生ジルベルトはかなり男くさい
R15バージョンです
大好きな婚約者の不貞を目の当たりにした衝撃で、前世のあれやこれやを思い出してしまったエリザベスは、3日間高熱を出して寝込んだ。その後、頭の整理の為に学園を休んで3日。意識がブラックアウトしたのが階段の上だったから、多分階段を転がり落ちた筈が、骨折捻挫どころか打ち身すらなかった。完全な健康体のエリザベスは、手鏡を片手にベッドに腰掛けていた。
ありふれた濃い茶色の髪、黒っぽく見える濃紺の瞳、丸く垂れ気味の目元は可愛らしいと言えるかもしれないが年齢よりも幼い印象を受ける。身体も小さくて細く、全体的に発展途上。去年から数ミリの体型変化がないから、果たしてこれから発展するのかは不明だが。
前世の自分とはどこをとってもかぶってはいない。ごく普通の25歳OLで、平均身長平均体重、純日本人の薄い顔立ちのイメージで鏡を覗くと、幼くて気弱そうな自分の顔が現れてびっくりしてしまう。
ゲームの中では儚げな後ろ姿しか出ていなかったジルベルトの婚約者、名前すらついていなかったと思う。確か「可愛い婚約者殿」とジルベルトは呼んでいたように記憶している。
「あのジルベルトにこの婚約者は犯罪じゃない?」
ゲームの中では婚約者には爽やかに振る舞っていたが、実際は体力お化けの絶倫お色気騎士(まだ騎士ではないが)だった。まだ17歳という少年から青年への過渡期とはいえ、すでに190センチ近い高身長に筋肉質な厚みのある身体は大人の色気に溢れていた。片や自分はランドセルがお似合いな見た目でまるで子供だ。横に並んだら犯罪臭しかしないだろう。もしくはロリコン疑惑。まぁ、ジルベルトは全くもってエリザベスに手を出しておらず、攻略女子はいかにもエロゲーなボンキュッボンな美女ばかりだから、ジルベルトの性的趣向はロリコンとは対極にあるんだろうけれど。
「お嬢様、ジルベルト様がお見舞いにいらっしゃいました」
「少し待っていただいて」
寝巻き姿だった為部屋着に着替えて、髪の毛は一つに緩く三つ編みにして整えた。
「どうぞ」
エリザベスが声をかけると、侍女のアンナがドアを開けてくれ、花束を持ったジルベルトが颯爽と部屋に入ってきた。生ジルベルトは映像のジルベルトよりもかなり大柄で逞しく見えた。キリッと太い金髪の眉毛と目の間は狭く、切れ長で意思の強そうな紫色の目はやや三白眼気味だ。高い鼻梁はいかにも性欲が強そうだし、薄く引き締まっだ唇はどんな女性も捕食し食い散らかしそうだ。分厚い身体は洋服の上からでも鍛えられているのがわかる。
ザ・漢!! とでも言うんだろうか。フェロモン増々で、かなり男くさい見た目をしている。
「具合はどう?可愛い婚約者殿」
「もう、だいぶいいです。明日からは学園に行けそうです」
ジルベルトは手に持っていた花束をアンナに渡し、部屋に飾るように指示をすると、いかにも心配げな表情でエリザベスに近づいてきた。
倒れてから毎日花を欠かさず見舞いにくるジルベルト、しかもエリザベスの好きな花ばかりで、部屋は色とりどりの花で飾られている。
毎日10分程滞在し、お茶もせずにエリザベスを気遣うように帰っていくのである。以前のエリザベスならば大好きなジルベルトの来訪に舞い上がり、なんて優しい婚約者様なんだろうと感激していただろうが、愛莉の記憶のあるエリザベスはジルベルトの本意に気がついている。エリザベスの好感度を上げ、いかにも婚約者を大事に思っているふりを装い、どうせこれから攻略済の女子達と淫らな行為に耽るのだろう。
この浮気男が!
「あまり顔色が優れないな。無理しないで横になったほうがいい。俺はもうお暇するから」
どんだけ早く帰りたいんだ。頭の中はエロ一色か。
「本当に体調はもう良いんです。アンナに言ってお茶でも……」
「いや、まだやることを学園に残してきてるから」
別にジルベルトと一緒にいたい訳ではないが、早く帰りたがっているジルベルトに対するただの嫌がらせである。
エリザベスはわざと寂しそうにため息をつき、上目遣いでジルベルトを見上げる。
「早くお帰りになられては寂しいです」
色気はないが、小さくて弱々しいエリザベスに庇護欲はかきたてられることだろう。
「身体を一番に大事にして欲しいんだ」
ジルベルトはエリザベスの垂れ下がった三つ編みに手をのばすと、その毛先にキスを落とした。
激しい嫌悪を感じたエリザベスは、身体を震わせて俯いた。きっと、ジルベルトには恥じらって震えているように見えたことだろう。ジルベルトに嫌がらせをしてやろうと思っただけなのに、とんだデッドボールをくらってしまった。大後悔しかない。
「可愛い婚約者殿、明日は学園で会えると良いけれど、くれぐれも無理はしないように」
可愛い婚約者殿……ね。あなた、もしかして婚約者の名前忘れてやしませんか? もしくは呼び間違い防止ですかね。
振り向くことなく部屋を出ていったジルベルトに、エリザベスは心の中で悪態をついた。エリザベスとして感じていたジルベルトへの恋慕はすでになく、浮気男に対する嫌悪しかない。このまま何も知らないふりして一年半後にジルベルトと婚姻するなど絶対に嫌だ。
しかし、伯爵家のエリザベスから格上の侯爵家のジルベルトに婚約破棄を申し出ることは不可能だ。三男で家督を継ぐことのないジルベルトが貴族位を得る為だけに調えられた婚約であり、そこにミラー家の意思は存在しない。
婚約を反故にするだけのことを証明できればあるいは伯爵家から婚約の異議申し立てができるかもしれないが、この世界にはカメラも何もないから、証拠集めはかなり難しいだろう。証人をたてたとしても、侯爵家よりも格下の誰が何を言っても侯爵家の言葉の方が重くなる。
「カメラさえあればなぁ……」
カメラはないが、実は念写により記録できる魔導具はあるらしい。あるらしいというのは、魔導具は貴族といえホイホイ手に入れられる値段のものではなく、また起動に大きい魔力を使うということで王国の宝物庫にしか存在していないのだ。
この世界には魔力が存在する。王族のそれは強大で、地位が低くなるほどショボくなる。魔力があっても、それを魔術に変換できる者はごく僅かで、魔術士は国から保護され優遇される存在だ。下手したら高位貴族よりも地位は高い。
もちろん、ただの伯爵家のエリザベスにはたいした魔力はない。魔術になんか変換もできない。そして侯爵家のジルベルトにはエリザベスよりは多少は多いくらいの魔力が一応あるらしい。王立学園の魔術科に在籍していないのだから、魔力はあっても魔術に変換できないごく一般人であることは確定なのだが。
「お嬢様、お見舞いの方がいらっしゃいましたが、いかがいたしましょうか」
「どなたかしら?」
扉がノックされ、アンナが見舞いの来訪を告げてきた。
寂しいことだが、以前のエリザベスに親しい人友人はいなかった。なので、ジルベルト以外にお見舞いにきてくれる学園生が想像できない。
「ラスティ・ウッド様です。ウッド子爵令息様です」
エリザベスには記憶がないが、倒れていたエリザベスを見つけ、保健室へ運んでくれたのが確かウッド子爵令息だと聞いている。しかしいくら恩人とはいえ、ほぼ初対面の男性を部屋に招き入れる訳にはいかない。
「談話室にお通しして。」
ラスティ・ウッドは、ウッド子爵家の5男だっただろうか。子沢山のウッド家で有名で、確か10人近い兄弟姉妹がいると噂に聞いた。
キャンベル王立学園は、ほとんどの生徒が普通科で、一般の貴族令息令嬢や裕福な平民が通い、王国の中枢で働くエリート文官志望が文官学科、騎士志望が騎士科、王族や魔力のある一部高位貴族が魔術学科に通う。ラスティ・ウッドは文官学科に通うエリートである。
エリザベスが談話室に向かうと、クッキーをポリポリポリポリとひたすら食べているモサッとした男性が待っていた。
扉は開いていたが、コンコンとノックして自身の到着を知らせた。
「お見舞いありがとうございます。エリザベス・ミラーでございます」
「ラスティ・ウッドです」
挨拶をしている間も、クッキーを摘む手が止まらない。座っているからわからないが、それなりに身長が高そうなのに、細身で猫背なせいであまり威圧感がない。ボサボサの焦げ茶色の髪の毛は目を完全に隠してしまっており、鼻の下半分と口は見えているものの、果たしてどんな顔立ちなのかもわからなかった。