好きなのはラス様です
本日2話目です
桜咲く季節、エリザベスは無事キャンベル王立学園普通科3年に進学した。ジルベルトは最終学年に、エリザベスの妹キャロラインが学園普通科の1年に入学してきた。他も順当に進学した。
そして、ジルベルトのエリザベス接近禁止が解禁にもなった。
「ベス姉!」
まっさらの制服を着たキャロラインは、フワフワの金髪をハーフアップに結い上げ、甘さのある少し垂れた二重をさらに下げ、紺色の瞳を嬉しそうに輝かせてエリザベスに抱きついた。ポワンと弾力のある双弓に弾き飛ばされそうになりつつ、エリザベスはよろける足をしっかり踏ん張った。
あの小さかった妹が、すでに身長はエリザベスを越え、体型もすっかり一人前のレディだ。学園入学と共に社交界デビューを認められ、一応大人の仲間入りとなる。
今日の学園の入学記念パーティーは、そんな新成人の社交界入りの練習となるものだった。学園の関係者のみの参加で、学生は制服での参加がドレスコードになっている。平民の参加者もいる為に考えられたドレスコードだ。また、今日だけはエスコートは不要となっているが、それ以外は舞踏会の礼儀に準ずる物になっていた。
「キャロじゃないか」
「……」
いきなり目の前に現れたのはジルベルトで、アナスタシアが離れたすきを見て近寄ってきたらしい。
アナスタシアは今年生徒会の副会長をしている。その関係で挨拶回りをしているのだ。キャサリンも会計に抜擢され、アナスタシアの補助をしている。ちなみに会長はサイラス第3王子で、ラスティは書記だ。
エリザベスに近しい人達はみんな入学記念パーティー関係で忙しくしており、今エリザベスのそばにいるのはキャロラインだけだった。
「あぁ、入学したんだよな。入学おめでとう」
キャロラインはエリザベスの腕にしがみついて、頭だけペコリと下げた。ミラー伯爵家で一番社交的で、ジルベルトが伯爵家に顔を出した時は、いつも会話を回す役割をしているキャロラインの目に見える拒否の姿勢に、ジルベルトは一瞬眉間に皺を寄せる。しかし、すぐに人好きのする笑顔にかえた。
「エリー、少し話しがあるんだが」
「なんでしょう」
「ここで話すことじゃない。向こうに移動しよう」
差し伸べられた手を見て、エリザベスはひたすらムカムカしてきた。
この男はあんなに酷いことをしておいて、私がこの手を取ると本気で考えているのだろうか?!そこまで軽く見られているというの?!というか、馬鹿なの?!頭ん中まで筋肉でできてる馬鹿なのね!
頭の中で罵倒しつつも、ここでジルベルトの手を跳ね除ける訳にもいかない。相手はエリザベスの婚約者でもあり、何より高位貴族侯爵家令息なんだから。
「ベス姉……」
不安そうなキャロラインにエリザベスは明るく微笑みかけた。
「では、中庭で」
桜の時期、中庭で花見を楽しんでいる生徒達もいる。叫べば誰かきてくれるだろうし、まさか真っ昼間の学園の中庭で襲われることもないだろう。
エリザベスはジルベルトのエスコートを受けることなく、さっさと中庭へ向かう。人目もあり、会場からも見える大桜の下の木のテーブル付きベンチに腰を下ろした。ジルベルトが隣に腰を下ろそうとしたが、それを手で制してテーブルの向かい側のベンチを指差す。
「話すなら正面がいいです」
ジルベルトは大きくため息を吐き、不貞腐れたようにベンチに座りだらしなく足を投げ出した。
「エリー、俺達は婚約者だ。来年の今頃は結婚もしてる。おまえはずっと俺が好きだったろ?ちょっと他の女のエスコートをしたくらいでいつまで拗ねる気だ。それに、婚約者ならばあの程度の触れ合いは普通だろ。子供さえできなきゃ、身体を繋げることも認められているじゃないか。それなのにちょっと押し倒したくらいで、いくら友達だからといって公爵家の権限を借りてまで俺を遠ざけるとか、そこまでして俺の気を引きたかったのか?振り向いて欲しかったのか?」
ジルベルトはエリザベスが自分を好きだという前提で話をしているが、その大前提が大間違いだ。
「好きじゃないです。婚約者であることは間違いないけれど、これは政略でありそういう感情が絡まない婚約ですよね」
「は?また、無理をするな。おまえがガキの時から俺を好きなのは知ってるんだ。なぁ、素直な女の方が可愛げがあるぞ。これから毎日、学園への送り迎えをしてやるし、昼休みはできる限り一緒に飯も食ってやる。残り一年だしな、将来の為にも仲を深めるいい機会だ」
どうだ!嬉しいだろう!!という態度に、エリザベスはため息しか出ない。浮気男で自分を襲った相手と毎日一緒とか、どんな苦行だ。残念ながらジルベルト教に入信するつもりはないし、そんな苦行も真っ平ごめんである。
「ごめんなさい。こないだのことがあってから凄いトラウマで、大柄で威圧的な男子が近くにいるだけで怖いんです(ジル限定で!)」
「エリーはお子様だから……」
婚約者だろうが夫婦だろうが、無理矢理は犯罪なんだよ!!
「それに!学園の行き帰りはキャロと一緒ですし、お昼はアナスタシア様達とお約束してます。ジルも最終学年ですから、最後に深める交友もあるでしょう」
ジルベルトは明らかに不機嫌さを隠さずにいたが、いきなり立ち上がるとエリザベスの横に移動してきた。
「ジル?!」
「大丈夫だ。好きな男に触れられて、恥ずかしくて少しパニックになってるだけだろ。学友との交友は三年間で十分深めた。それより、愛しの婚約者殿のトラウマをなくすほうが重要だ!なに、こんなの慣れだ。何回も触れあえば、それが気持ち良いことだって身体が覚えるさ」
腰に手を回され、身体をジルベルトの方に引き寄せられた。全身に鳥肌がたち、エリザベスの口から小さな悲鳴が上がる。脇からジルベルトの手が入ってきそうになり、エリザベスは自分の手で胸をブロックした。
好きなのはあんたじゃない! ラス様だから!!
「そんなガチガチになるなよ。うん?そうか先にチューして欲しいんだな。やっぱりエリーはお子様だな。ほら、舌出して。エロいキスを教えてやるよ」
ジルベルトの顔が近づいてきて、その濃いムスクの香りにえづきそうになった時、エリザベスとジルベルトの顔の間にバサリと扇子が開かれて挿入された。
「こりない男ですわね!」
エリザベスは腕を引っ張られ、ジルベルトから離されて抱きしめられた。
フワリと香るサンダルウッドの香りに、強張っていたエリザベスの身体から力が抜ける。
「大丈夫?ごめん、くるのが遅れた」
キャロラインがエリザベスに抱きついてきて、キャサリンがサイラスからエリザベスを引き受けた。ラスティの扮装をしたサイラスは、キリリとした口元を引き締め、ジルベルトとエリザベス達の間に立った。
「ゴールド公爵令嬢、いくらあなたでも婚約者同士の語らいに割り込んでくる権利はない」
「まぁッ!わたくしの親友に不埒なことをする男から助ける権利はありましてよ」
「俺とエリーは婚約者だ。婚約者であればある程度は許容される。そっちの男の方がよほど不埒だろう。婚約者から引き剥がして抱擁するなど。ラスティ・ウッド子爵令息だな。ストーン侯爵家から厳重な抗議をさせてもらうからな!この間ばかりか今日までも」
「どうぞ、お好きに」
サイラスはシレッと答える。そんな様子をオロオロと見ているのはキャロラインだけで、エリザベスを含む他の三人は全く動じていない。目の前のラスティがサイラス第3王子だとわかっているからだ。
「子爵令息風情が、侯爵家になんて態度だ!」
「残念ながら、僕はサイラス第3王子殿下から、アナスタシア様が心穏やかに学園生活を送る為に、その御学友も含めて警護するように言いつかっているんだよ。僕の行動の全てが、第3王子殿下のお墨付きってこと。だから抗議文は第3王子殿下へどうぞ」
つまりは、自分のしたことの抗議文は自分へ送れと。握りつぶす気満々ですね。
エリザベスは少し呆れながらも、サイラスの上着の裾を引っ張った。
「ラスティ・ウッド子爵令息、助けてくださってありがとうございました。確かにジルベルト・ストーン侯爵令息は私の婚約者ですが、私は彼との婚姻を望んでいません。たとえ周りが認めても、私は彼に少しも触れてもらいたくないんです。だから助かりました」
「エリー……」
いつもは人の話をおとしく聞いているだけのエリザベスが、自分の意思をはっきりと口にしたのを、ジルベルトは信じられない思いで見つめた。そして、エリザベスの言うことを理解するのを頭が拒絶してしまう。
自分が話しかけると頬を染めてうつむいていたエリザベスが、ジルベルトの言うことには「素敵だわ、ジル」「ジルの言う通りね」としか言わなかったエリザベスが、自分との婚姻を望んでいないとか、絶対にありえないことだからだ。
そんな茫然とエリザベスを見つめるジルベルトに、サイラスはさらに追い打ちをかける。
「嫌がる子女にキスを迫るなど、紳士としてあるまじき行為だな。なにより、婚約者同士であれば許されるキスですら拒むって、どれだけ嫌われているんだってことをまず自覚したほうがいい」
ジルベルトがカッとなってサイラスに手を上げようとしたが、アナスタシアの扇子がそんジルベルトの腕を叩いた。
「あなた、ラスに手を出したら、サイラス第三王子殿下に手を上げたのと同等のことだと考えた方がよくてよ。それくらい、サイラス第三王子殿下はラスを高く評価しています。ラス、ベスを会場へ。わたくし、少しストーン侯爵令息とお話がありますの」
「大丈夫か?」
アナスタシアはツンと顔を上げ、「誰に物を言っているの?!」とばかりに両手をその豊かな胸の下で組み、ジロリとサイラスを睨みつける。
「わたくしに何かする度胸がおありなら凄いですわね。キャサリンもいますから大丈夫ですわ。なんならキャロラインさんもいてくださる?」
キャロラインはもちろんと大きく頷き、女三人、ジルベルトの前に仁王立ちになり、エリザベスはサイラスのエスコートでこの場を後にした。




