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サイラス第三王子とその仲間達

R15バージョンです。

午後にも投稿します。

 魔術学科の校舎はキャンベル王立学園の中でも一番奥まった所にあり、普通科の生徒の出入りは禁止されていた。

 まるで宮殿のような華美な建物は、見るからに王族や高位貴族専用だとわかる。現在、この魔術学科の校舎を利用しているのはたった7人。各自個室での個別授業となっている。


「ラス!あなた独り占めはよろしくありませんわよ!」

「これは僕がもらったから僕のだ」

「まあ!大人げない。味見くらいはよろしいじゃありませんの。わたくしにも一つお寄越しなさいな」

「絶対に嫌だ」


 応接室のソファーに向かい合って座る男女二人は、ギャーギャーと言い合っている。男の方はキャンベル王家特有の青銀髪で瑠璃色の瞳を持つ美男子で、キャンベル王国第3王子のサイラス。そのサイラスを気安く愛称で呼ぶ赤毛の美女は普通科のアナスタシアだった。

 二人は幼馴染にして気心の知れた友達ではあったが、お互いに異性として意識したことはなく、婚約者候補と言われてお互いに「ウゲッ」と顔を顰めるくらいには結婚相手とは意識し辛い相手である。


「シアはミテランのガトーショコラを食べれば良いじゃないか。ラスティが一時間も並んで買った一品だ」

「もちろんそれもいただくわ。ラスティが一時間目を潰して買ってきてくれたんですから」


 アナスタシアの右斜め後ろから、アナスタシアのティーカップに新しい紅茶が注がれる。


「ぜひ食べて欲しいですね。僕の努力の成果ですから」


 いつもの茶色のボサボサヘアーはすっきりと纏められており、端正な顔が余すところなく表に出ている。背筋もピンと伸び、紅茶を注ぐ仕草は一流の執事のようだ。瑠璃紺色の瞳はサイラスよりも濃い目の色をしているが、よくよく比べてみないと違いはわからないだろう。ただ、王家の特別な瑠璃色と言われるその瞳の色は、光の当たり方によって色を変化させる珍しいもので、ラスティの瑠璃紺の瞳は特に色の変化のない一般的な瑠璃紺色であった。身長、体格共にサイラスとラスティは良く似ていた。


 ラスティ・ウッド子爵令息は、サイラス第3王子の影武者にして未来の側近候補であった。


「ラス、あまり僕の姿でウロチョロしないでくださいね。僕があなたの影武者であり、あなたが僕の影武者じゃないんですから」

「いいじゃないか。ラスティは魔術学科で一流の講師陣から学べ、僕は一般の生活を享受できる。第一僕はこの学園で学ぶべきことはすでに習得しているしね。学びたい者にこの席を譲っているだけだよ」

「どうして王立学園に入学したんですの。こんなとこで遊んでいないで、王太子の補佐でもなさったらよろしいのに」


 アナスタシアは、綺麗な所作でガトーショコラを切り分けながら呆れ顔で言う。流れるようなカトラリー使いだが、すでに二つを完食しており、三つ目にとりかかっていた。奇跡のダイナマイトボディーのアナスタシアだが、実は甘味に目がない大食漢だった。このことを知っているのは、アナスタシアの家族とサイラスとラスティだけだ。サイラスとアナスタシアの共通の趣味、それが甘味だった。


「シア、ホールで購入したアップルパイがあるけど、切り分けするかい?」

「まぁ、美味しそう! そのままいただくわ。ラスにはそちらのいただき物がありますものね。でも、ラスティの分は先に取り分けてもよろしくてよ」

「いや、甘い物はあまり」

「もったいないですわ、美味しそうなのに。昔からラスティは甘い物が苦手でしたわね。わたくしが代わりにこっそりと食べてあげたものですわ」


 実際にラスティは甘味をあまり好んでは食べないが、食べられないほどではない。ただ、アナスタシアがあまりに食べたそうにしていたから、隠れてアナスタシアにあげていただけだ。世の令嬢達の食べる量はほんの少し、少食を美徳とし、完食など有り得ないというのが常識だった。完璧な令嬢を求められたアナスタシアももれなく少食を装っている。

 普通科のアナスタシアが昼食時魔術学科のサイラスの元を訪れるのは、婚約者候補として第3王子と親睦を深める……という名目で、心ゆくまで食と甘味を堪能する為である。

 アナスタシアを幼少の時から餌付けしているラスティは、密かに恋い慕う大食いの少女の為に、毎日有名所の甘味を買い求めに睡眠時間を削って奔走しているのであった。


「ところでラス、あなたいつエリザベスさんとお知り合いになりましたの?彼女、騎士科のストーン侯爵令息の婚約者でしたわよね。婚約者のいる令嬢と親しくするのは、あまりよろしくなくてよ。しかもラスティの姿で近づいて、ラスティが横恋慕しているように見えてしまうじゃありませんか」


 不機嫌さを隠さずにアナスタシアがキッとサイラスを睨む。サイラスが誰と噂をされようがかまわないが、ラスティが自分以外の女と噂されるのは我慢ならないのだ。アナスタシアとラスティ、両片想いな二人だった。


「だって、第3王子の姿で近づいたら回りがうるさそうだし、エリザベス嬢だって身構えてしまうだろう?この美味しいブラウニーだって、ラスティだからこそゲットできたが、第3王子ならくれなかっただろうしね」

「そりゃ、そうでしょうけれど……」


 アナスタシアは不機嫌そうに鼻をならしつつも、アップルパイを食べる手は止まらない。


「ストーン侯爵令息といえば、去年の剣術大会で優勝した生徒ですよね。王国騎士団でも再来年の入団に期待してるとか」

「あら、普通科の子女達にも大人気ですわ。騎士科の練習試合の時には皆様見学の席取りに命をかけているようですわ」

「もしかしてシアも?」

「あら、わたくしはあんな汗臭い場所はごめんですわ。筋肉にも魅力を感じませんし。まぁ、ダンスの時に軽やかにリフトできるくらいの筋力があれば十分なのではないかしら。それに筋肉のそばは暑苦しそうですわ」

「だよな。僕でもシアくらいならば、一曲中リフトして踊れる。今度の夜会で試してみる?」


 面と向かってアピールしているラスティであるが、アナスタシアはそれには気がつかずにアップルパイを食べ終わり、テーブルに並ぶ次のデザートを物色している。


「それはただの高い高いじゃないか?ところで……ストーン侯爵令息のことなんだが、彼の人となりについてどう思う?」

「ストーン侯爵令息?騎士科ではリーダーシップをとり、常に輪の中心にいるような男だな。科が違うので話したことはないけれど、いずれ騎士団の中心に立つ人物として人望も厚いように見えるな」

「そうね。子女に大人気で、でもそれに驕ることなく、女性に優しいと聞くわ。婚約者であるエリザベスさんのことも大事にしていて、週に一度一緒に昼食を食べているそうです」


 サイラスは足を組み換え、顎に手を置いて思案する。


 ★★★


 サイラスは王立学園で、魔術学科、文官学科、騎士科の三科に在籍している。エリザベスが倒れたあの日は、騎士科の授業の後に忘れ物をしたことに気が付き、3年の教室に戻ったのだ。そして、教室前で佇む女子生徒を発見したのと、教室から漏れ聞こえる音に状況を理解し、身を潜めてしばらく様子を見ることにしたのだ。


 キャンベル王国においては、結婚前の女性の純潔を尊ぶ風習がある。婚姻後、跡取りさえできれば女性も奔放な態度は許されるが、それまでは貞淑でいなければならない。貴族において、血を繋ぐことが一番の使命とされるからなのだが、ゆえに婚約同士であれば身体を繋いでもギリギリ許される。きちんと婚姻することが条件ではあるが。


 関係をもってしまった婚約者達がたまに放課後人気のない教室で盛ることもあり、特に騎士科の生徒は訓練後などは特に性的欲求が滾るようで、教室やロッカールーム、屋上、校舎裏などは定番の盛り場所になっていた。


 教室前で固まってしまっている娘はずいぶん幼く見えるが、制服を着ているから学園の生徒の筈で、きっと何も知らずに教室に訪れ、男女の交接を目の当たりにしてショックで動けなくなってしまったのだろう。

 ここで声をかけて立ち去ることを促しても、びっくりしたあげくに大声でもだされたら誰にとっても大惨事になるだろうし、早くショックから立ち直るのを祈るばかりだ。


 すると、女子生徒はよろけたように後退り、手に持っていた袋をグシャッと握り潰した。顔面蒼白になり、身体をブルブル震わせた女子生徒は、今にも倒れるのではないかというような危ない足取りで教室を後にした。

 その様子をどうしても放っておけず、サイラスは足音を消して女子生徒の後を追った。その際、教室の中がチラリと見え、教室で淫らな行為にふけっていたのがジルベルト・ストーンであることを確認した。


 廊下を曲がり、階段にさしかかったところで女子生徒に追いついた。


「君……」


 サイラスが声をかけようとしたのと、女子生徒が階段の上から転がり落ちそうになったのは同時だった。サイラスは自分の足に強化魔法をかけ、落ちて行く女子生徒に飛びついた。腕を掴み身体を引き寄せて抱き込む。小さな身体は難なくサイラスの身体に包まれ、ピッタリと隙間なく重なった。

 まるで欠けていた自分の一部が嵌ったような感覚と、女子生徒から香る甘やかな香りにサイラスの魔力がブワリと拡散する。

 サイラスは女子生徒を抱えたまま、階段を蹴って一番下に着地した。


「……ビックリしたぁ。君、君、大丈夫?!」


 腕の中でグッタリとしている女子生徒は気を失っているらしい。ゴソッと彼女の手から紙袋が落ち、サイラスはそれを拾い上げてポケットに押し込む。サイラスは気絶した女子生徒を横抱きにし、慌てて保健室へ駆け出した。


 ★★★


「……っていうことがあったんだ」

「は?!」


 アナスタシアは、珍しくケーキを食べていた手を止め、不快そうに眉を寄せた。


「つまり、ストーン侯爵令……いえ騎士科のクソ野郎は、婚約者がいながら他の令嬢に手を出し、あまつさえそれをエリザベスさんに見られたということですの?!」

「シア、クソ野郎は駄目だ。そんな汚い言葉、シアの口が曲がってしまうよ」

「クソ野郎はクソ野郎ですわ! なんて、なんて……心の底からクソ野郎と呼んでやりますわよ」

「彼がクソ野郎なのは僕も同意だよ。あんなに可愛らしくて、美味しいお菓子を生み出すことのできる婚約者がいながら、あんな非道な行為ができるなんて、まさにクソ野郎が相応しい」

「まぁ、エリザベス嬢の体格を考えると、正しい組み合わせで事をなそうとするほうが非道な気もするな」

「ラスティ……くだらない想像をすると殺すよ」


 サイラスの地を這うような声に、応接室の温度がグンッと低くなった。


「申し訳ありません」

「ラスティ、あの騎士科のクソ野郎について詳しく調べるように」

「わたくしも令嬢達に聞いてみますわ」

「うん、よろしく頼む。あと、シアには特にエリザベス嬢のことを頼みたい。同じクラスだし、何かと手助けしてあげて欲しい。彼女は今、精神的にもかなり追い詰められているだろうから」

「心得てますわ。まぁ、お話ししたことはないんですけれど、仲良くなれば、そのお菓子をいただけるかもしれませんしね」


 アナスタシアがサイラスの手の中にあるタッパーに目をやると、サイラスはわざとらしく最後の一つを口に入れてニンマリと笑った。


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