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ジルベルトの来訪

本日2話目です。

 ダンスパーティーが終わり、学園も冬季休暇に入った。

 日本のエロゲーの世界だからか、きちんと四季があり、学園は三学期制だ。有り難いのは、学期末テストなどがないことだが、勉強しない者は何も身につかずに卒業してしまうという恐ろしい世界でもある。冬季休暇は二週間ほど。これも前世日本とかわらない。


 貴族は領地と王都に屋敷を2つ構えることが多く、年末年始はだいたい領地で過ごし、新年始まって二週目に王都に戻り新年の祝賀舞踏会に出席する。そこからが冬の社交の開始だ。

 大人の貴族は領地と王都を行ったり来たりで社交と領地経営をこなすが、子供達はだいたい王都が生活基盤となる。領地に帰るのは夏季・冬季休暇の時くらいだ。

 今年は父親であるミラー伯爵がたちの悪い風邪をひいてしまい、エリザベスの両親は領地に足止めとなってしまった。年末年始を領地で過ごし、昨日王都の邸宅に戻ってきたエリザベスは、厨房に籠もってクッキー作りをしていた。クッキー持参で、アナスタシアやキャサリンの家に新年の挨拶をしに行こうと思ったのだ。二人の家に行くだけにしてはかなり大量のクッキーを作っているのだが、エリザベスの潜在意識でラスティにも挨拶に行きたいと思っているからかもしれない。

 そんなエリザベスの元に次女のキャロラインがやってきた。


「ベス姉、ちょっと話があるの」


 エリザベスの2歳年下で14歳のキャロラインは来年キャンベル王立学園に入学予定だ。金髪にエリザベスと同じ濃紺の瞳、ただエリザベスよりも遥かに発達が良く、エリザベスと並ぶとまるでキャロラインが姉のように見えてしまう。明るい性格で人付き合いが良く、社交的。ミラー伯爵家のムードメーカーだ。


「ちょっと待って……うんいいわ」


 オーブンの焼き上がりの時間をセットし、エリザベスは粉だらけの手を布巾で拭った。


「どうしたの? クッキーはまだ焼けないわよ」

「クッキーはいいのよ……いや食べたいけどそれどころじゃないわ」


 キャロラインはエリザベスの腕をグイグイ引っ張り、談話室へと連れて行く。談話室には、三女のオリーブも辞書をペラペラめくりながら待っていた。オリーブはエリザベスと同じ濃い茶色の髪の毛に、綺麗な赤紫の瞳が特徴的の13歳。字の書いてある物を与えておけば満足する活字中毒者で、知ったことは検証しないとすまない研究マニアだ。


 ミラー伯爵家の三姉妹、おっとり控えめな長女、社交的で明るい次女、クールで学者肌の三女、三人三様だが実はとても仲が良い。


「話って何? どうかしたの? 」

「ベス姉、ジルベルト兄様の噂聞いた?! 」


 キャロラインがエリザベスをソファーに押し倒す勢いで言ってきた。

 午前中に友達のところに行っていたようだから、そこで何か聞いたのだろうか?


「えっと……聞いたっていうか……」


 聞いたというか、見てしまったというか。


 ジルベルトの噂……女性を取っ替え引っ替えなアレのことだろう。まだ学園に入学前で社交界デビューもまだの妹達の耳に、ジルベルトの醜聞が入るものなのか? 入ったとしても、あまり聞かせたい話じゃない。


「ジルベルト兄様、女の趣味が悪過ぎるってどういうこと?! ベス姉ディスられてる? 」


 は?


「世間はミラー伯爵家に喧嘩を売っているの? なんか、ジルベルト兄様の女の趣味が悪いから、婚約者であるベス姉もたいしたことないんだろうとか言われたんだけど! ジルベルト兄様は淫乱で非常識な女が好きなんだとか、ちょっと意味がわかんないんだけど」


 まぁ、否定はしない。否定はしないが、多分この場合の悪趣味だと言われているのはエリザベスのことではなくティタニアのことではなかろうか。


 淫乱……まぁ、おっぱいポロリしそうなドレス着て、ジルベルトにおっぱい押し付けてたものね。非常識は、サイラス第3王子に対する態度だろう。


「ちょっとダンスパーティーで色々ね……。大丈夫、私は淫乱じゃないし、非常識でもない……と思いたいな」

「色々って何? 」


 オリーブも興味を持ったのか、珍しく辞書を閉じて会話に参加してきた。


「ジルね、ダンスパーティーの時、オスマンタス男爵令嬢のエスコートをしたのよ」

「は? ベス姉は? 」

「私は……困っていたら別の方がエスコートしてくれたわ。で、そのオスマンタス男爵令嬢がちょっとサイズの小さめなドレスを着ていて、かなり身体のラインが出てたから……それで淫乱ってなったのかしら? 」

「非常識は? 」

「彼女、サイラス第3王子のこと知らなかったみたいで、ちょっと失礼な口の聞き方をしてしまって」

「そのオスマンタス男爵令嬢が淫乱で非常識だっていうのはわかったけど、なんだってジルベルト兄様はその女のエスコートをしなきゃならなかったの? 婚約者はベス姉なのに」


 オリーブもキャロラインの言うことにうんうんと頷いている。


「ジルのお兄様のご友人の従弟の知り合いがオスマンタス男爵令嬢のエスコート相手だったらしいんだけど、その人がこれなくなったからピンチヒッターでって話だったわね」

「それって、ただの見知らぬ他人よね」

「他人中の他人」


妹達の冷ややかな口調に、ジルベルトの好感度が一気にマイナスまで急降下したことを知り苦笑する。


「まぁ、オスマンタス男爵令嬢とも親しい友人だったみたいだから、困っているのを見過ごせなかったんじゃないかしら」


ジルベルトを庇いたい訳でもないのだが、エリザベスの事なかれ主義な発言に妹二人は明らかに不満の声を上げた。


「友人の為に婚約者を蔑ろにしたっていうの?! 」

「ベス姉悲惨」


 オリーブがボソッと呟き、キャロラインはボスボスとクッションを叩いた。


「ジルベルト兄様最低! 」

「私はなんとかなった……というかなり過ぎたからいいのよ」


 王子様にエスコートされるなんて、多分一生に一度のことだから、いい思い出にもなった。


「もう私、ジルベルト兄様なんて呼ばない! 」

「じゃあなんて呼ぶの? 」

「最低男」

「本人の前でも? 」

「極力喋らないないようにすればOKよ! 」

「キャロ姉が? 喋らないとか無理。私はブタ野郎かな」

「リー、なんでブタなの? ブタに失礼よ。それに野郎なんて言葉汚いわ。ちゃんと淑女らしい言葉を使わないと」

「じゃあ……」


 妹二人がジルベルトの呼び方について激論し始めて数分後、執事が客人の来訪を告げに来た。


「どなた? 」

「ジルベルト・ストーン侯爵令息様でございます」

「最低男……」

「ゴミ男……」


 妹二人がボソリと呟くが、耳の遠い執事には聞こえていない。


「こちらにお通ししてください」

「かしこまりました」


 キャロラインとオリーブはエリザベスを挟んで座る位置に移動した。いつもならばジルベルトが来たら挨拶をして立ち去る二人も、今日はエリザベスとジルベルトを二人っきりにするつもりはないらしい。がっしりと両腕に妹達がしがみついた状態でジルベルトを迎えた。


「新年おめでとう」

「おめでとうございます」


 びったり貼り付いた妹二人を見て、ジルベルトの頬がひくついている。


「なんか……仲が良いな」

「うちはいつも仲良しですよ」


 毎年、ジルベルトがミラー伯爵家に新年の挨拶にくる。結婚したらここが実家になるからとジルベルトは言っているが、ただ単にさっさと挨拶だけして帰りたいからだろう。エリザベスがストーン侯爵家に挨拶に行ったら、エリザベスが帰るまで付き合わないといけないからだ。


「……」

「……?」


 挨拶はすんだのに、ジルベルトは入口に立ったままだ。いつもなら、「他にも挨拶回りがあるから」とさっさと帰るのに。


「……お座りになりますか? 」

「ああ、そうだな」

「紅茶でいいでしょうか? ワインもありますが」


 お正月といえばお屠蘇で乾杯だけれど、この世界に日本酒はない。お酒といえばワインかなと思ったのだが、ワインじゃお正月っぽくない気がする。


「紅茶でいい」

「キャロ、リー、ちょっと離してくれないかしら。 お茶をいれたいんだけど」

「それならポットのお湯が温くなったでしょうから、リー、お湯を頼んできてよ」

「ついでにオーブンも見てきてくれないかしら。時間がそろそろなの。予熱で火が入りすぎるとまずいから」


 渋々エリザベスから離れたオリーブに、エリザベスはクッキーの焼き具合の心配を伝える。オリーブは頷いて談話室から出て行った。


「君はまだ料理なんかしているのか」

「……ごめんなさい」


 お菓子作りはエリザベスが唯一得意な趣味であるが、貴族子女が嗜むことではないのがこの世の一般常識で、ジルベルトのような反応が普通の貴族の反応だ。それがわかっているから、エリザベスはただ謝るだけだったが、エリザベスの作る菓子の熱烈な信奉者であるキャロラインは、ただギッとジルベルトを睨んだ。喋らないを実行しているらしい。


 しばらく無言でテーブルを挟んで睨み合って(主にキャロラインとジルベルトが)いると、侍女のアンナが紅茶セット一式持ってきてジルベルトに紅茶をいれて戻って行った。

 ジルベルトは紅茶を一口飲むと、指を鳴らして侍従を呼びつけた。部屋の外に控えていたジルベルトの侍従が数名、トルソーを抱えて部屋に入ってきた。


「それは? 」

「リリアナ衣装店のドレスだ。明日、サイズ合わせにくる予定だから」


 リリアナ衣装店は、ララ・ベルトモンド衣装店よりは格が下がるものの、王都で有名な衣装店だった。


「新年の祝賀舞踏会のドレスだよ。これを着て一緒に出席するんだ」


 紫に金糸の刺繍がしているドレスはかなり大人っぽく、エリザベスのイメージとはかけ離れたものだった。それこそジルベルトが相手にしている派手で、胸とか尻とかこれでもかと主張して女性ホルモンがムンムンしているような女性に似合うだろう。


「胸とお尻の詰め方がエグそう……」


 失礼な感想を述べる妹に内心同意しつつ、ダンスパーティーでのドレスとの違いにため息すら出ない。あれはエリザベスにいかに似合うかを考えて選んでくれた物だけれど、これはジルベルトの趣味が全面に出たものだ。ただ詰めるだけでは、下品な上にバランスの悪いドレスになってしまうだろう。

 でも、ジルベルトがエリザベスにドレスをプレゼントしてきたのは、13年間の婚約期間の中で初めてのことだった。


「ありがとう。明日、お店の人と相談してみます」


 侍従達は部屋の中央にトルソーを置くと、そのまま退出していった。


「エリー、少し二人で話したいんだが」


 ジルベルトはキャロラインに目を向け、出てけとばかりに顎をしゃくる。

 キャロラインがギュッとエリザベスの腕を掴んで出ていく意思がないことを示した為、エリザベスはキャロラインの手をポンポンと叩き、「大丈夫よ」と目線で合図する。


「でも……」

「リーの様子を見てきて。クッキー焼けていたら少しこちらにも持ってきてちょうだい」

「……わかったわ」


 キャロラインはジルベルトを睨みつけてから立ち上がると、「すぐに戻りますから」と談話室の扉を少し開けた状態にして出て行った。


「全く、冷気が入る」


 ジルベルトは立ち上がって扉へ向かい、開いていた扉を閉めた。その時カチャリと音がし鍵が閉められたことに、エリザベスは信じられない思いでジルベルトを見つめるしかなかった。

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