番外編1 文化祭二日目2
番外編です。
午後にも投稿します。
「「サイラス様」」
廊下に出たサイラスの後ろから、シルバー侯爵令嬢ズが声をかけてきた。婚約者候補になった子供の時から、この二人は特に苦手というか、気持ち悪かった。あまりにそっくり過ぎるのはしょうがないとしても、話が全然通じなく、二人だけの世界で完結している様子は異世界の住人のようだったのだ。理解しようとも思わなかったので、なるべく関わらないようにしていたし、彼女達もサイラスを挟んでただ二人だけで会話する感じだったので、子供の頃からの婚約者候補とはいえ、それ程よく知っている訳ではない。
「なんで君達がここにいるのかな」
「あら、きちんと身分を教えてさしあげようと思いましたの。ね、サリ」
「ええ、マニ。ぽっと出の伯爵令嬢風情が、私達の間に割り込もうなんて、図々しいにも程がありますもの」
サイラスは険しい表情で双子を見下ろす。彼女達は、サイラスに近寄ろうとする他の婚約者候補達に酷い言葉を投げかけたり、サイラスの前でわざと恥ずかしい目に合わせたり(お茶会のお茶に強烈な下剤を仕込んだり、媚薬まがいの薬を仕込んだりしていた)、ドレスを汚したり破いたりと、けっこうやりたい放題やってきた。しかも、どう見ても彼女達がやったのに、その証拠は見つからず、やられた令嬢達もシルバー侯爵怖さにか泣き寝入りばかり。数多くいた婚約者候補達が6人になったのは、ほぼシルバー侯爵令嬢ズのせいだと言って良かった。
その中の誰にも興味を惹かれなかったのだから、婚約者候補が減るのはいいかと、サイラスも今までは見て見ぬふりをしていたが、シルバー侯爵令嬢ズがエリザベスに手を出そうというならば話は別だ。
「ぽっと出ね。僕も不思議だよ。君達には十年以上かかっても感じることができなかった感情を、ベスには一瞬で感じたんだから」
「一瞬で感じたのなら、一瞬でなくなるかもしれませんわ。ね、サリ」
「えぇ、マニ。私もそう思うわ。私達の想いは変わらず持続してますけれどもね」
「もし、かつて婚約者候補だった令嬢達にしたようなことをベスにするつもりならば、いくら侯爵家とはいえただではおかない。それは覚えておけ」
冷ややかなサイラスの口調にも、シルバー侯爵令嬢ズはただクスクス笑っている。
「まぁ、私達は何かした記憶などありませんわ。ね、サリ」
「本当ね、マニ。私達が覚えているのは、サイラス様と三人で過ごした甘い夜だけ」
「そうだわね。また、あの夜のように眠りたいわ」
話の通じない双子に、サイラスは深くため息を漏らした。
甘い夜なんて、サイラスの記憶には一つもない。いつものように一人でベッドに入り、明け方シーツの冷たさに目覚めたら、目の前には見知らない子供のドアップがあった。びっくりして飛び起きて後ろに飛び退ったら、手をついた先のシーツもジットリ濡れており、振り返ったら同じ顔がもう一つ。ちょっとした恐怖体験だ。あの後、警備体制を厳重に強化してもらったが、しばらくトラウマになったくらいである。
シルバー侯爵によれば、たまたま議会の見学に王宮に連れてきた双子が寝てしまったので、各貴族に振り分けられている休憩室に寝かせておいたが、そのまま起きなかったので王宮に泊まったという説明だった。そして、自分も寝ていて気が付かなかったが、寝ぼけた双子がサイラスの寝室まで行ってしまったんだろうと。双子だから、二人一緒に寝ぼけるものなんだと言われ、いい大人がそれこそ寝ぼけた戯言をペラペラと喋れるものだと呆れた記憶がある。
寝ぼけたくらいで王族の寝室に入れるものではない。誰か手引きした不届き者がいて、双子をサイラスの寝室に放り込んだに違いない。
しかも、寝ぼけたとはいえ貴族の子女と閨を共にしたのだから責任をと言われ、婚約者にゴリ押しされたのだった。一方的に寝ぼけたのは双子だし、まだ精通もしていないただ眠っていただけの子供に、なんの責任があるというのか。
侯爵家という相手の立場上断ることも難しく、他にも婚約者候補をたててしのぐことにしたのだ。それがアナスタシアであり、アナスタシアが婚約者候補から降りられない理由もここにあった。
「ベスとの婚約は来週成立する。婚約が成立したら、婚約者候補の令嬢達には婚約者候補の撤回の通達がいく筈だ。婚約者候補としての期間に応じた報奨は勿論、王国内外問わず家格に見合った以上の嫁ぎ先を紹介すると聞いている」
「まさか私達を他の婚約者候補達と同列になさいませんよね」
「まさかそんな筈はないわ、マニ。私達にはあの素晴らしい夜があるんですもの」
「その通りよ、サリ」
両手を握り合って微笑む双子に、ウンザリした表情が隠せないサイラスだ。
「ラス様」
サイラスがパッと笑顔になり振り返ると、制服に着替えたエリザベスとアナスタシアがいた。サイラスはすぐさまエリザベスに走り寄ると、その肩を抱き寄せ後頭部にキスを落とす。
「さっきの執事服も良かったけど、やはり制服姿のベスは可愛らしいな」
「お待たせしました」
大丈夫でした?という思いを込めて見上げると、サイラスの甘い微笑みがさらに蕩ける。エリザベス以外見たことのないサイラスの笑み崩れた顔に、アナスタシアはゲンナリとなり、シルバー侯爵令嬢ズは大きな目を更に大きく見開いた。彼女達がというか、世の貴族令嬢達が知っているのは、クールであまり表情を変えない第3王子だった。そんな王子の笑顔を知っているのは自分達だけだと思っていた。あの忍び込んだ夜、寝ているサイラスが浮かべていたうっすらとした笑顔が最高だと思っていた。もちろん、ラスティやアナスタシア達といる時は普通に笑ったりふざけたりしていたのだが、それを見れるのは限られた人間だけだったから。
そのサイラスが、アナスタシアがにさえ向けない甘い笑顔を、たかだか伯爵令嬢に向けているのだ。
シルバー侯爵令嬢ズは二人揃って口元に笑顔を浮かべた。
「ミラー伯爵令嬢、今度私達のお茶会に招待いたしますわ。では、ごきげんよう」
シルバー侯爵令嬢ズは口元の笑顔を崩さず、サイラスに淑女の礼をしてからクルリと向きを変えて足早に廊下を去って行った。
「ベス、お茶会の招待状が届いたら、必ずわたくしに言うのよ」
「そんなの、行く必要はないからな」
「そういう分けたには……」
格上の侯爵家の招待を断れる訳もなく。
その次の日、文化祭最終日を終えて屋敷に戻ったエリザベスの元に、シルバー侯爵家から正式な招待状が届いた。しかも、ありえないことに茶会は翌日で、返事は不要となっていた。
つまりは、断るなんてありえないよね……という傲慢な招待状だった。




