番外編1 文化祭一日目
番外編です。
午後にも投稿します。
エリザベス達、普通科3年A組は執事喫茶をやることになった。
普通科は女子が多い為、女子が男装して執事服を着て接客し、男子は裏方として飲み物や軽食の準備をした。男子はメイド服を着て……という案もあったのだが、残念ながらサイラスやラスティのようにキラキラしい男子学生はおらず、見た目的に楽しくない(アナスタシア発言)ということで却下になったのだ。
そして今、エリザベスの目の前には執事服を着たアナスタシアとキャサリンがいるのだが、丈が短く身体にフィットしたスペンサージャケットは、胸の大きさとウエストの細さを強調しており、細めのズボンは下半身のシルエットそのまま表していた。特にキャサリンの美尻からは目が離せないものがあった。
「なんか……似合いますね」
「ベスも可愛らしいですわ。こんな可愛らしい執事がいたら、わたくしずっと側に侍らかせていますのに」
そこはきちんと仕事をさせてあげましょう。
「そろそろお客様がいらっしゃいますわね。さぁ、並びましょうか」
執事喫茶は細かく当番制にして、午前4回、午後5回に分かれて執事役3~4人、裏方2人が担当することになっている。アナスタシア権限で、アナスタシア、キャサリン、エリザベスは同じグループになっており、1日目は午前1回目、2日目は午後1回目、3日目は午後5回目の担当になった。
今日は初日なので、オープン担当でエリザベスはドキドキだ。サイラス達やキャロラインは来てくれると約束してくれているが、果たしてお客様が来てくれるのだろうと心配していたが、ドアを開けて執事喫茶をオープンした途端、すでに廊下に列ができていて驚いた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
右手を背中に、左手を腹のあたりに当てた執事の礼をとりお客様を迎え入れた。お客様第1号は、サイラスだった。王子自ら先頭に並ぶとか、どれだけ庶民派王子なのだか。剣術大会でエリザベスとの関係を公表してから、サイラスはラスティの扮装をするのを止めていた。
「ベス!あぁ、可愛い!可愛すぎる!!ドレス姿のベスも可愛いけれど、執事服のベスも何か禁欲的な雰囲気があって……、いや!逆にエロい!尻の形が丸分かりじゃないか。駄目だ、駄目だ、駄目だ!なんでモーニングじゃないんだ」
サイラスはお辞儀をするエリザベスの周りをグルグル回って全身を確認すると、エリザベスの後ろ側でピタリと止まって崩れ落ちた。
「このエロ王子!」
アナスタシアの扇子が素早く飛んでくる。執事服に合わせて黒いレースの扇子だった。
「ベスの可愛い尻が衆目の面前に……」
「お尻丸出しで歩いているような言い方はお止めなさいませ。皆お揃いなんですから諦めなさい。申請した執事服を通したのはラスじゃありませんか」
「他のクラスと違って、露出がゼロだったから良いと思ったんだよ。まさか、ズボンがこんなにイヤらしいなんて、誰が思うんだ」
いや、そういう目で見るからイヤらしく見えるんです。
「サイラス殿下、後ろが詰まってしまうので、さっさと席についてください」
「キャサリン嬢、最近僕へのあたりが雑じゃないかい」
サイラスはブツブツ文句を言いながらも、言われた通りに席につく。
「ラスティはどうしましたの」
「ああ、一緒だと一人の接客しか受けれないだろうからって、時間差でくるよ。ダニエルもね」
妙に細かい男性陣だ。
「指名制ではないのですけど。じゃあ、ベスはサイラス殿下についてあげてください」
キャサリンとアナスタシアは他の接客へ行き、エリザベスはサイラスに【お願い】と書いてある紙を差し出した。
・混雑時は注文が届いてから10分で交代制です。(砂時計でカウントします)
・食べ切れる量を頼んで下さい。おかわりは禁止です。
・執事には触れないようにお願いします。
・違反行為があった場合には速やかに退席お願いします。ご退席いただけない場合は警備に通報させていただきます。
「お帰りなさい、旦那様。こちらの裏がメニューになっております。注意書きをお読みになってから、ご注文をお願いします」
「ベス、もう一回言って」
「?」
「お帰りなさい旦那様のとこ」
「お帰りなさい、旦那様?」
サイラスは注文表を片手に悶えている。
「あぁ……。結婚したら、毎日ベスにそう言ってもらえるかと思うと、滾るものがあるよ」
何を滾らせるつもりなのか……。最近甘さの中に、隠しきれない欲求が見え隠れしていてちょっと怖いなと思うエリザベスだった。もちろん、婚約式まで終わればサイラスの全部を受け入れるつもりではいるけれど、あまりに欲求不満を溜め込まれ過ぎて大暴走……なんてことになられたら、主に被害甚大なのはエリザベスだけだからだ。
「そんなの、毎日言うでしょう。ラス様、注文お願いします」
「うん、うん。毎日頼む。ついでに抱擁とキスもつけて」
「頬にですよ。で、ご注文は?」
「なぜ?そこは毎回口にするに決まっているじゃないか」
「侍女や侍従達の前でですか?無理ですから。ラス様、ご注文」
「いやいや、彼らは職業柄スルースキルに長けているからね、そこは気にすることはないんじゃないかな」
「気にしましょうよ。ご注文お願いします」
注文が届いてからテーブルの上の砂時計をひっくり返すのだが、注文をとらせてくれないからどうにも進まない。
「ラス!わたくしはもう二巡目ですわよ。注文しないのならお帰りなさい」
「はい、紅茶でお願いします」
アナスタシアに肩を扇子で叩かれ、サイラスはすぐに注文した。
うん、禅かな。
「すぐにお持ちいたします、旦那様」
エリザベスは裏方に注文を通し、すぐに紅茶を持って戻る。ポットで紅茶の葉を2分半蒸らし、温めてあるティーカップに注ぐ。砂糖とミルクを入れるか聞いて(いれるのは知っていたが)からサーブする。
「やばい……幸せ」
紅茶を注ぎ、サイラスに差し出すとサイラスは深く息を吸い込んでうっとりとした表情を浮かべている。
一般的に見て、ごく普通の見た目の自分に、これだけの美男子が執着する様子を見せるとか詐欺じゃないかなって思うけれど、王子に詐欺られるほどの価値がミラー家にはない(お父様ごめんなさい)からこそ、真実なんだなって信じられる。
もしかしたら、これもエロゲー補正?主人公の婚約者設定だから、好感度が上がりやすいとか?でも、そうだったら今までボッチだった意味がわからない。
自分の中でサイラスの愛情を一旦否定して、でもそれはないと肯定して。なんだかんだ言って色々理由を考えてみるものの、サイラスから本当に愛されていると信じたいだけなんだよね。
でも、信じられるくらいの愛情をサイラスはくれる。言葉でも態度でも表してくれるから信じられる。若干暴走気味なところもチラホラ見えるけれど、前世で彼氏の浮気でズタボロになり、今世でも婚約者の浮気に前世の記憶を思い出してしまうくらいの衝撃を受けたエリザベスだからこそ、過剰な程のサイラスの愛情で丁度良いのかもしれない。
「ベス、ポーッとしてるけど大丈夫か?」
「あ、おかわりいれますね」
ポットに残っていた紅茶を全部注ぎ入れ、エリザベスはサイラスに笑顔を向けた。そのエリザベスの笑顔に、サイラスもニコニコ笑顔を返してくれる。
「ほら、そろそろ時間ですわよ」
砂時計の最後の一砂が落ち、アナスタシアに急かされたサイラスは紅茶を飲み干し席を立った。
「終わった頃に迎えにくる。一緒に文化祭をまわろう」
「はい」
サイラスが教室を出てからすぐにラスティがやってきて、その後も忙しく接客した。
後少しで2回目の生徒と交換という頃、お客様としてジルベルトがやってきた。アナスタシアもキャサリンも接客中で、「お帰りなさい、旦那様」とお辞儀をしてから頭を上げたエリザベスは、そこで初めて自分の担当のお客様がジルベルトだと気がついた。
「あ……」
「久しぶりだなエリー」
「お久しぶりです、ストーン侯爵令息様」
ジルベルトの眉毛が一瞬顰められ、勝手に空いていた席に座る。ジルベルトの来店に気がついたアナスタシア達が慌ててエリザベスの元にこようとするが、アナスタシアの接客相手がアナスタシアの大ファンという青年で、弾丸のように喋り続けて抜けれなかったのと、キャサリンの相手は相手でイヤミな子爵令息で、キャサリンの礼の仕方に難癖をつけていたせいでやはり席を抜けることができなかった。
心配そうな二人の視線に、エリザベスは視線だけで大丈夫と答えると、ジルベルトと向かい合った。
「こちら、メニューの裏に注意書きがございます。注意書きをお読みになってから、ご注文をお願いします」
「なぁ、エリー。俺はおまえにとって不誠実な婚約者だったかもしれない」
かもしれないって、意味がわからない。「不誠実な婚約者だった」って断定じゃないの?
エリザベスは思ったことは口にせず、ただ無表情でメニューを差し出す。
「反省したんだ。今はもう誰とも関係を持っていない!自慰もしていない!おまえへの誠実な愛を貫いている。おまえへの愛で爆発寸前なんだ」
えっ?何を聞かされてるのかな?爆発寸前なのは、あなたの股間では?
ジルベルトは席から立ち上がったかと思うと、エリザベスの前に片膝をついた。
「俺はここで愛を叫びたい!どうか俺への愛を思い出してくれ。再度、求婚することを許して欲しい」
俺様ジルベルトが、自分よりも格下だとかえりみることもなかった元婚約者に求婚とか……。真剣なその男らしい表情にエリザベスは……全く、全然、これっぽっちも絆されることはなかった。
「注文がないのならお帰りください」
「エリー!」
ジルベルトがエリザベスに縋り付こうとしたので、エリザベスは注意書きをジルベルトの眼前に突き出す。
「注文、お願いします」
周りからの好奇な視線と、キャサリンの心配そうな視線、アナスタシアの溢れる怒気を感じつつも、エリザベスは毅然とした態度で、触れたら即通報だとジルベルトを睨みつける。
すると、なぜかジルベルトの頬に微かな赤みが差し、ゴツい男がモジモジとしだす。
「……いや、うん、エリーがそこまで言うのなら、コーヒーを頼もうか」
「コーヒーですか、椅子に座ってしばらくお待ち下さい」
キツめなエリザベスの口調に、ジルベルトはイソイソと椅子に座り直す。
エリザベスが裏に注文を通しに行くと、同じタイミングでアナスタシア達も引っ込んできた。
「ベス、大丈夫?!」
「クソカス野郎、性癖でも変わりましたの?!新しい扉が開いてしまったんじゃないんですの?!ベスが睨んだらいきなりモジモジして」
「なんか、気持ち悪いんですけど」
女子三人寄り添って手を握り合う。
「わたくしがアレの接客いたしますわ」
「じゃあ、私はキャシーのお客様の対応するわ。なんか失礼なことばっか言ってなかった?」
「あれくらいは聞き流せば問題ないですよ。そうすると、私はシア様のお客様ですか。なんか、がっかりされてしまいそうですね」
とりあえずお客様をシャッフルし、担当替えをしてつくことにした。子爵令息は格上のエリザベスがついたことでおとなしくなり、アナスタシアのファンはアナスタシアのサイン入り絵姿を渡すことで機嫌を損ねることなくお帰りいただけ、ジルベルトはアナスタシアのサーブの最中もエリザベスから視線を離すことはなかった。
その後、2日目も3日目もジルベルトは執事喫茶に現れた。しかも、エリザベスが担当する時間帯にしっかり合わせて。誰かがジルベルトにエリザベスのシフトを教えているとしか思えなかった。




