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ラスティ・ウッドはクッキーがお好きなようです

本日2話目です。

R15バージョンです。

「あの……保健室まで運んでいただいたと聞きました。ありがとうございました」


 しばらくラスティがクッキーを摘むのを見ていたが、ポリポリという音に居た堪れなくなり、エリザベスはラスティの目の前に座って再度感謝の意を表した。


「……うん」


 この人、お見舞いにきたのよね? クッキー食べに来た訳じゃないわよね?


 エリザベスがそう思ってしまうくらい、ラスティの手は止まらない。他にもケーキやチョコレート、サンドイッチなどの軽食もテーブルに並んでいるが、ラスティが食べるのはクッキー一択だ。


「そのクッキー、気に入っていただけましたか?」

「……うん……美味しい……とても」


 ボサボサの髪の毛のせいで表情はわからないが、僅かに口角が上がっているような気がするから、きっと本当に気に入ってもらえたんだろう。

 エリザベスもクッキーを一つ摘み、フワリと自然な笑みを浮かべる。その顔をボサボサな髪の毛の下の瑠璃色の瞳がジッと見ていたが、エリザベスは全然気が付かなかった。


「うん、美味しく焼けてますね」

「ミラー家のパティシエは腕が良いね」

「フフ……、これ、私が作ったんですよ」

「……」


 一般の貴族子女は厨房に入ることはない。料理は身分の低い平民の仕事と位置づけられているからだ。しかし、エリザベスは前世の記憶が戻る前からお菓子作りが趣味だった。前世の愛莉も、料理は苦手だったがお菓子作りは大好きだったので、きっと根っこの性格は似ているのかもしれない。


「……これも?」


 ラスティは見覚えのある袋を取り出した。ピンクの花柄の袋に、紫のリボンがかかったそれは、あの日エリザベスがジルベルトの為に作ったクッキーが入っていたものだ。ぺたんこの袋は中身が入っていないようだけれど。


「はい。私が作ったものですね」

「……これも美味しかった」

「食べたんですか? ボロボロだったでしょうに」


 あの時のエリザベスの恋心のように崩れてボロボロになったクッキーを、ラスティは捨てないで食べてくれたらしい。拾った物を食べるのはどうかと思うが、無駄にならなかったことは嬉しかった。


「味は変わらないからね。自然な甘さが好ましかったよ」


 穏やかな口調に、耳障りの良い声。硬くきつめなジルベルトの声と比べると、聞いていて耳にとても心地良かった。ボサボサの髪の毛で目が隠れているという残念ポイントを差し引いても、人柄の良さが声に表れている気がして、初対面ではあるが好印象をもてた。それに、なんだかラスティから良い匂いも漂ってきていて、その香りもエリザベスをリラックスさせてくれた。


「フフッ、ありがとうございます。今度、ラスティ様に作って持って行きますね。お礼も兼ねて」

「本当か?! これくらい欲しい、これっくらい」


 ラスティは口元を大きく綻ばせて、両手いっぱいに広げてみせた。

 その動作があまりにも子供っぽくて、エリザベスはさらにクスクスと笑ってしまう。


「いいですけれど、あまり沢山だと食べ切れなくて湿気ってしまいます」

「大丈夫! 食べ切れるから」

「じゃあ、色んな種類を少しずつ持って行きます。どれが美味しかったか後で教えてくださいね」


 ラスティはブンブンと首を縦に振る。

 結局、ラスティはクッキーをほぼ一人でたいらげ、エリザベスが作った他の菓子にも手を伸ばし、帰りには使用人にあげようと思っていた少し形の崩れたクッキーをお土産にもらい、表情は見えないけれどご機嫌な様子でミラー家から帰って行った。


 ★★★


 翌日、エリザベスは学園に登校した。一週間ぶりの学園であったがいつも通り、まるでエリザベスが昨日も登校していたかのようにごく普通の朝の風景から始まる。

 顔見知り程度の同級生と朝の挨拶を交わし、静かに席について一時間目の予習をする。誰からも「久しぶりだね」「体調大丈夫?」などの声かけはない。


 まぁ、お菓子作り以外にも、風景に同化するのが特技ですから。


 前のエリザベスならば、誰からも声をかけられないことにホッとしていた。目立たず控えめにが信条であるかのように。でも、各務愛莉はそうではなかった。地味で目立たないのはエリザベスと同じでも、友達と喋るのも好きだし、どちらかというと好奇心旺盛エロゲーにはまるくらいにはなタイプだったから。


 教室を見回すと、見事に爵位のあるグループと裕福な平民グループで真っ二つになっている。高位爵位の子弟には、それに追従するように下位爵位の子弟が周りを囲み、平民は平民で綺羅びやかないかにも成金のような生徒にまるでお付きのように付き従う中流の平民達。


 カースト制度ですかね。


 仲良くなれそうなグループはないかとさりげなく耳をそばだててみるものの、すでにグループとして成り立っている娘達にはどうにも魅力を感じなかった。

 そんな中、エリザベスではないがボッチな二人に目がいった。


 一人はキャサリン・ハート。ハート商会の一人娘で、銀縁眼鏡の似合うクールビューティーだ。くだらない話は話しかけるなオーラをビシバシ出しながら、サラサラストレートロングの銀髪を耳にかけ直しながら読書をしていた。いつも制服をキッチリキッカリ崩さず着込み、膝下10センチスカートを厳守している彼女だが、あの禁欲的な制服の下には、某美脚女優バリの美脚に美尻が隠されている。

 エリザベスが何故そんなことを知っているか……、それは彼女がジルベルトの12番目の攻略対象だからだ。


 そしてキャサリンの右斜め後ろを見ると、うねるボリューミーな赤毛を気怠げにかきあげるゴージャスな美女が、話しかけてくる貴族令息令嬢を無視して席に座った。エメラルドグリーンの瞳は勝ち気に煌めき、釣り上がり気味の目尻は周りの生徒をバカにするように細められている。

 彼女こそジルベルトの最終攻略対象であるアナスタシア・ゴールド公爵令嬢だ。第3王子であるサイラス・キャンベルの筆頭婚約者候補であり、何を隠そう上から99.9センチ55.5センチ88.8センチの奇跡の不○子ちゃん体型を持つ我儘ボディーの逸材だ。


 この二人、超難関攻略対象者であり、愛莉もかなり苦労して攻略したから、かなり明確にその方法を記憶している。


 うん、彼女らと友達になろう。


 エリザベスがターゲットをキャサリンとアナスタシアに絞った時、教室のドアからヒョコリとボサボサ頭が覗いた。特徴的なそれは、昨日会ったラスティだった。

 エリザベスはラスティに近寄って声をかけた。


「おはようございます。ウッド子爵令息。普通科の教室に用事ですか?」

「うん、おはよう。元気そうだな……良かった」


 どうやら、病み上がりのエリザベスを気づかい、わざわざ校舎が違うのに見に来てくれたらしい。

 そんなラスティの優しさに、思わずホッコリしてしまう。


「はい元気です」


 猫背のわりに高身長のラスティを145センチと小柄なエリザベスが見上げると、首の角度がかなりえげつないことになる。188センチのジルベルトを見上げる角度と同じくらいだから、そのくらいの身長なんだろう。


「昨日のクッキー、美味しかった。他のもエリザベス嬢が作ったのは全部美味しかったけど、クッキーは本当に絶品だった」

「それは良かったです。ウッド子爵令息は甘味が好きなんですね」


 ラスティはコクリと頷くと、「好きだ」と呟いた。


「そうだ……ちょっと待っててください」


 エリザベスは自分の席に戻ると、鞄の中からデザートで食べようと思っていたブラウニーを取り出した。


「もしよかったら、これどうぞ。自分で食べようと思っていたので、タッパーに入っていて申し訳ないのですが」

「これもエリザベス嬢の手作り?」

「はい。少し固めになってしまって、クッキーよりはホロホロして崩れやすいから、食べるの注意ですけど」


 ラスティはタッパーを開けると、ブラウニーを一つ摘み、一口でパクリと食べてしまった。モグモグ咀嚼する口角がユルユルと上がっていく。ボサボサの髪の毛で顔の半分は隠れてしまっているラスティだが、存外にその感情はわかりやすい。


「これも美味しい!」

「どうぞ全部差し上げます」


 ラスティはタッパーを閉めると、しっかりと両手で抱え込んだ。まるで誰にもあげないと意思表示しているようで、男の人なのに何だか可愛らしく見えてしまう。


「また作ったらお裾分けしますね」

「うん。明日、タッパー返すよ。また教室に来てもいいかな?」

「もちろん。でも、たいしたものじゃないから、捨ててもらっても大丈夫ですよ」

「いや……ミラー伯爵令嬢にも会いたいから返しにくるよ」


 異性に会いたいなんて、婚約者のジルベルトからも言われたことがなかったから、エリザベスは真っ赤になってアタフタしてしまう。


 そんな教室の入口でのエリザベスとラスティの様子を、アナスタシアがジッと見ていたのだが、エリザベスは全く気がついていなかった。


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