アナスタシアのお茶会2
本日2話目です
公爵家の庭に出たところで、サイラスはエリザベスの斜め前を歩き、庭を案内するフットマンの役に切り替えたようだった。
公爵家の庭はエリザベスの自宅など比べ物にならない程広く、区画によりきちんとしたイメージの元に手が入れられているようで目に楽しく、計算された眺望が美しかった。しかもパーツパーツが細切れな訳ではなく、全体的に見てもちゃんと調和が取れていた。草木は生き物であり、思いもよらず病気にもなれば枯れもする。予想通りの庭に仕上げるのに、庭師達の苦労はいかばかりなものか。さすが公爵家、王宮の庭師に匹敵する腕前の庭師を多数抱えているのだろう。
エリザベスが案内されたのは春の庭園。池というには大きな湖の回りを大きな桜の木々が囲んでおり、湖までピンクに染まるその風景は見事の一言で、それを一番綺麗に見れる場所に東屋があった。前世日本人のエリザベスにしたら、一番見慣れておりまた胸が切なくなるくらい懐かしい風景だ。
東屋にはすでにお茶会の用意がされており、招待客は全て揃っているようだった。
丸テーブルに上座はない筈だが、エリザベスが案内された席の右側、桜が一番良く見える席はまだ空席で多分ここにアナスタシアが座るのだろう。その右隣にルルア・グリーン伯爵令嬢、その隣にライラレシア・ブラウン男爵令嬢、ガーベラ・ブロンド騎士爵令嬢、イザベラ・カーン子爵令嬢、そしてエリザベスに戻る。サイラスが椅子を引いてくれ、エリザベスが席につくと、侍女に扮装したキャサリンが紅茶をいれてくれた。
エリザベスが席についてまもなく、ラスティとダニエルを従えたアナスタシアがやってきて、エリザベスの隣に淑やかに座った。
「皆様、今日はわたくしのお茶会にお越しいただきありがとうございます。同じ学園生として、親交を深めたいと思いご招待いたしました。皆様、自己紹介はいりませんわよね? 今日ご招待した皆様は、とある繋がりの方々を招待致しましたもの。皆様、共通の話題がございますでしょう? どうぞご歓談くださいませ」
言うまでもなく、ジルベルト・ストーン侯爵令息繋がりだ。要約すると、ジルベルトとのこと話しやがれ、この間女共……だろうか。
イザベラはこのお茶会の趣旨を知って来ている筈だが、何故かエリザベスの方を凝視して固まっているし、他の三人は意味がわからないという顔をしている。どうやら、ジルベルトの浮気相手を全員把握していたのはイザベラだけだったらしい。それだけジルベルトに対する執着が凄いと思うべきか、他が気軽にジルベルトと関係を持っただけだと思うべきか。
ガーベラが恐る恐る手を上げた。
「ブロンド騎士爵家次女、ガーベラ・ブロンドでございます。あの、私、騎士科なのでございますが、皆様は普通科でいらっしゃいますよね? お顔を拝見したことくらいしかないのですが」
「グリーン伯爵家長女ルルア・グリーンです。そうですね、私の隣がブラウン男爵令嬢、あなたの隣がカーン子爵令嬢。同じ普通科同級生ですわ。アナスタシア様の隣の方は存じてないのですが」
もしかして、変装並みの出来映えですか? みんなと違って、髪の色も目の色もそのままで、ただ装っただけなんですけど。もしかすると、通常が地味で目立たな過ぎて、同級生だと認識されていない?
「まぁ、わたくしの大切なお友達のベスをご存知ない? エリザベス・ミラー伯爵令嬢ですわよ。いわば、貴方方に一番関係深い人物の筈ですけれど。おかしいですわね」
アナスタシアがわざとらしく驚いた仕草をしてみせ、エリザベスの名前を聞いた皆が硬直した。
それはそうだろう。自分達が関係を持っているジルベルト・ストーン侯爵令息の婚約者の名前くらい、たとえ科が違うガーベラでさえ知っているだろうから。
「ミラー伯爵令嬢……でしたか。ビックリしました。私の知らないジルベルト様のお相手がまだいたのかと。それにしても……まあ……」
自分と同じ地味で目立たない存在だと思ってエリザベスのあまりの変身具合に、イザベラは言葉もないようだ。だが、その瞳はすぐにパアッと希望に満ちたように輝き出す。なんとなくイザベラの考えていることがわかってしまったエリザベスは、あなたならそう思うでしょうよと苦笑しかでない。
自分と同じ地味で目立たないエリザベスが、これだけ見目がよく着飾ることができたのは単に公爵家の着付けのプロ集団のお手柄に違いない。自分も同じようにお金をかけ、プロの手にかかればエリザベス以上に美しくなるに違いない……と。
あながち間違ってはいないが、明らかにそれとわかるような表情を出されると、あまり気分は良くないものだ。
そして、イザベラの発言で顔面蒼白になってしまった他の三人は、この集まりの趣旨を正確に理解したらしい。言葉もなく俯き、紅茶にもお菓子にも手をつけようとしない。
「どうなさったの? 皆様手も口も止まってしまわれて。そうですわね……グリーン伯爵令嬢、あなたには騎士団にご婚約者がいらっしゃったんじゃなくて? 」
「はい。一昨年騎士団に入団して、今は南の辺境の警備に当たっております」
「確か、同じ伯爵家の方よね。辺境警備ではなかなか会えないから寂しいでしょう」
寂しいから色んな男性と関係を持つのかと、扇子で隠した口元を歪ませ、アナスタシアは視線だけは涼やかにルルアに尋ねる。
「それは……その……寂しいです。でも、私が卒業する時には王都警備に赴任する予定ですので」
「まぁッ、ではそれまでは羽根を伸ばしていらっしゃるのね」
「いや……あの……」
「えぇ、予定の通りにお戻りになられるとよろしいわね。でも最近では北の辺境の地が隣国ともめているらしいですわ。南から北にとばされる方もいるとか……。北に赴任になると、十年単位でお戻りになられないみたいですわよ。心配ですわね」
えげつない……。
暗に、婚約者が北にとばされたくなければ言う事聞けよと脅しているようなものだ。アナスタシアがというより、公爵家の力があれば、たった一人の騎士を左遷することは可能だろうし、何よりアナスタシアの後ろにはサイラスがいる。実際に後ろに控えるフットマンの扮装をしたサイラスが、うんうんと大きく頷いているのだから、騎士の左遷は指先を動かすよりも簡単なことなんだろう。
蒼白を通り越して土気色になりそうなルルアから、今度はライラレシアに視線を移したアナスタシアと目が合い、ライラレシアはカタカタと震える手でなんとか紅茶を一口口にする。
「ブラウン男爵令嬢の婚約者は学園の同級生でしたかしら」
「は、はい! 文官学科に通っております」
「そうそう。文官学科の子爵令息でしたわね。なんでもとても優秀な方だとか」
「はい……いえ、勉強しかできない人ですから」
ライラレシアの婚約者はヒョロッと青白いいかにもガリ勉という容姿の青年で、ジルベルトとはまさに正反対なタイプだ。勉強はできるがそれだけの面白みのない男、それがライラレシアが婚約者に下している評価で、将来王宮に仕官しそれなりに出世しそうであることと、子爵家長子であることしか意味がなかった。それでも男爵令嬢が嫁げる最優良株であることは間違いない。
「まぁッ、ご謙遜を。でも……そうですわね。最近の文官は、頭がいいだけではつとまりませんものね。地方文官ならまだしも。醜聞がある身内がいらっしゃったりしたら、とても中央官吏にはなれませんものね。お可哀想に」
王宮に仕える中央官吏と地方文官では、それこそ貴族と平民くらいの差がある。収入も雲泥の差で、地方文官の妻では、貴族らしい生活など見込めないだろう。
ライラレシアの婚約者が中央官吏になることは絶対にないと言うように憐れむアナスタシアに、ライラレシアの震えはさらに大きくなる。
そんな怯えきった令嬢達を前に、アナスタシアは華麗な笑顔を浮かべた。
「さて、それではこのお茶会の本題とまいりましょうか」




