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エロゲーの世界なんて認めない

午後にも投稿します。

「お話しって何? 」 


 エリザベスは、気持ちを落ち着けようと紅茶を一口飲み、手をギュッと膝の上で握りしめた。ジルベルトが何の思惑があって鍵を閉めたのかはわからないが、ここはエリザベスの自宅である。いざとなったら合鍵でもなんでも使って、キャロラインやオリーブが助けにきてくれる筈だ。


 ジルベルトは扉からゆっくりエリザベスの方へ歩いてくると、先程座っていたソファーではなく、キャロラインが座っていた場所に腰を下ろした。エリザベスはお尻をジリジリ動かして、少しでもジルベルトから離れようとソファーの端まで移動する。


「どうしたの?」

「俺は今年4年になり、来年には卒業だ」

「そうね」

「来年卒業した春には、結婚式を予定している。貴族の結婚には1年の準備期間が必要だから、この春には動き出さないといけない」

「そう……ね」


 猶予はあまりないことにエリザベスは愕然とする。結婚するまでに婚約破棄を……と考えていたが、侯爵令息の結婚ならば王家にも話が行く筈で、高位貴族などに招待状などを出した後では、白紙に戻すのはほぼ不可能になってしまう。


「……結婚は、私の卒業後じゃ駄目? 」

「なぜ? 昔からジルのお嫁さんに早くなりたいって言ってたじゃないか」

「そう……だったかしら」

「卒業後、俺は王国騎士団に入隊するだろう。近衛を希望するが、実際にどこに配属されるかわからない。最悪5年は地方の可能性もある」


 5年も離れていたら、庶子がそこかしこにできていそう。いやいや、その前に結婚断固拒否、婚約破棄するんだった!


「だから、俺の卒業と共に結婚して、エリーは俺についてくる必要があるからな」


 そこは単身赴任で、色々な女性とお楽しみになるという設定がジルベルトらしいと思うんだけど。


「それはちょっと……」


 エリザベスが及び腰になっていることに勘づいたのか、ジルベルトは前のめりになってエリザベスににじり寄ってくる。エリザベスの手首をつかみ引き寄せようとしてきた。


「や……ッ」

「何がだ?! 俺達は婚約者だろう。来春には結婚する。何の問題もない。この間のアレを気にしているのか? 断りきれなかっただけだ。オスマンタス男爵令嬢など関係ない。ほら、エリーにもドレスを用意したじゃないか」


 名前を呼ばれた耳が、掴まれた手首が、ゾワゾワゾワゾワして気持ち悪い。

 鍛えているジルベルトの力に敵うわけもなく、エリザベスはジルベルトに抱き込まれてしまう。


「は、離して!! 」

「王子にエスコートされたっていい気になるな! お前の婚約者は俺だ。俺の物なんだよ。婚約している以上、俺がおまえに何しても許されるんだ」


 ソファーに引き倒され、ギラギラした目つきのジルベルトが上に乗り上げてくる。


「……ヤダ、ヤダァッ! 」


 重いし手首は痛いし、何よりジルベルトの魔力香が臭すぎて吐き気が半端ない。エリザベスはジタバタと暴れるが、ジルベルトにはなんの効果もない。よく、男性の股間を蹴り上げてなんて聞くけれど、スカートの上に陣取られてしまうと、足なんかたいして動かせない。

 ジルベルトが顔を寄せてきて、エリザベスは思い切り顔を背ける。唇の端に何かが押し当てられ、エリザベスは唇を噛み締めてさらに避けようとした。


 これはノーカンだ。絶対に初チューなんかじゃない。


「おまえは俺のだ! 誰にも渡さない」


 意味不明なことを言うジルベルトに、エリザベスの怒りがのボルテージが一気に上がった。


「私は誰の物でもない! 私はあなたの物にだけは絶対にならない! 」

「生意気言うな! ここでおまえの初めてを奪えば、嫌でもおまえは俺の物だ」


 初めてを奪う? 


 エリザベスの顔は、血流が引いていくように白くなっていく。

 押さえつけられて動けない身体、ギラギラ光るジルベルトの瞳、剣ダコのある無骨な手がエリザベスの身体を這い回る恐怖。ワンピースの前開きのボタンに手をかけられたところで、エリザベスは人生で初めて、有り得ないくらいの大声で叫んだ。


「キャーッッッ!!! 」


 ジルベルトがエリザベスを押さえつけていた片手を離してしまうくらいの大音響だった。


 触られた! 触られた! 触られた!!!


 ちょっとどころじゃなく、ガッツリ触られた。この世界ではまだ誰にも許してない行為を、婚約者というだけで強要され、奪われようとしている。

 ここがいくらエロゲーの世界だからって、なんでもエロにもってこーとすんなよ! エロゲーの世界なんて認めない!!


 伯爵令嬢としての大人しく控えめなエリザベスはすっかり消え去り、すっかり25歳OL各務愛莉が全面に出てきた。

 エリザベスは自由になった手でしっかり拳を握り、ジルベルトの顔面中央を殴りとばす。人間、真ん中には急所が集まっているのだ。


「……エリー」


 ジルベルトの鼻血で真っ赤に染まった拳で、エリザベスはさらにジルベルトの頬を殴る。


「退いてちょうだい! 」


 まさかエリザベスが自分を殴りとばすとは思っていなかったのだろう。ジルベルトはエリザベスに跨がり、ワンピースに手をかけたまま、呆然とエリザベスを見つめた。そこにいたのは泣いて恐怖に震えるおとなしいエリザベスではなく、怒りで紅潮した顔で目つき鋭くジルベルトを睨みつける生気溢れる女性だった。


「ベス姉! ベス姉ッ!! 」


 扉がガンガン叩かれ、キャロラインの切羽詰まった声が響いた。きっと、さっきのエリザベスの悲鳴を聞きつけて急いでやってきてくれたんだろう。扉に鍵がかかっているから入れず、大声で執事を呼ぶ声も聞こえてきた。


 扉の方に気を取られていたら、窓が凄まじい音をたてて窓枠ごと吹っ飛んだ。


「えっ?! 」


 慌てて音のした方を振り返ると、ラスティが窓から飛び込んできてジルベルトを蹴り飛ばした。ジルベルトはテーブルを滑るように吹っ飛び、向かいのソファーに激突した。その際、ジルベルトがエリザベスのワンピースの前身ごろを掴んでいた為、ブチブチと嫌な音がしてワンピースが裂け、ボタンも数個飛んだ。


「ベスッ!!」


 ラスティがエリザベスを抱き起こし、ギューギューと抱きしめる。


「ラス……様? 」


 ラスティはエリザベスの頭を自分の胸に押し付けるようにしっかり抱え込み、ジルベルトに向けて凄まじい殺気と魔力を放っていた。

 エリザベスはラスティの魔力香に包まれ、始めて息ができたような気がして大きく息を吸った。サンダルウッドの香りが肺いっぱいに広がった。


「ちょっと、ラス、やり過……」


 同じ窓からアナスタシアが入ってきて、中の惨状を見て目を見開いた。


 窓は窓枠から破壊(ラスティ原因)され、テーブルの上にあったものは床に散乱しカップなどは粉々(ラスティに蹴られたジルベルトによる)、ジルベルトは顔を赤く腫らせて鼻血を垂らしてソファーにグッタリしており(エリザベスとラスティの合わせ技)、エリザベスのスカートは膝上まで捲れ(ジルベルト原因)ワンピースは裂けボタンが飛んでいる(ラスティがジルベルトを蹴り飛ばしたことが原因)。

 つまりは、直接的か間接的かが問題なだけで高確率でラスティが原因であるのだが、加害者はジルベルトで間違いないから、この場で一番の極悪人はジルベルトで問題ないだろう。


 敵はジルベルト! 


 それを確信したアナスタシアは、ツカツカとハイヒールを鳴らしてジルベルトに近づくと、エリザベスが張った方と逆の頬を扇子で殴りつけた。


「女の敵ですわ!! 」


 その途端扉が合鍵で開けられ、キャロラインとオリーブ、伯爵家の使用人達が部屋に雪崩込んできた。


「ベス姉ッ! 」


 全員がギリギリと歯を食いしばりながらジルベルトを睨みつける。妹達はもちろん、使用人達も穏やかで控えめなエリザベスが大好きなのだ。そのエリザベスに無体を働いたジルベルトを、この場にいる誰もが許せる気がしなかった。ジルベルトが侯爵令息でなければ、袋叩きに合わせてつまみ出していたことだろう。


「ストーン侯爵家の従者はいて?!」


 アナスタシアの冷え冷えとした声に、部屋の外で様子を伺っていたジルベルトの侍従達が恐恐した様子で部屋に入ってくる。


「このゴミを持って帰りなさい」


 クソカス野郎から無機物のゴミにまで降格したよ。


 侍従達は慌ててジルベルトを抱き起こすと、抱えるようにして部屋を後にした。数人の伯爵家使用人がその後からついて行き、屋敷を出るのをしっかり確認し、盛大に塩をまいた。


「ベス……可哀想に。とても恐ろしかったことでしょう。ラス、いい加減ベスを離しなさい。皆さんに見られていてよ」


 ラスティは上着を脱いでエリザベスに着せて、しっかりボタンまでとめた。ワンピースが裂けてすぐにラスティに抱きしめられ、隠すように上着を着せられたから、エリザベスの下着を見たのはラスティ一人だ。良いのか悪いのかわからないが、被害は最小限に抑えられた……のだろうか?


「わたくし、これからストーン侯爵家に抗議文を送ろうと思いますの。わたくしの大事なお友達に酷いことをしたのですから、絶対に許せませんわ! ベスへの接近拒否を求めます」

「ミラー伯爵家からも一言添えさせてください」


 キャロラインが拳を握りしめて言い、アナスタシアはそれに大きく頷く。


「ベス、あなたは着替えを……いえ湯浴みをしていらっしゃいな。あなた、湯浴みの準備を」


 アナスタシアが側にいたアンナに声をかけ、アンナはすぐさま湯浴みの準備に駆け出した。


 確かに色々弄られて気持ち悪いが、辛うじて素肌には触られていない。唇は……無茶苦茶洗いたいが。


 そんな気持ちでエリザベスがグイッと唇の端を拭うと、ラスティがエリザベスを抱き抱えて立ち上がった。


「ラ、ラス様?! 」

「部屋まで連れて行く。ここはコップの欠片とかで危ないから」

「そんな、自分で……自分で歩けますから」

「部屋に案内して」


 ラスティはエリザベスを抱えたまま談話室を出、オリーブの先導のもと階段を上り、エリザベスの部屋までエリザベスを運んだ。



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