衝撃の事実
本日2話目です
「さぁ、どうぞ中に。何でも好きなものを食べて」
エリザベスが連れてこられたのは、舞踏会場の二階、会場を見下ろせる閲覧席だった。しかも王族専用の。
カーテンが閉められているから舞踏会場からは見えないようになっているが、フカフカの赤い絨毯に一枚石の大理石の大テーブル、その上にはご馳走やデザートがこれでもかと並べられており、対面に置かれたソファーはいかにも一流品でお高そうだ。多分平民の家なら普通に買えてしまうくらいの値がはる代物だろう。間違ってジュースなどを溢したら……と考えると恐ろしい。
「あの、私がここに入るのはまずいんじゃないかと……」
「まぁ、わたくしもいるから大丈夫ですわよ。何より、ここに腐っても王族の一員がおりますでしょ。王族専用とありますけれど、王族が一人でもいれば利用可能なんですの。王妃様にも使用許可はいただいておりますしね」
「腐らなくても王族なんだけどな」
サイラスは瑠璃色の瞳を細めて不貞腐れたように言う。ここの光だと紫が強く反射するようで、瑠璃色というよりアメジストのように輝いて見えた。まるで今着ているエリザベスのドレスの色のように。サイラスはサッとエリザベスをエスコートすると、ソファーに座るように誘導した。そして、何故かエリザベスの隣に腰を下ろす。アナスタシアは向かい側のソファーに座り、ラスティはその後ろに控えるように立った。
「それにしても、ずいぶんドレスの感じが変わったな。原型がないんじゃないか。ベスにはそっちの方がとても似合っていると思う」
「原型……? サイラス王子殿下は元のドレスをご存知ないですよね」
「あ……あ、うん。知らないね。全然知らない。ラスティに聞いたんだよ。なぁ、ラスティ」
「そうですね」
ラスティは今日も舞踏会仕様に髪の毛を整えており、その瑠璃紺色の瞳を僅かにそらしながら頷いた。
「なんか、紫のお色気ムンムンなドレスだったとか。もちろんベスはどんなドレスを着ても綺麗だとは思うけれど、あまり露出が多いと色んな男性の目を奪うんじゃないかって心配になるよ。ほら、この華奢な肩とか綺麗な鎖骨とか、誰にも見せたくないな」
他の人に言われたらセクハラ案件なんだろうけれど、サイラスの言葉は照れくさいだけで嫌だとは思わなかった。前回のダンスパーティーの時も、シレッと甘い言葉を吐いていたなと思い出す。かと言って誰でも口説くようなチャラチャラしたイメージを受けないのは、その瞳がエリザベスを真摯に見ているからだろうか。
ラスティに目をやると、その瞳はエリザベスを映すことはなく、なんの熱も浮かんでいなかった。
今のラスティと、ジルベルトから助けてくれた時のラスティとの温度差に、エリザベスは困惑以上の何かを感じた。
「わたくしも肩や鎖骨を毎回ガッツリ出しておりますけれど、そんなこと言われたことはございませんわね」
「シアは、どうだ! 見れるものなら見てみろ! って堂々とし過ぎていて、隠したいとは思えないんだよね」
「まぁッ! 人を露出狂みたいにおっしゃらないで。出せるところは出すがわたくしのポリシーですの」
「だってさ、ラスティ」
「シアは努力して今のプロポーションを維持してますからね。健康的な美は称賛されて当たり前です」
「称賛だけならいいけどな」
「それ以外は排除しますから」
淡々と喋るラスティは、やはりいつものラスティとは違う。
何よりも、匂いが違う?!
今回も大勢のいる舞踏会で鼻がおかしくなりそうにはなったが、しばらくテラスに出ていて鼻がリセットされたのと、ここが二階でカーテンがひかれて舞踏会場と隔離されているせいで他の匂いがしない(食べ物の匂いはするけれど)から、エリザベスの嗅覚は正常に機能していた。
隣から香るサンダルウッドの香り。もしかしたら香水なのかもしれないが、サンダルウッド一色の香りということは、魔力香もサンダルウッドで間違いない。魔力の強い王族が、香水の匂いで魔力香がかき消される訳がない。
エリザベスは立ち上がって正面に立っているラスティの元に歩いて行った。目の前に立ち、ラスティを見上げる。戸惑って目線を彷徨わせるラスティの瞳を見る。瑠璃紺の瞳は、やはり以前に図書館で見たラスティの瞳の色よりも僅かに濃い気がする。
そしてその匂い!
爽やかで嫌味のないシトラスの香り。爽やかなのは共通しているが、サンダルウッドの香りとは全く違った香りだった。
「ベス嬢? 」
戸惑うラスティにエリザベスはニッコリと微笑みかけ、ペコリと頭を下げてソファーに戻った。
「ラスティがどうかした? 」
「いえ、別に……」
何故サイラスが学園ではラスティのふりをしているかわからないが、エリザベスが学園でラスティだと思って接していた相手はサイラスで間違いない。それを言うべきか言わざるべきか、エリザベスはご馳走を前に思案する。
「ベス、このケーキ美味しいわよ」
コルセットでギューギューに締めつけている筈なのに、アナスタシアの食欲は底無しのようで、テーブルの上の料理は半分以上なくなっていた。
「もしかしてこっちと悩んでいる? なんなら半分こするか? 」
サイラスからとんでもない提案を受ける。エリザベスはギョッとして慌てて断った。王子とケーキを半分こするなど恐れ多いと思ったが、そういえば学園に持っていったケーキを半分こしたことがあったことを思い出した。子爵令息のラスティだと思ってお気楽に提案した気がする。
それも、エリザベス手作りの物を。
王族って、毒味なしで食べて良いもの? 万が一自分の作った物でお腹を壊したりなんかしたら、打首間違いなしなんじゃないの?!
エリザベスはサーッと顔色を無くす。
うん、私は全く気がついていない。サイラス第3王子殿下とラスティが学園で入れ替わっているとか、1ミリだって疑わしいと思ったこともない!
エリザベスは保身の為に、気付いた事実を墓の中まで持っていく決意をした。
「ハァッ、おなかもそこそこ満足しましたし、運動も必要かもしれませんわね。ラ……サイラス、ラスティをお借りしても良いかしら」
「別に、僕に断らなくても良いよ。もう僕とファーストダンスは踊ったんだから、後は好きにすれば良いさ」
「それもそうだわね。義理は果たしましたわ。ラスティ、わたくしと踊っていただける? 」
「もちろん」
アナスタシアが立ち上がると、本当に自然にラスティが手を差し出し、その腕にエスコートされて観覧席を後にする。
「ベスも下に行って踊りたい? 」
「いえ、特には」
知らない人と踊るほどフランクな性格はしていないし、パートナー候補はサイラス、ラスティ、ザックノートなどのストーン侯爵家の男性陣、自分の父親くらいしかいないが、最初の一人以外は特に踊りたいとは思えない。かと言って、貴族のほとんどが集まっているこの舞踏会で王子であるサイラスと踊る勇気もなかった。
「そっか、良かった。さすがに下のフロアーで一貴族令嬢と踊ってしまうと、他の令嬢達とも踊らない訳にはいかなくなるからね。シガラミとか厄介この上ないな」
アナスタシアが婚約者候補筆頭ということは、他にも婚約者候補がいる。王家といえども大貴族達を蔑ろにすることもできず、かといって均衡を考えると誰かを選ぶ訳にもいかない。サイラス自身も、婚約者候補の中に惹かれる令嬢がいなかったこともあり、いまだにサイラスの婚約者の席は空白なのだ。
王家的にはアナスタシアにサイラスの婚約者になってもらいたかったのだが、再三の申し込み(サイラスの意思ではない)にもアナスタシアは首を縦に振らず、断る代わりに今の婚約者候補筆頭の位置に留まり周りを牽制する役割を受け入れた。期間限定で。
その期間とは、サイラスがキャンベル王立学園を卒業するまで。サイラスは学園に入学し、卒業までに自分で婚姻相手を探すことを宣言したのだ。もし見つからなかったら、王家がアナスタシアの次点で考えている令嬢と婚約婚姻を結ぶことを条件に。
サイラスがラスティの姿で学園を闊歩しているのは、令嬢達の真実の姿を見る為だった。
「そう……なのですね」
「でも、ベスとは躍りたかったんだけどな」
「……踊りますか? ここで」
「ここで? 」
観覧席はそんなに広いスペースはないが、そう大きく動き回らなければ軽いステップを踏むくらいならばできるだろう。
サイラスは甘やかに目を細めると、ソファーから立ち上がってエリザベスの前に膝をついて手を差し出した。
「僕と踊っていただけますか」
「ええ、喜んで」
エリザベスはサイラスの手を取って立ち上がった。




