待ち伏せは不発です
午後にも投稿します
ヒロインとヒーローがイチャイチャするシーン(ほんの少し)あります。
この世界の浮気はHするかしないかです。エロゲーの世界なので。ご理解いただける方だけお進みください。
キャンベル王立学園の短い三学期も始まり、エリザベスはかなり充実した毎日を送っていた。
アナスタシアとキャサリンとの女子の友情は深まり、毎日三人で仲良く過ごしているうちに、去年までの寂しいボッチ生活はどこにやら、他の女子達とも交流するようになった。
ジルベルトは学園にはきているものの、3ヶ月はエリザベスと接触禁止とされている為、昼食を週一一緒にとることもなくなり、学科が違うから見かけることさえなくなった。それはそれで快適な生活ではあるのだが、ジルベルトの浮気調査が一向に進んでいなかった。
昼休みなど、アナスタシアとキャサリンの三人で網を張ってみるものの、いざ現場を押さえようとすると、見事に空振りになるのだ。
「おかしいですわ。予測して場所を替えると現れないから、屋上一択で待ち伏せしておりますのに、何で現れないんですの!」
「やはり、まだ寒いから屋上は敬遠されてるんじゃ」
「そんなことありませんわ。だってほら、もう3組くらいのカップルが利用したじゃありませんの」
完全防寒で、ポットに熱い紅茶を入れ、簡易暖炉まで屋上の小屋の上に用意したというのに、待ちに待ったジルベルト・ティタニアペアが現れることはなく、他のカップルのイチャイチャを出歯亀ることになってしまった。
さすがエロゲーの世界。
ジルベルトが現れなくても、いかにもなスポットには、毎回誰かしら現れてアハンウフン大盛り上がりになるのだ。最初は気まずい思いをした三人も、今では嬌声をBGMにお茶とお菓子を食せるくらいには図太くなった。
「あ、ここにいた」
小屋に上がる梯子から顔を出した(ラスティ改め)サイラスが、軽やかに小屋の上に上がってきた。
「今日も不発でしたわ」
「うん、色々調べてみたんだけどさ、三学期に入ってから、ストーン侯爵令息は女子とは密会はしてないみたいなんだ」
「なんでですの?!」
アナスタシアは扇子をギリギリと握りしめ、キャサリンがそんなアナスタシアを宥めるように肩を叩く。そんな様子を横目に、エリザベスはお茶菓子で持ってきたチョコレートを渡した。
「あ、これウィスキーボンボンだね。大丈夫?ベスはお酒弱いんだろ?」
「これくらいなら大丈夫です。寒さ対策ですよ」
「そう?これが最後?なら、アーン」
サイラスは貰ったチョコレートでエリザベスの唇をつついた。
「私は沢山食べたのでどうぞ!」
エリザベスの唇についたチョコレートを、サイラスは「じゃあ貰っちゃおう」と、嬉しそうに口に放り込む。
間接☓☓。
エリザベスは真っ赤になり俯き、アナスタシアとキャサリンは白々とした視線をサイラスに向けた。サイラスはそんな視線も気にせず、エリザベスの隣に陣取り美味しそうにチョコを頬張っている。
「それで、あのクソカス野郎が三学期に入ってから盛っていないとは、一体全体どんな天変地異の前触れですの」
「学園でしていないだけではないのですか?まさか、私達が探っているのがバレたとか」
「そんな……」
キャサリンの言うようにもしバレているのならば、婚約を破棄する為の証拠が集められないではないか。
「いや、そういう訳でもなさそうなんだけど……。ただ、ストーン侯爵家もあの男の行動を内密に探っているようなんだ」
「もしかして、舞踏会でお会いしたストーン侯爵家次男に、わたくしが釘をさしてしまったから……とか?」
アナスタシアはサッと顔色を変え、気まずそうに扇子で顔を隠す。
「シア、何を言ったの」
「だって、閨の練習の為にクソカス野郎がそれなりの女性と閨を共にしているみたいなことを、引いてはそれはベスの為なんだみたいなことをおっしゃるから。……だから、既婚未婚平民貴族関係なく学園で腰を振る最低野郎だってことをついポロッと。ベスの為なんかちゃんちゃらおかしいですわ的なことを……」
「淑女教育のタニア先生が卒倒しそうな発言だな」
サイラスは呆れたように言い、アナスタシアは珍しくシュンとしてうなだれる。
「侯爵家は、アナスタシアの言ったことが真実かどうか調べているのかもしれないな。侯爵令息には身辺を綺麗に改めるように注意くらいはしたかもしれないが、本人に確証の取れていない話しをしたかどうかは……」
「あれだけ精力過多にというか、見境なく女性に盛っていた男性が、ちょっと注意されたくらいで身辺を改めるものでしょうか?」
「それは私もそう思う。……精力過多……とかはわからないけど、昔からジルは怒られても泰然としていたというか、あまり人の言うことを聞かなかったというか。見た目は了承したふりをしつつ、自分が正しいって思い込んでるふしがあったかも。だから、侯爵様に言われて態度を改めるとかはなさそう」
「厚顔無恥ってやつか。では、自分の意思で学園内での行為を謹んでいるということだな。でもなんで?」
厚顔無恥、本当にそうだ。過去のエリザベスはジルベルトのどこを見て好きになったのか、自分のことながら見る目がなさすぎると恥ずかしくなる。
なんの確信もないのに自信満々な様が、自分に自信の持てないエリザベスには男らしくかっこよく見えていたんだろう。
それにしても、このままジルベルトに清く正しく学園を卒業されても困る。ジルベルトと結婚……。
考えただけでも吐きそうになる。
「侯爵家の彼が何を考えて行動しているかなんて、平民の私には推測もできませんが、侯爵家の動向も気になりますね」
「そうだな。貴族令嬢の華を散らす行為は、その令嬢の将来を潰す行為だ。責任問題に発展し、それこそあの男の将来をも潰しかねない。内密に調べて内密に処断するだろう」
「つまり?」
「関係のあった貴族令嬢を下位貴族に娶らせるとか、修道院に送るとかするんじゃないか?」
あのエロゲーは、ジルベルトがいかに色んなタイプの女子を落とすか、それによりどれだけエロい動画を見ることができるかを楽しむもので、その後彼女達がどうなったかなどどこにもでてこない。
ジルベルトが手を出したせいで、まともな結婚ができなくなるとしたら……。
「やっぱり、私とはキレイさっぱり婚約破棄してもらって、ジルベルトに誠心誠意責任を取ってもらいたいですね」
「そうだな。だから、攻略の仕方をかえてみたらどうだろうか?」
アナスタシア、キャサリンとエリザベスの三人は、サイラスをジッと見つめた。サイラスはニヤリと口元を歪めて口を開いた。
「関係のあった貴族子女にアプローチしてみるのもありだろ」
「オスマンタス男爵令嬢ですの」
アナスタシアは嫌そうに唇の端を歪め、扇子で隠すように口元をパタパタ煽った。
ティタニアの性格を思えば、できれば近寄りたくないし、話が通じる相手にも思えない。あれにアプローチするとか、なしよりのなしだ。
「まぁ、彼女はあれだな……。あの性格じゃ交渉も難しいだろうし、なによりベラベラとストーン侯爵令息に話してしまいそうだ」
サイラスが苦笑して言うと、キャサリンが小さく挙手して発言を求めた。
「イザベラ・カーン子爵令嬢とガーベラ・ブロンド騎士爵令嬢ですね」
「そう。他にいるかもしれないが、キャサリン嬢の日記に上がっている二人だからこそ証言を取りたいところだな」
「証言……してくれるでしょうか?」
後の結婚にも影響のでる自分の醜聞になる話だ。そう簡単に認めるとも思えない。
「話の持っていき方かな」
「ラス、それはわたくし達があたりますわ。同じ女生徒ですから、話もしやすいでしょう。あなたにはあのクソカス野郎がなんで学園内で盛らなくなったか、もしくは学園外で盛っているのかを調べていただきたいんですの。わたくしはそちらの理由も気になりますの」
「だから、言い方。まぁ、そうだね。理由はなんとなくわからなくもないけど……いや、なんでもない。僕はそっちをあたってみるよ」
「では、わたくしはさっそく彼女達に接触してみますわ。キャシー、付き合ってくださる?」
「もちろんです」
「あ……、私も」
立ち上がった二人に、エリザベスもついて行こうとするが、アナスタシアの扇子にピシリと遮られてしまう。
「クソカス野郎の婚約者のあなたが行っては、警戒して何も話してくれないかもしれませんわ。最初はわたくし達だけで。ベスは、そこの駄犬に残りの紅茶でもいれて差し上げてちょうだい」
駄犬って……。今は確かにラスティの姿をしており、公爵令嬢からしたら子爵令息など格下も格下なんだろうが、中身がサイラス第三王子だと気づいてしまったエリザベスからしたら、不敬過ぎる発言に冷や汗が出そうである。
「シアはよくわかってるね。こう寒いと、身体の中から温まりたいよね。ベス、紅茶をもらってもいいかい?」
「はい、もちろん」
エリザベスはサイラスに紅茶をいれて出し、アナスタシア達が梯子を下りて行ってしまった為に、小屋の上にサイラスと二人っきりになる。
エリザベスはモジモジと恥ずかしそうにしていたが、サイラスは二人になれたのが嬉しそうで、口角が上がりっぱなしだ。
ボサボサの頭で、顔なんかほとんど見えない。それなのに感情がわかりやすいこの人のこと、可愛いな好きだなと思ってしまう……。そばにいるだけで安心できて、できればもっとそばに寄りたくなる。
エリザベスの中で、ラスティ(実際はサイラス)が好きだという気持ちはかなり大きくなってしまっており、今更それが実は第三王子だったと知ったからといって、いきなり気持ちをなしにすることなんかできなかった。
「寒くない?」
「……少し。でも大丈夫です」
自分の身体を抱きしめるようにするエリザベスに、サイラスは自分の着ていた上着を脱いで肩からかけた。
「駄目です!ラス様が風邪をひいちゃいます」
「僕は体温高いから大丈夫。でもそうだな。こうしてくっついてたら寒くないかも」
サイラスは、上着の上からエリザベスの肩を抱き寄せ、自分の胸元に引き寄せた。
「……ラス様」
真っ赤になりうつむいてしまうエリザベスを注意深く見るサイラスは、エリザベスが恥ずかしがっているだけで嫌がってはいないことを見てとった。エリザベスの魔力香がさらに甘く変化したのを感じ、自分に対する好意があることを察する。
最初は恥ずかしくて身体を固くしていたエリザベスも、サイラスの魔力香に包まれてその心地良さにうっとりとしてしまい、いつしかサイラスに寄り添うようにもたれかかってしまう。
二人の距離が近いと、魔力の交換をした訳ではないのに、ジワジワとお互いの魔力が惹かれ合い絡まり混じり合う。家族やアナスタシア達とどれだけ近い距離にいても、お互いの魔力が混ざることなど今まで経験したことはなかった。
通常、魔力は粘膜接触した場合に交換でき、たまに相性の良すぎる魔力同士は魔力が触れる距離にいるだけで惹かれ合うことがあるということを、エリザベスは知らなかった。そして、魔力の相性が良い者同士がお互いに好意を持つことで、さらに惹かれ合い混じわるのだと。
「やっぱり、僕達の相性は最高みたいだな。こんなに魔力が混ざってる」
「魔力の相性が良いとこうなるんですか?」
エリザベスは自分に混ざったサンダルウッドの香りを嗅ぐように、鼻をヒクヒク動かした。
「多分ね。僕もベスくらい相性の良い相手は知らないからわからないけど、今の王と王妃もそうらしい」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、王は王妃以外の妃を娶ってないし、周りもそれを認めている。なぜだかわかる?」
「……なぜでしょうか?」
「一つは魔力の相性が良いと子供ができやすいということ。まぁ、貴族達が王に多く妃を持たせたがるのは、後継者問題からだけじゃないがな。二つめは魔力の相性の良い両親から生まれた子供は、魔力量が桁違いに上がる。魔術がすたれてきている昨今、魔力量の多い王族の魔力量がさらに上がれば、王国も安泰だと上位貴族は考えているのさ」
「では、サイラス第三王子殿下も魔力量が多いんですね」
サイラスは口をキュッと引き締めた。甘やかだった魔力香に、なにか違う感情が混ざったようで、エリザベスはサイラスの感情を読み取ろうとその口元を注視した。
「……そうだな。サイラス殿下は他の兄弟と比べても規格外だった。幼い時は魔力が暴走することも多くて、周りに誰も近寄れなかった時期もあったくらいだ。王はまだ魔力量がそれなりにあったから良かったが、王妃なんかはサイラス殿下に触れられるくらい近寄れたのは、ある程度殿下が大きくなってからだったかな」
いつもは自信に満ちたサイラスの寂しげな口調に、エリザベスは胸がキュッと掴まれたようにせつなくなる。
母親でさえ触れることができなかったとしたら、どんなに寂しい幼少時代を過ごしたことかと、小さなサイラスを思って涙が溢れそうになる。
「なんて顔をしてるのさ」
サイラスはフッと口元を緩ませ、エリザベスの頭に顔を寄せた。
「サイラス殿下には、僕もシアもいたからね。そんなに孤独ではなかったと思うよ」
「そうだといいです。私も御学友に選ばれていれば、お話相手くらいにはなれたのに」
「ベスは優しいな……」
サイラスがエリザベスの頭にグリグリと頬ずりした。
「……ハァ。早く、君に触れることのできる権利が欲しいよ」
「シア様に見つかったら、今の状態でも扇子が飛んでくると思いますよ」
「これは……あれだ。寒いからね。緊急避難ってやつってことにしておこう」
ほとんど抱き合っているような今の状態は、婚約者がまだいる状態では確実にアウトなのだが、エリザベスもサイラスも変なこじつけをつけて、午後の予鈴が鳴るまで寄り添って座っていた。




