄してからは、人前であってもエリザベスだけには甘い表情を向ける。
しかも、最近のサイラスはキス解禁になったせいか、空気を吸うようにキスしてくる。ちょっと気を抜くと、人前でも唇にキスを仕掛けてくるから困ったものだ。しかも、サイラスいわくエリザベスとのキスが初めて(童貞確定)だと言っていたが、最初からキスがうまかった。経験者(前世ではあるが)のエリザベスがそれこそヤる気になってしまう程に。
閨の実習は断固拒否したらしいが、座学はめいいっぱい頑張ったから……って言っていたが、どれだけ熱心に閨の授業を受けたんだろう。ちょっと、近い将来の自分が心配すぎる。
ついサイラスとのキスを思い出してポーッとなってしまったエリザベスだが、目の前でシルバー侯爵令嬢ズが目を吊り上げて怒っているのを見て現実に戻された。
ほとんど聞いていなかったが、殆どが自分達しか知らないサイラス自慢だったらしい。
「ちょっとあなた、聞いてますの?!」
聞いてなかったが、そんなことを言えば火に油を注ぐようなものだ。
「はい、サイラス第3王子殿下は素晴らしい方だと私も思います」
エリザベスはなんとなく前世の記憶を辿って、クレーム電話対応の仕方を思い出す。
冷静に聞き役に徹すること。相手の立場に立って寄り添いながら対処策を提案。常に礼儀正しく感謝の気持ちを忘れずに……だったかな。
エリザベスも愛莉も、二人に共通することは地味だというだけではなく、聞き上手であるということもあった。
常に真摯な気持ちで相手の話に耳を傾け、相槌を打ちながら同意を示し、相手の話を否定したり、自分の話を被せることがない。そんなエリザベスと話をするのはみな心地良く感じただろう。
愛莉は社会人として必要に応じてそうしていたが、エリザベスは地で良い子だったんだなぁと、自分のことながら他人目線で考えてしまう。
そして、今のエリザベスには真摯な姿勢が欠落していることに、エリザベスは気がついていなかった。




