巨乳VS貧乳騒動
本日2話目です
「ちょっとお話があるの」
片手を腰に当て、扇子で顔半分を隠したアナスタシアが、教室の自分の席に座って帰り支度をしていたイザベラ・カーン子爵令嬢を見下ろしながら言った。
イザベラは丸眼鏡の女生徒で、胸が大きいから太って見えるが、手足の細さから極端に胸が大きいだけで華奢なのかもしれない。赤みの強い煉瓦色の髪の毛は結んではいるがそのボリュームは隠せず、髪より濃い鳶色の瞳はオドオドと挙動不審だった。
絵面から言えば、地味でモッサリしたイザベラを、綺羅綺羅しいアナスタシアが悪役令嬢よろしく虐めているように見える。ただ話しかけただけなのだが。
「あ……あの、私が何か……」
声も震えて、見事に萎縮してしまっている。こんなにオドオドした女子が、よくジルベルトの浮気相手などできたなと、エリザベスはアナスタシアの後ろに立って思った。どちらかというと、地味な自分と同類の匂いがするが、人は見た目によらず大胆になれるのだろうか。
「カーン子爵令嬢、私エリザベス・ミラーと申します。こちらはご存知でしょうがアナスタシア・ゴールド公爵令嬢、こちらはキャサリン・ハート嬢」
「も……もちろん存じ上げてます」
イザベラは手をギュッと握りしめ、震える声で頷く。まるで三人で囲んで弱い者虐めをしているような心情になるが、ただの自己紹介しかしていない。回りもチラチラエリザベス達を見て、何が始まるのか興味津々という感じだ。
「ジルベルト・ストーン侯爵令息について……と言えばお話はわかるかしら? 」
イザベラの顔面が蒼白になり、ガタガタと震えだしてしまう。
「わ……私」
「とにかくここじゃなんですから、うちで話しませんか? 公爵家や伯爵家じゃ萎縮してしまうでしょうから」
キャサリンが話す場に自宅を提供すると言った。
「まぁ、よろしいの? 」
「はい。商談の為の個室でよろしければ」
「あら、わたくしはキャサリンの部屋でもかまわなくてよ」
「すみません、最近化粧品開発が忙しくて、この前よりさらに足の踏み場がなくて」
この前よりさらに?
それはかなり散乱し放題ってことだろう。
「カーン子爵令嬢、よろしくて? 」
イザベラは今にも倒れるんじゃないかというくらい血の気なく頷いた。
今回もゴールド公爵家の馬車でハート商会の馬車寄せに横付けした。すでに何回か化粧品開発の打ち合わせでアナスタシアはハート商会を訪れているらしく、最初の時ほどのざわつきはなかった。
馬車の扉を開けてくれたのは丸いおじさん、もといキャサリンの父親のロンバート・ハートだった。
「ただいま、父さん」
「お帰り、キャシー。今日はアナスタシア様と打ち合わせだったかい? 」
「オホホホ、今日は私用ですのよ。お邪魔させていただきますわ」
「そうですか、ようこそいらっしゃいました。エリザベス様もようこそ。えーと、はじめまして? 」
アナスタシアとエリザベスに手を借して馬車から下ろしたキャサリン父は、最後に残って座席で身じろぎもしないイザベラに戸惑いの視線を投げた。
「イザベラ・カーン子爵令嬢ですよ、お父さん」
「カーン子爵令嬢ですか。はじめまして、キャサリンの父です。カーン子爵とは商談で何度かお会いしたことがありますよ」
キャサリン父が人の良さそうな顔で微笑んで手を差し出すと、イザベラはビクッと大きく震えたが、キャサリン父の無害そうなまん丸の顔を見て落ち着いたのか、そろそろと馬車から出てきた。
「父さん、商談室を一部屋借りたいのだけれど。できれば完全防音の」
「あぁ、特別室が空いてるよ。好きに使っていいよ」
「じゃあそこ借ります」
「後でお茶を持っていかせようか? 」
「私がするから大丈夫よ」
キャサリンを先頭にハート商会に入り、3階にある特別商談室に向かった。そこは貴族と商談することを前提に作られた部屋のようで、赤い絨毯にシャンデリアも豪華な広い個室だった。壁には有名な画家の絵画がかけられ、部屋の隅には人一人入れそうなくらいの白磁の壺が置いてあり、中央にはアンティーク調の木目の綺麗なテーブルにそれを囲むように揃いの椅子が8脚置いてあった。
「なんか、凄いゴージャスな商談室ね」
「あら、こちらのテーブルセット、うちの応接間にあるのと同じですわ。うちのが二回りくらい大きいですけれど」
公爵家の応接間と同じって、どれだけお金がかかっているんだろう。さすが国随一大きな商会だ。
アナスタシアとエリザベスが椅子に腰掛けると、キャサリンがイザベラをアナスタシアの前に誘導して座らせ、本人はお茶を持ってくるからと特別商談室を後にした。しばらく無言の時間が流れたが、いつまでもそうもしていられないとアナスタシアが咳払いをして話しだそうとした。
「さて……」
その途端、イザベラがテーブルに頭をぶつける勢いで頭を下げた。いや、凄い音もしたから多分机にぶつかったと思う。
「ごめんなさい、すみません、許してください!! 」
いきなりのイザベラの謝罪に、アナスタシアもエリザベスも一瞬言葉もなくイザベラの後頭部を見つめる。
「私なんかが分不相応にもジルベルト・ストーン侯爵令息様との婚姻を夢見てしまい、本当に馬鹿だったと思っております。ミラー伯爵令嬢がジルベルト・ストーン侯爵令息様と婚約できるのなら、同じように地味で目立たない私だって……と、愚かにもジルベルト・ストーン侯爵令息様に懸想してしまいました。私も子爵家の一人娘ですし、跡を継ぐ立場はミラー伯爵令嬢と同じと、ミラー伯爵令嬢はお胸も小さくておられるから、同じ地味でもお胸なら勝てる私にも目を向けて下さったと勘違いしてしまいました。でも、数回抱いて下さりましたのに、いつの間にかジルベルト・ストーン侯爵令息様は他の令嬢に興味を移され……ウウッ」
なんか、懺悔を聞いているというより、ディスられているだけのような気がするのは私だけ?
テーブルに涙をボロボロ溢して嗚咽しながら語るイザベラであったが全く同情できず、エリザベスはスンッとした表情でただただイザベラの言葉を頭の中で反芻していた。
地味で目立たなくて貧乳のエリザベスと、同じく地味で目立たなくとも巨乳なイザベラであったら、巨乳な分だけイザベラがジルベルトに選ばれる筈だ……とそう思ってジルベルトと関係を持ったと。つまりは、地味で目立たない貧乳のエリザベスは、婚約者を奪われてもしょうがないと、貧乳だから諦めろと言いたいのか?! ジルベルトはどうでもいいが、胸の大小などほとんどが遺伝子レベルの話なんだから、そんなのを持ち出して勝ち負けを競ってほしくない。そんなことしたら、エリザベスの勝率は1割くらいになってしまうではないか。
「ベス、大丈夫ですわ。女性の価値はお胸ではない筈よ! 少なくともわたくしの知っている男性の一人は、あなたのその慎ましやかなお胸に興奮すること間違いなしですもの!! 」
それ、慰めてないです!
ちなみにその一人が誰だか気になるところではあるが、お胸の豊かなアナスタシアに言われても、全然大丈夫に思えないエリザベスだった。
「胸がどうかしました? 」
ちょうどそこにキャサリンが戻ってきて、頭を下げ続けるイザベラに驚きつつも、テーブルにお茶とケーキを並べた。
「まアッ! 茶房シャラバンのチーズケーキではなくて?! あそこのケーキは、誰であろうと並ばないと買えない、数量限定の幻のチーズケーキではありませんか」
「うちが仕入れているチーズを使用しているので、融通がきくんですよ。もし入り用なら頼めますよ」
「あら、では今度5つお願いしたいですわ。王妃様にお土産にしたいの」
「じゃあ、日時を後で。ところで、さっきの胸がどうとか? 」
アナスタシアはさっそくチーズケーキに手を伸ばし、喋れる状態ではなくなったので、エリザベスがしょうがなく代わりに説明する。
「まぁ、ストーン侯爵令息の動向から予想するに、明らかに巨乳好きではあるんでしょうね。胸なんてあったって、肩が凝るだけなんですけどね」
肩が凝ってみたいものですよ!
「ジルベルト・ストーン侯爵令息様はおっぱいフェチで間違いありません! 私のおっぱいであんなことやこんなこと……。私のおっぱいはいつでもジルベルト・ストーン侯爵令息様の為にスタンバイしてますのに! 」
イザベラは頭をスクッと上げると、爆乳を寄せるように自分の身体を抱きしめ、切なそうに叫んだ。
もう、勝手にスタンバイしてて下さいという感じで、エリザベスは大きなため息をついた。
「そうだ! 今開発中の商品に、ボディークリームがあるんですけど、塗ると少しだけ胸が大きくなるって効用も発見されたんです」
「まぁッ素敵ですわ! わたくし、発売された暁には、ベスに箱単位でプレゼントいたしますわね」
「胸を大きくするには、やはり異性に揉んでいただくのが一番ですよ」
何故か話に乱入するイザベラ。
「イザベラさん、下手に揉まれたら形が崩れますことよ」
「ジルベルト・ストーン侯爵令息様はお上手でしたわ」
「まぁッ、わたくしの可愛いベスの胸を、あんなクズカス野郎に揉ませませんことよ! 」
「いや、絶対に嫌ですから」
触られはしたけど、揉まれてはいませんからね!!
エリザベスは両手で胸をガードし、そんな目に合うくらいなら一生小さくても問題なしと開き直る。
「なんか、話がズレてませんか」
キャサリンの冷静な一言に、アナスタシアはパタパタと扇子をあおぎ、エリザベスはそっと腕を下ろした。




