閑話 ジルベルトの回想
本日2話目です。
「いいか、おまえが爵位を継ぐ為には、エリザベス嬢に気に入られなければならない。うまくやれよ」
父親に連れてこられたのは、侯爵家よりも小ぢんまりした屋敷で、そこで一つ年下の女の子と遊べと庭に追い出された。茶色の髪の毛に黒っぽい瞳、特徴の掴み難いポヤッとした顔立ちをした少女だった。
走ったら転ぶ、木にも登れない、いったい何をして遊べというのか。
毎月一回連れてこられ、一緒に遊べもしないからお茶をするくらいしかすることがない。年のわりに大柄で体力も有り余っていたジルベルトからしたら、苦痛以外の何物でもない時間だった。ただ、ギャーギャー泣きわめいたり我が儘三昧の年下の従妹と比べれば、ジルベルトの言うことに従順で、自分の意見を持たないエリザベスは、面白みはないが将来自分に爵位を与えてくれるだろう御しやすい相手であった。
また、どうやらエリザベスは自分に恋心を抱いているようで、その仄かに甘い視線がさらにジルベルトを増長させ、エリザベスを下に見るようになった。
15歳になり、キャンベル王立学園に入学すると、その男らしく整った顔立ちと騎士を目指して鍛え上げた逞しい体格のせいか、さらに女子にキャーキャー言われるようになった。
そんな群がってくる女子の中、アイラ・キンベルという平民の女子と知り合いになった。彼女は平民らしく奔放な性格で、多くの貴族子弟と関係を持っていた。もちろん、ジルベルトとアイラが関係を持ったのも早かった。
平民相手ならば手を出してもかまわない。貴族でも夫人であれば問題はない。女を知ったジルベルトはさらに女の身体に夢中になった。
一人では飽き足らず、次々に手を出した。連れ込み宿に行くこともたまにあったが、だいたいは学園で女を抱くことが多かった。
ジルベルトの転機は、イザベラ・カーンに手を出したことからだった。彼女は子爵令嬢、つまりは婚約者でもないのに手を出してはまずい相手だった。胸以外大して魅力的な娘ではなかったが、処女性を重視する貴族令嬢が、果たして自分の魅力にどれだけ抗えるか試してみたかっただけだった。
瞬殺だった。
「君は魅力的だ。ほら、眼鏡をとって。……なんて綺麗な瞳なんだ」
別に眼鏡を外しても地味な女は地味なままだったが、その見るからにデカい胸は一見の価値がありそうだ。
制服を脱がし、Yシャツのボタンに手をかけるて、「駄目です」「嫌……」なんて口だけの拒絶は出てきたが、その手はジルベルトを引き剥がす動きはしなかった。
その弾力のあるスイカのように大きな胸に、大きな乳輪、色の濃い乳首はそれなりに良かった。
ただ、イザベラが初めてだったせいか楽しめたかというとそうでもなかった。何度か呼び出して関係を持ったが、いつまでも受け身で面白みもなかったから、すぐに次の女に目移りした。
イザベラ以前の相手は、万が一回りにバレたとしても閨の練習の為だと言い訳がきいたが、貴族令嬢相手ではそうもいかない。もしエリザベスにバレたら婚約破棄もありえるとわかっていたが、あの愚鈍な婚約者にバレるとも思えず、バレたとしても泣き寝入るだろうと思った。
だから、さらにエスカレートした。
エリザベスが同じ王国学園にいようが、沢山の女子と関係を持ったし、エリザベスとは一週間に一度、昼飯でも一緒に食べれば十分だろうと、他の時間は他の女子に当てた。
「ジルゥッ……ジルベルト様ァッ」
黒くて艷やかな髪の毛と、豊満なバストが気に入った、ティタニア・オスマンタス男爵令嬢だ。ジルベルトが初めての相手だったが、元が淫乱な性質だったのか、すぐにジルベルトに馴染んでジルベルト好みに淫らに喘ぐようになった。
彼女一人に絞った訳では無いが、身体の相性がすこぶるよく、最近は彼女と数人の女性のルーティンになった。
「ジルベルト様ァン、学園のダンスパーティー、是非一緒にいたいのォッッ」
「あぁ、そう……だな」
どうせダンスパーティーで婚約者であるエリザベスをエスコートしても、一度踊れば良い方だろう。後はティタニアと空き教室などで楽しめばいい。ジルベルトはそう考えてティタニアの言葉を簡単に了解した。今はダンスパーティーの話よりもティタニアの身体を貪りたかったし、下半身に血液が集中し、頭の方はいまいち働いてもいなかった。
「嬉しいィッ! 絶対に約束……ね」
ティタニアと深いキスを交わし、さらに下半身の血流が盛んになる。ほとんど聞いていない中、「ドレスが」とか「ララベルがいい」とか何か言っていたが、適当に返事をした記憶しかなかった。
後日、ララ・ベルトモンド衣装店に連れてこられ、約束したからとドレスを買わせられた。結構な値段で正直巫山戯るなと思ったが、侯爵令息として金払いが悪いと思われたくなかったので諦めて支払った。しかも、ただダンパの途中でティタニアと抜け出せば良いと思っていたのが、いつの間にかティタニアのエスコート役をする話になっていた。
ダンパ当日までエリザベスに話ができなかった。きっとエリザベスはジルベルトがエスコートするものと思ってくるだろう。婚約者なんだから当たり前だ。でも約束していた訳では無いし、強引に話を持っていけばエリザベスならば文句も言わずに引き下がるに違いない。後日、埋め合わせにデートにでも誘えば十分だ。
そう思って学園の控え室でダンスパーティーの入場をティタニアと待っていた時、目の前に可憐なのにコケティッシュな魅力のある女子が現れた。ジルベルトが今まで好んで抱いてきた肉感的な美女とは程遠いが、また違う魅力に目が惹かれた。
その彼女の口が「ジル……」と動いた。その声に聞き覚えがあった。
信じられない。地味でパッとしない筈の自分の婚約者の声だった。
「エリ……ザベス」
どんな奇跡が起こったらこんなことになるのか? 誰かがエリザベスに魔法でもかけたのか?
ティタニアの豊満な胸が腕に押し当てられ、ジルベルトはハッと正気に戻った。
非常にまずい状況だ。
ティタニアは余計なことを言うし、どう収拾つけてよいかわからず、デタラメな嘘を並べる。
とにかくエリザベスがこのままダンスパーティーに出席するのは駄目だ。婚約者がいるのに他の女子をエスコートしたというのも醜聞になるし、こんなに美しく着飾ったエリザベスが他の男の目に触れるのも良くない。愚鈍なエリザベスならば、たちの悪い貴族子弟に言いくるめられ、空き教室などに連れ込まれて花を散らされてしまうかもしれない。
これは俺のだ!
そんなのは許さない。
何とか帰るように言いくるめ、ジルベルトはティタニアと入場を果たした。どんなに着飾って美しく変身しても、エリザベスは所詮エリザベスでしかないと、ジルベルトは安堵していた。
ジルベルトの意識は、自分の色のドレスを身に纏い、溢れんばかりの爆乳をジルベルトの腕に押し当てているティタニアにはなく、さっき見たエリザベスのことでいっぱいになっていた。
そんなジルベルトが一瞬でフリーズしてしまうような出来事が起きた。
自分の婚約者が第3王子のエスコートでダンスホールに入場してきたのだ。
しかも、第3王子のタキシードは濃紺。エリザベスの瞳の色に酷似しており、エリザベスのドレスの色は淡い紫でジルベルトの目の色ではあるものの銀糸の刺繍が入っており、デコルテから腕を隠すレースは薄いが青っぽく見える。スカートも紫から青のグラデーションで、全体的に見て青の印象が強いのだ。第3王子の髪色は青銀髪、瞳は瑠璃色。光の加減で青にも紫にも緑にも見えるという不思議な色で、つまり青も紫も銀も第3王子の色なのである。
まるでお互いの色を着ているような二人に唖然とする。
第3王子はファーストダンスはゴールド公爵令嬢と踊ったが、セカンドダンスはエリザベスと踊った。
ティタニアが「あの令嬢のドレスは髪色に合ってない」とか、「あの夫人は毎回似たようなドレスを着ている」とか回りをコキ下ろすような話題をジルベルトに振っていたが、ジルベルトはエリザベスから視線をそらすことができなかった。