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アナスタシアのお茶会3

午後にも投稿します

 春中頃の暖かな日差し、満開の桜、たまに優しい風が吹くと舞い散る桜吹雪……どこからどう見ても穏やかで平和そのものの麗らかな春の一日。それにも関わらず、ゴールド公爵家の庭園のごく一部、春の庭園と呼ばれる一画の東屋だけは、極寒の吹雪が荒れ狂っているのではないかというくらい、極地的な寒冷前線が停滞しているように感じられた。


 今まで無言でアナスタシアのホステスぶりを見ていたエリザベスであったが、その今にも御臨終ですか? といった貴族令嬢達があまりにも不憫で、つい声をかけてしまう。


「あの! 実は皆様にお願いがあるんです。今日はそれを聞いていただきたくて、シア様にお茶会を開いてもらったんです」

「ベス」


 あくまでも自分が矢面に立ち、悪役令嬢よろしく令嬢達を脅して証言をもぎ取ろうとしていたアナスタシアは、エリザベスに無理することないのよと、優しい視線を向けてくれた。

 確かに日頃大人しくあまり自分の意見を言わないエリザベスではあるが、自分の為にこんなお膳立てまでしてもらい、何より自分を包むサンダルウッドの香りに後押しされるように一つ頷いた。


「私、エリザベス・ミラーの婚約者、ジルベルト・ストーン侯爵令息のことについてお願いがあるんです」

「私、ストーン侯爵令息のことはお名前は知っておりますが、何も関わりなどございません。もちろん、これから先も関わり合うつもりも毛頭ございません。ミラー伯爵令嬢にお約束いたします。ですから」


 ルルアが必死に自分は無関係だとアピールする中、ライラレシアも必死に頷いている。彼女達にしたら、婚約者と結婚することが大前提、浮気は遊びと割り切っているから、エリザベスが侯爵令息との婚約破棄を考えているなど頭にも浮かばないのだろう。 

 ただ浮気がバレて断罪されないように、「もうしないから許して! 」と、本人達に都合の良いことを述べているに過ぎない。


「まぁッ! 何も関わりがないなんて、どの口がおっしゃるの?! 」


 アナスタシアの眉がヒクッと釣り上がり、令嬢達は揃ってヒーッとのけぞる。


 彼女達にしたら緊迫した雰囲気なんだろうけれど、傍から見たらコントにしか見えない。給仕をしているキャサリンも、唇の端をひくつかせて顔を背けている。確実に笑いを堪えているようだ。


「申し訳ございません! 嘘を申しておりました。私ルルア・グリーンはジルベルト・ストーン侯爵令息と関係を持っておりました。しかし、決してミラー伯爵令嬢の邪魔をするつもりはなく、あくまでも遊……いえ気の迷いというか、少し流されてしまっただけで。反省しております。もう二度とあの方に近寄らないと誓います。ですからこのことは是非ご内密に」

「私も! ちょっとした間違いなんです。ご寛大な心でご容赦くださいませ。ストーン侯爵令息とは二度と間違いなどおこしませんので」


 テーブルに頭を擦り付けるように頭を下げるルルアとライラレシアに、つられるようにガーベラも頭を下げる。


 気の迷いに間違いにされてるよ、ジルベルト。少し良い気味だ。


「皆さん、ジルベルト・ストーン侯爵令息と身体の関係があった……ぶっちゃけSEXをしたと認めるんですね」


 アナスタシアの直接的な言葉に、全員がウンウンと頷いた。


「そのことを証言していただきたいんです。ダニエル、証言証書を」


 ダニエルが、ルルアとライラレシアの前に公式の証言証書を置く。これは証言台に立たなくても、正式な証言であることを証明する証書だ。内容は、各自がジルベルトと関係した日付と場所内容などがわかる限り書いてあった。キャサリンの日記からの抜粋と、イザベラが保管していたジルベルト監視ノート(かなり詳細)により制作した。後は彼女達のサインさえあれば、正式な証言書類になる。


 最初、ジルベルト監視ノートの存在を知った時はかなりひいた。サイラスでさえ、(隠密達が)勘の良いジルベルトの後をつけるのは難しいと言っていたのに、イザベラはジルベルトの後をつけ(しかもジルベルトをつけようとしていた隠密にも気づかれずに)、さらには情事の内容を事細かく記載していたのだ。本人曰く、いついかなる時にジルベルトに求められても、ジルベルトの趣向にそえるように勉強していたそうだ。ジルベルトが自分から離れていった理由が、経験値のなさが主な原因だと思っていたらしい。


「これは……」

「内容に間違いがなければ、書面にサインを」

「でも……」


 ペンを握らされるが、ルルアもライラレシアもなかなかサインできないでいた。


「ゴールド公爵家の名前において、この証言証書が外部に漏れることはないとお約束いたしますわ」

「そうです。証言として提示させてはいただきますが、提出することはしないと約束します。また、婚約破棄が成立した暁には、こちらの書類は破棄……いえお返ししますから」

「婚約破棄?! ミラー伯爵令嬢は侯爵令息と婚約破棄したいんですか?! 」

「もちろんです。逆に、不貞の事実を知って婚約を継続したいと思う理由がわかりません」


 エリザベスのキッパリとした口調に、信じられないという表情の令嬢達に、アナスタシアはイライラと扇子を開け閉めする。


「公爵家の約束が信じられませんの?! サインなさるの! なさらないの! 」


 ルルアとライラレシアが慌ててサインし、ダニエルに証書を手渡す。


「正しいご判断に感謝いたしますわ。公爵家は必ずお約束はお守りいたしますわよ。ルルアさん、きっと婚約者様は早くに王都に転属になると思いますわよ。ライラレシアさん、あなたの優秀な婚約者様は、王宮に仕官して中央官吏になられることでしょうね。このことは、調停が始まるまでは内密にお願いいたしますわ」


 最後に釘を刺すように言うアナスタシアに、ルルアもライラレシアも何度も頷き、用事は終わったとばかりに立ち上がった。


「私、少し気分が優れないので退出してもよろしいでしょうか」

「私も」

「ええ、もちろんですわ。有意義な時間を感謝いたしますわ。ラスティ、お二人を馬車寄せまでお送りして。公爵家の馬車でお屋敷までお送りするように伝えてちょうだい。あと、こちらわたくしからご当主への手紙ですの。必ずお渡ししてくださいね」


 二人の手に公爵家の印の入った手紙を握らせ、アナスタシアはヒラヒラと手を振った。

 ルルアとライラレシアが退出した後、居心地悪そうにガーベラが手を上げた。


「あの、私も署名が必要でしょうか? ミラー伯爵令嬢様に謝罪いたしますと共に、最大限私ができることでご協力することをお約束させていただきます」


 署名するなら署名して早く帰りたいという雰囲気を隠せないガーベラは、密かに隣りのイザベラのドレスの裾を引っ張り、帰るなら早く署名して帰った方が良いとアピールする。


「私は署名いたしませんよ」


 イザベラの言葉に、ガーベラは驚きからイザベラを二度見する。

 イザベラはシラッと紅茶をすすり、キャサリンに指示してテーブルの上のケーキを自分の皿に取り分けてもらう。


「あなた、何を……」

「イザベラ・カーンです。カーン子爵家長子になります」


 長子ということは、女性でも家を継ぐ存在であることを意味する。でも、それが今この場でなんの関係があるのかと、ガーベラは意味がわからないと目を丸くしている。


「あなた、ジルベルト侯爵令息様が第三子であることはご存知? 」

「もちろんです」

「では、エリザベス・ミラー伯爵令嬢と結婚することで、伯爵家に入婿になる予定だったことは? 」

「え? 」


 誰と誰が婚約しているということは皆知っていても、それがどんな結婚になるということは両家しか知らない。ジルベルトは侯爵家の三男であるから、結婚後は侯爵家が所有している他の貴族の家名を名乗ることになるんだろうと、大抵の人は思っていたかもしれない。しかし、侯爵家が持っている貴族家名は他に一つだけ。これは長男が家督を継いだ後に、次男が継ぐことが決まっている。

 つまり、ジルベルトには余っている貴族家名がないのだ。貴族愛人を狙っていたガーベラにしたら、寝耳に水な話だろう。


「私、ミラー伯爵家長子なんです。三姉妹の長女なので」

「つまり、入婿になる予定のジルベルト侯爵令息様には、愛人を囲う自由はないんですの。関係を持つことは自由ですけれどね。ジルベルト侯爵令息様が結婚後に愛人を囲うとしたら、正妻であるミラー伯爵令嬢の許可がいりますね」

「いえ、まず婚約を破棄したいと思っているので、ジルベルトの正妻になるつもりはありませんし、ジルベルト関係なく、誰かと結婚したとして夫を他人と共有することはありません」


 エリザベスのキッパリとした口調に、ガーベラは放心するしかなかった。何故って、ジルベルトは将来愛人にしてくれると約束してガーベラの初めてを散らしたのだから。


「わかりました? ミラー伯爵令嬢がジルベルト侯爵令息様と婚姻したら、あなたは騙されて捨てられるだけだったということを」


 イザベラの毒を含んだ言葉に、アナスタシアも眉を顰める。それも気にせず、イザベラはご機嫌な様子で話を続けた。


「では、ミラー伯爵令嬢が婚姻を破棄できたとしましょう。ジルベルト・ストーン侯爵令息様にはかなりな醜聞になる筈です。彼に貴族位を預けようとする貴族長子令嬢がいるでしょうか?」


 イザベラは立ち上がり、演説するかのように声高らかに言う。


「いませんよね。いる訳がありません。しかし、私、イザベラ・カーンはカーン子爵家長子の上、ジルベルト侯爵令息様に初めてを捧げました。その破瓜の血とジルベルト侯爵令息様の精液のついた証拠のハンカチもあります」


 イザベラは、ビニール袋に入れて大切そうに保管されたハンカチを高く掲げて見せた。


 いや、見たくないから。しかし、精液からはジルベルトの魔力が検知できるだろうし、破瓜の血からはイザベラの魔力が検知できるだろうから、確かに証拠としての有用性は高い。


「ジルベルト・ストーン侯爵令息様の次の婚約者として、一番近い位置にいるんですわ。オホホホホ」


 高笑いとか、アナスタシアじゃないのだから似合わないのに、イザベラはどんどんヒートアップしているようだ。


「あのですね、そういう理由でカーン子爵令嬢が私の婚約破棄の調停に証言してくださるそうなんです。ジルの婚約者になる為にも、その調停でジルとの関係や……その……初めての相手だったことを証言くださると。それで、もしブロンド騎士爵令嬢が同じように証言して、婚約破棄を確実なものにしてくださるなら、カーン子爵令嬢はあなたをジルの愛人と認めると」

「えっ? 」

「もちろん、ジルに嫌気がさしていて愛人なんかとんでもないと言うなら、グリーン伯爵令嬢達と同じ条件で証書にサインいただけたらと思います。後妻などになってしまうかもしれませんが、その後の嫁ぎ先も紹介できると思います」


 ダニエルが証書をガーベラの目の前に置くと、ガーベラは一瞬目を閉じて考える素振りをしたが、すぐにその証書を半分に折って横に退けた。


「イザベラ様、よろしくお願いいたします。私、証言いたします」


 ガーベラは誰か知らない人の後妻になるより、ジルベルトの愛人になる道を選んだようだった。


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