ダンスパーティー当日4
午後にも投稿します。
「ご令嬢、どうか僕と一曲踊ってくださいませんか」
「いや、僕と是非」
サイラスがエリザベスの側を離れた途端、貴族令息達がエリザベスの元に押し寄せた。エリザベスは、「サイラス殿下にここで待つように言われたから動けないのです」と皆に丁寧に断った。「それではお話しだけでも」と、数人の令息に囲まれてしまう。
「どちらのご令嬢でしょうか?是非お名前を教えて下さい」
「サイラス第3王子殿下のご婚約者候補でいらっしゃいますか?」
先程入場の際に名前を呼ばれた筈だが記憶にないらしい。サイラスがアナスタシア以外の女性のエスコートをしたという衝撃に、忘れられてしまったんだろう。
皆、エリザベスの美しさに婚約者候補でないことを祈りながら声をかけてきているのだが、サイラスに繋がる駒としてエリザベスと親しくなりたいんだろうと、全く自分の魅力を理解していないエリザベスは、アナスタシアと友達であること、その繋がりで第3王子殿下とは今日が初対面であることを力説する。
「では、まだご婚約者はいられないということですか?」
「いえ……あの……」
ジルベルト・ストーンは学園ではそれなりに有名でも、エリザベス・ミラーの認知度はないに等しい。顔を見て、ジルベルトの婚約者の令嬢とわかる人が一握りいるかいないか。
ドレスを着て綺麗に化粧を施されたエリザベスが、そのジルベルトの地味な婚約者のエリザベスと同一人物だとズバリ当てられる人間は一人もいなかった。
「それは俺の婚約者だ」
ドスの効いた低い声がし、令息達は一歩退いて振り返った。エリザベスの前が開け、正面に不機嫌そうに唇を引き結んだジルベルトが立っていた。それでなくても大きな身体が威圧的なのに、完全に令息達を敵認定したかのように睨みつけている。
13年間の婚約期間の中でも、こんなに感情を剥き出しにしたジルベルトを初めて見たかもしれない。
今だからわかるが、以前のジルベルトはエリザベスの前では良い婚約者を装っていただけで、笑顔すら計算して作られたものだった。幼馴染であるラスティとアナスタシアのやり取りを見て、自分達の関係が薄っぺらく表面だけのものだとようやく気がついたのだ。
「ジル……」
「帰れと言った筈だ」
怒気をはらんだ声に周りにいた令息達がサーッと引いていく。
「帰るとは言ってないわ」
エリザベスが言い返すとは思っていなかったのだろう。ジルベルトは目を見開いてエリザベスを見た。いつもならば俯いて視線をそらすエリザベスだが、しっかりと視線を合わせてジルベルトの言葉を待った。
「……婚約者がいるのに、第3王子の色を纏うなんて非常識だろう」
非常識……それをジルベルトが言うのかと、エリザベスは呆れ果てて言葉もでなかった。
婚約者がいるのに他の女に自分の色のドレスを贈り、ダンパにその女のエスコートをする男は非常識ではないのだろうか?婚約者がいるのに、他の貴族子女に手を出す男は非常識ではないのだろうか?
沸々と怒りが込み上げるものの、この場でそんなことを吊るほどエリザベスは非常識ではなかった。
「……紫は、ジルの瞳の色ではなくて?」
「青と銀は第3王子の色だろう」
「たまたまよ。第3王子殿下とは今日初めてお会いしたの。私にエスコート役がいないと知り、かってでてくださったのよ」
「そんな大役、おまえには不釣り合いだろうが。何故素直に帰らなかった」
エリザベスの腕をつかもうとしたジルベルトだったが、二人の間に割って入った人物により、ジルベルトの手は遮られた。
「何故、エリザベス嬢が帰らないといけないのか、その理由が知りたいね。彼女も学園の生徒で、ダンスパーティーに出席する権利がある」
低く響く声は、先程ダンスパーティーの開催を告げたその人のものだった。エリザベスの前にそびえ立つ広い背中に、エリザベスはホッと息を吐いた。
「第3王子……殿下」
ジルベルトが一歩下がって臣下の礼を取ると、サイラスはエリザベスの方に向き直った。ジルベルトに向けていた冷ややかな表情から一転、エリザベスに向かい穏やかな笑顔を浮かべた。
「エリザベス嬢、オレンジジュースで良かっただろうか?それともワインが良かった?」
「いえ、お酒はあまり強くないのでジュースが良かったです。ありがとうございます」
王子に何飲み物運ばせてるんだという焦りの視線をジルベルトから感じながらも、エリザベスは素直にサイラスからグラスを受け取って口をつけた。
「彼は?」
サイラスがわざとらしくジルベルトに視線を向けた。
「ジルベルト・ストーン侯爵令息です」
「何故彼がエリザベス嬢のダンスパーティー出欠を指図する立場にあるのかな?」
さっき控え室でアナスタシアに説明したから、その場にいたサイラスも知っている筈である。知らない体で説明させ、エリザベスが何故ジルベルトではなくサイラスと入場したのかを周りに知らしめるつもりなんだろう。
「私の婚約者だからでしょうか?」
「おや、エリザベス嬢には婚約者がいたのか。では何故婚約者がいるのにエスコート役がいなかったんだい?今ここに彼はいるのに」
「ストーン侯爵令息が違う女性のエスコートをすると仰ったからです」
サイラスはわざとらしく大袈裟に驚いてみせた。
「こんなに素敵な婚約者がいるのに、違う女性のエスコートを?親戚か何かかい?いや、親戚でもありえない話だな」
「彼の兄の友人の従弟の知り合いがその女性のエスコート役だったみたいですが、出席できなくなったのでその代わりに頼まれたとか」
「兄の友人の時点で他人だよね」
「まぁ、そうですね」
サイラスが苦笑し、周りに集まってきていた野次馬令息達も大きく頷いてサイラスを支持する。
「そうか。シアから頼まれて君のエスコート役をかってでたが、こんなに素敵な令嬢と知り合えて、僕はラッキーだったな。その彼の兄の友人の従弟の知り合いには感謝しないといけないね」
サイラスはエリザベスの右手を取って跪いて指先にキスを落とした。エリザベスが照れて俯くと、サイラスはサッと立ち上がりエリザベスに腕を差し出した。
「シアがエリザベス嬢を探していたよ。ストーン侯爵令息、君は今日のエスコート相手のお相手をするといいよ。君の婚約者のエリザベス嬢は、僕が責任を持って相手をするとしよう。シアの大切な友達らしいしね」
サイラスは、エリザベスにしか聞こえないように「僕の大切な人でもあるしね」と囁いた。ピンク色に頬を上気させたエリザベスが、潤んだ瞳で「冗談が過ぎます」とサイラスを見上げると、何故か周りにいた野次馬令息達が生唾を飲み込んだ。ジルベルトもそんなエリザベスを食い入るように見つめていた。
そんなエリザベスを周りから隠すように、サイラスは然りげ無く立ち位置をかえる。
「ジルベルト様ァッ、探したんですよォッ」
そこに全く状況の読めていないティタニアが、バタバタと走ってくる。ジルベルトしか見えていないのか、サイラスをスルーしてジルベルトの腕に抱きつく。
「酷いですわ! 私が少しホールを離れている隙にいなくなってしまうんですもの」
「な……ッ」
この非常識さはジルベルトにも理解できたらしい。ジルベルトはティタニアを引き離そうと自分の腕を逆方向に引っ張った。するとそこにへばり付いていたティタニアを引き寄せることになり、さらにティタニアが密着してくる。
「なるほど、彼女がストーン侯爵令息のエスコート相手なんだね。そのドレスの色は君の瞳の色に似ているね」
「違う!これはたまたま……」
「イヤだ、ジルベルト様がプレゼントしてくださったんじゃないですかぁ。何でそんな嘘言うの?」
ティタニアはイヤイヤとジルベルトの腕にしがみついたまま身体を左右に揺らす。今にもはち切れそうな胸が、ジルベルトの腕にこすれてポロリしてしまいそうだ。周りの野次馬令息達がニヤニヤ笑いでティタニアを見ている。ティタニアはそれを自分が美しいから注目を集めているんだと勘違いし、上機嫌でジルベルトにさらにしがみついた。
「へー、ストーン侯爵令息のプレゼントか。エリザベス嬢、君のドレスも彼のプレゼント?同じララベルのものに見えるけど」
「私のはストーン侯爵令息からのプレゼントではありません」
「ふーん」
ジルベルトの評判もずいぶんと下がったことだろうと、サイラスはこの辺りで会話を打ち切ることにした。エスコートの相手の為にサイラスの腕に添えられていたエリザベスの手を優しく包み、「行こうか」と声をかけた。
「ちょっと待って!」
皆がサイラスの方を向き礼を取ろうとした瞬間、甲高い声が響いた。その声をした方に皆の視線が集まる。王族の許しなく声をかけるなんて、不敬罪で捕まってもおかしくないと息を呑み見守る中、当の本人は腰に手を当ててエリザベスを睨みつけていた。
かの令嬢に言ったのならばギリギリセーフなのか?しかし第3王子が自らエスコートしている令嬢だ。アウトだろう……と、ボソボソと呟く声がする。
「僕に言ったのかな?」
サイラスが笑顔を浮かべて振り返ったが、その目は決して笑ってはいない。
「ミラー伯爵令嬢、あなたよ!ジルベルト様はあなたに帰るように言った筈よ。当てつけみたいになんでこの会場にいるのよ」
ティタニアは、エリザベスがサイラスと入場してきたことにも、サイラスとセカンドダンスを踊ったことにも気がついていなかった。それどころか、エリザベスをエスコートしている目の前の男性が第3王子であるということにさえ気づいていないというマヌケっぷりだ。
「その会話はね、さっきストーン侯爵令息としたばかりだよ」
「あなたには聞いて……あら、ジルベルト様には負けるけど素敵なお方ね。お名前をお聞きしてもいいかしら?私はティタニア。ティタニア・オスマンタス。ニアとお呼びくださってもよくてよ」
その場にいた人間はすべからく蒼白になった。ジルベルトなど土気色になり白目を剥く一歩手前だ。
非常識極まれり!
皆が斬首確定と心の中で十字を切った時、サイラスの洋服の袖を引く存在があった。
「シア様が待っているんですよね?行きませんか?」
エリザベスが眉尻を下げてサイラスを見上げて言う。
ここでティタニアが不敬罪で処罰されてしまったら、ジルベルトとの婚約破棄の証拠が集めにくくなってしまうではないか。彼女が証拠の有望株なんだから。助命の為に止めているんじゃないという事実が、エリザベスを情けない表情にさせていた。
それを見たサイラスは、目元を優しく緩ませる。
「そうだね。シアを待たせると怖いんだ」
ティタニアを完全に無視してエリザベスだけに笑みを浮かべるサイラスに、ティタニアはさらに声をかけようとして、ジルベルトに口を押さえつけられる。モガモガしているティタニアに背を向け、サイラスはエリザベスをエスコートしてホールを後にした。




