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生徒会室にて……好きです

午後にも投稿します

 入学記念パーティーの会場に戻ると思いきや、エリザベスがサイラスに連れてこられたのは生徒会室だった。

 生徒会室もキャンベル王立学園の中心に集まる主要棟の中に一室を構え、パーティー会場となっていた舞踏専用棟から歩いて数分の場所にあった。


「会場に戻らなくて良いのでしょうか?」

「まぁ、少し、話がしたくて」


 サイラスはエリザベスにソファーに座るように促すと、テーブルに置いてあったティーポットに紅茶の葉をいれてお湯を注ぐと紅茶をいれた。


「どうぞ。茶葉は王家御用達の一級品なんだけどうまくいれられたかな」

「美味しいです」

「良かった。紅茶のいれ方をシアにしごかれた成果かな」

「まぁ」


 扇子をピシピシ叩きながら「苦いですわ!もう一杯!!」と、サイラスをビシビシしごくアナスタシアの様子が目に浮かんで、エリザベスはクスクスと笑みを溢した。

 そんなエリザベスを見て、サイラスは愛おしそうに見つめたが、その目線は茶色い前髪でしっかり遮られている。


「シア様とは本当に仲がいいんですね」

「まぁ、幼馴染だからね」

「幼馴染はサイラス第3王子殿下と、ラス様とシア様ですよね。他にはいないんですか?」


 サイラスは棚から茶菓子を出して置くと、エリザベスの真横にほんの少し距離を開けて腰を下ろした。対面にもソファーがあるのだが。

 エリザベスは、少し身体を斜めに座り直し、サイラスの顔が見れるようにする。膝頭が触れてしまったが、サイラスから距離をとられることがなかったから、エリザベスもわざわざ離れて座り直そうとはしなかった。


「いなかったなぁ。子供の時って、魔力量が多いとさ、魔力を常に放出してるらしいんだ。だから魔力のあまりない普通の貴族は魔力酔いをおこして倒れちゃうし、感情の起伏で魔力暴走すると周りをふっとばしちゃうしで、寄ってくる人間が皆無でね。だから、たいていは三人でいたな」

「シア様とラス様は魔力酔いはなかったんですね」

「ラス……ああ、そう。僕は突然変異的に魔力が強かったから大丈夫だったし、シアは……魔力酔いを根性と食欲でなんとかしてたよ」


 根性と食欲?根性はなんとなくアナスタシアの性格を考えると理解できるが、食欲の意味がわからなかった。


「小さい時のシアは、魔力酔いでふらつくのを、空腹だからだと思ったらしいんだよ。で、ひたすら食べて魔力酔いを克服してしまったんだから、思い込みと根性とシアの鉄の胃袋の賜物だね」


 それでは、アナスタシアが貴族子女にあるまじき大食いになったのは、サイラスのせいではないのだろうか?本人も食べるのが好きみたいだから問題はないようだが。


「魔力酔いは、今でもサイラス第三王子殿下と長く一緒にいるとおこるのかな?」


 サイラスと一緒にいると起こるエリザベスの症状は、もしや魔力酔いの症状でもあるのでは?と思って聞いてみた。


「まさか、今はさすがに魔力を抑えることを覚えたからね。じゃなきゃ学園になんか通えないだろ」

「それもそうですね」


 ということは、サイラスのそばにいて心拍数が上がってしまうのも、頬が勝手に赤くなるのも、引き寄せられるように近寄りたくなるのも、ただのエリザベスの恋心から……ということになる。


「なんか、三人で悪戯している姿が目に浮かびます」

「まぁ、基本放置というか、人のいるところに近寄るなって感じだったね。ぼ……サイラスの学友を決める集まりなのに、僕達がいなくなっても探されもしないから、よく三人で抜け出して王宮の庭を探検したな」

「そうなんですか?サイラス第三王子殿下は王子様だから、いなくなったら大パニックになりそうですけれど」

「まぁ、第3王子だからね。優秀な上二人がいるし、魔力を暴走させるような落ちこぼれは放置だったのさ」

「優秀なのは、サイラス第3王子殿下も同じですよね。魔力の暴走だって、魔力量が多過ぎたせいでしょう」

「どれだけ多いかなんて、一般の貴族にはわからないからね。目の前にしては言われなかったけど、癇癪持ちの出来損ないって思われていたのは感じてたようだよ」


 肩をすくめて言うサイラスに、エリザベスはムーッと頬を膨らませる。


 目の前にいるのはラスティの格好をしているが、サイラスであることはわかっているのだ。サンダルウッドのその香りに偽りはないのだから。

 例え本人であっても、サイラスを貶すような言動は許せない。エリザベスにとって、何よりも安心できる人であり、いつでも危険な時には颯爽と助けに来てくれるエリザベスだけのヒーローだ。地味で普通なエリザベスを、恥ずかしくなるくらい褒めてくれて、ちゃんと女の子扱いをしてくれる。サイラスの前にいると、自分は周りにいる可愛らしい女子の仲間入りしたような気分になる。少し甘すぎる気もするけど、誰にでもという訳じゃなさそうなのは、ダンスパーティーや舞踏会で見て知っていた。


 こんなの、好きになるに決まってるよね?


 でも、サイラス・キャンベル第3王子に抱いてよい感情じゃない。たかだか伯爵令嬢のエリザベスは、婚約者候補にも入ることはないから。家格的にはギリセーフかもしれないが、特に国に貢献できる産業もないし、国の主要官僚でもないミラー伯爵家が、サイラス第3王子殿下と婚姻を結ぶ利点が王家には何もない。


 サイラス第3王子殿下には許されないかもしれないけれど、ラスティ・ウッド子爵令息としてのサイラスになら、好意を示すくらいは許されるだろうか?


 エリザベスがそんな想いを込めてジッとサイラスを見上げると、サイラスの顔がほんのり赤みを帯びたような気がした。


「もう!男と二人っきりで、そんなに可愛い顔で見上げるとか、もう少し危機意識を持った方がいい」

「誰も可愛いなんて思わないから大丈夫です」

「僕は思うんだよ」


 切羽詰まったように吐き出された声に、エリザベスは信じられないという思いでサイラスを見つめる。


 こんなに地味で普通のエリザベスを可愛く思ってくれるなんて、もしかしてサイラスもエリザベスに好意を抱いてくれているのだろうか?

 第3王子としては気軽に好意を表わせなくても、子爵子息という立場を装っている今であれば、好きだと言ってくれるんじゃないか?


 エリザベスの中で期待が膨らむ。


 好きな人に好きと言って欲しい。それは誰だってそう思うだろう。

 王子様なんて恐れ多いと逃げ出したがっている貴族子女だった頃の記憶の中の自分と、身分なんか表面上はないとされる日本で育った記憶を持つ自分が心の中で盛大に喧嘩する。


〘恋愛=結婚って訳でもあるまいし、王子様だって恋愛の自由はあると思う〙

〘えっ? 王子殿下ですよ? 〙

〘お互いまだ十代じゃない〙

〘もう16です。王子殿下にしたら17……いえもうすぐ18にお成りになります〙

〘ラス様、もうすぐ誕生日なの? 〙

〘確か、4月14日でしたかしら〙

〘明後日じゃん!〙

〘そうです。もう、結婚なさっていてもおかしくない御年なんです。皇太子殿下も、その御年でご結婚なさいましたし〙

〘早いなぁ。十代なんてまだ子供なのに〙

〘早くありませんわ。私だってジルの卒業に合わせて結婚予定ですもの〙

〘結婚なんてしないよ!あんな浮気性の巨乳好きのエロガキ、冗談じゃない!あなたはあんなのと結婚したいの?!あんなの見て、まだ好きだって言うの?!〙

〘好き……かどうかわかりません〙

〘じゃあラス様は?サイラス第3王子とか身分を取っ払って考えて〙

〘好き……なんて恐れ多いです。お慕い申し上げております。でもそれは王子殿下として……〙

〘ふーん、じゃあラス様を諦めてあのエロガキと結婚してSEXするんだ。できるんだ?私は無理だよ。好きな人がいるのに、そんなの絶対に嫌!〙

〘私だって……!〙


 貴族子女のエリザベスは思考の奥に沈んで消えた。最後にジルベルトに対する拒絶の意思をエリザベスの中に強く残して。


「……ベス?」


 気がつくと、サイラスの手が膝の上に置いていたエリザベスの両手を包むように握っていた。その距離も、お尻がつくくらい近くなっていた。

 サイラスから香るサンダルウッドの香りに、フローラルの甘さが混ざって、その匂いに包まれたエリザベスの身体がどんどん火照ったように熱くなっていく。頬はピンク色に上気し、夜空のような紺色の瞳は潤み、星を散らしたように輝いた。


 サイラスの喉仏がゴクリと上下し、エリザベスの手を握る手に力が入る。逃したくないという思いが詰まっているような力強さと、でもエリザベスの逃げ場を残すように身体を拘束することはない。

 フッとサイラスの手から力が抜けた。まるで嫌なら逃げろと言わんばかりに。そして、ゆっくりとサイラスが顔を傾けながらエリザベスに近寄っていく。


「……ラス様、目が見たいです」


 サイラスの動きがピタリと止まった。その距離はあと3センチ。


「……そうだよね。そうだった」


 サイラスの距離が適切な距離に戻ってしまい、エリザベスは自分の言った言葉を後悔した。


 あのまま素直に目を閉じていれば良かった! 


 でも、その手はエリザベスの手の上にのったままだったから、エリザベスは期待を込めてサイラスを見つめる。


 もう、自分から言うべき?

 好きって言っちゃう?!


 エリザベスが口を開きかけた時、サイラスがそのモサッとした前髪を片方耳にかけた。半分だけだが、綺麗な瑠璃色の瞳と、その整い過ぎている顔があらわになる。

 光の加減により、紫が強くなったり青が強くなったり不思議に色をかえる。その綺麗な瞳に惹かれるように、エリザベスはその瞳をジッと見てフンワリと微笑んだ。


「やっとラス様の顔が見れましたね」

「うん」

「目が見えないと……感情がわかりにくいから。……私、ラス様が好きです」


 サイラスが目を大きく見開いて口を手で押さえる。それから何か辛そうに顔を歪めた。


 えっ?私の勘違い?

 好きとかそういうんじゃなく、ただキスがしたかっただけとか?!

 まさか、まさかだけど、ジルベルトと同類とか言わないよね?!有り得ない、有り得ないけど……。


 涙が出そうになり、噛み締めた唇が震える。涙が溢れないように目に力を入れて……我慢できなかった。ボロリと一粒溢れると、後は溢れるだけだった。

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