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ダンスパーティー当日3

午後にも投稿します。

「それなら、サイラス王子殿下とシア様が……」

「僕はシアよりも君がいいな。いつもシアとだからウンザ……、シア、扇子を振りかざすなよ。ともかくだ、もう侯爵まで入場したって聞いたし、ベスとラスティだともう少し前に入場しないといけないことになるよね。伯爵家と子爵家だから。ほら、シアとラスティ、僕とベスなら順番になんの問題もおきないよ」


 確かにそうなのだが、エリザベスが第3王子のエスコートを受けるのが大問題な気がする。それにやっぱりどうせならラスティと……。

 

 エリザベスがチラリとラスティを見た。ラスティはいつもと違って表情が全部見えているというのに、いつもはなんとなくわかる感情が今日は全然読み取れなかった。何よりも、視線が合わない。ボサボサの前髪で隠れて見えなくても、いつもは真っ直ぐにエリザベスを見つめてくれるのに。


「ベス、そういたしましょう!ラ……サイラスがエスコートしたら、あなたを軽んじる人などいなくなってよ。ラスティ、参りましょう!!」


 アナスタシアは鼻息荒くラスティを引っ張って控え室から出て行ってしまった。「待って!」と立ち上がって引き留めようとしたが、サイラスがエリザベスの横にきて、サッとエリザベスの右手を取った。


「ほら、僕の左腕に手をかけて」


 サイラスは肘を曲げてエリザベスに差し出した。


「でも……私なんかが殿下の」

「私なんかとか言わない。君はこんなに素敵なんだから、顔を上げて前だけ見ていればいいよ。きっとみんなが見惚れるさ。僕みたいにね」


 前にラスティにも「私なんかとか言わない」って言われたなと思い出す。何故かサイラスとラスティがかぶる。


「そんなことは……」


 サイラスがグッとエリザベスに顔を近づけた。その時に香ったサンダルウッドの香りにエリザベスはハッとしてサイラスを見上げた。

さっきまであまりに人が多い場所にいたせいで、香水と魔力香の入り混じった凄まじい匂いを浴び、鼻がほとんど効かなくなっていた。それでもこれくらいの距離に近づくと微かにわかる。


「本当に綺麗だ。誰にも見せたくないくらい……」


 香水?魔力香ではないよね?


 ラスティと似た好ましい匂いが、馬鹿になっていた鼻をリセットするかのように鼻の奥を擽り、エリザベスはその匂いにウットリと頬を染めてサイラスを見つめた。香水なんだろうが、ラスティを彷彿とさせる匂いに頬を染め、上目遣いでサイラスを見上げるエリザベスは、少女が大人の女性に花開いたような色香を放っていた。

 そんなエリザベスを見て、サイラスがゴクリと喉を鳴らす。

 見つめ合う二人を前に、キャサリンが冷静に声をかける。


「サイラス王子殿下、そろそろ入場しないとまずいんじゃないんですか」


 キャサリンの存在をすっかり忘れていたサイラスは、わざとらしく咳払いをすると、エリザベスの右手を自分の肘にかけた。


「さぁ、行こうか」


 キャサリンは先にホールに戻ると控え室を出、エリザベスも躊躇いながらもサイラスのエスコートでホールへ向かった。


「あの……本当に良いのでしょうか?」

「別にかまわないだろう。僕には婚約者はいないし、君の婚約者は先に違う女性をエスコートすると言ったのだから。それにあちらはやましい関係かもしれないが、僕達は全くまっさらに清い関係だからね。堂々としていれば良いさ。それとも、まっさらじゃない関係になるかい?僕は全然かまわないよ」


 サイラスはからかうようにウィンクをして言い、エリザベスは頬を真っ赤に染めた。


「からかわないでください」

「からかってなんかいないんだけどな。君みたいに可愛らしい女性、大好きなんだよね。夜空みたいな濃紺の瞳は吸い込まれそうだし、柔らかそうな温かみのある茶色の髪の毛も艶々してて魅力的だ」


 こんな美形に口説かれるようなことを言われ、ときめかない訳もない。でも、エリザベスにはまだ婚約者がいるし、何よりラスティに恋心を抱いている。というか、ラスティも似たようなことを言っていなかっただろうか?

 主従は性格まで似るのかもしれない。


「もう、本気にしてしまいますから止めてください」

「本気にしてくれてかまわないよ」


 エリザベスは困ったようにサイラスを見上げた。


「可愛い人、今日は僕だけを見て。他に目移りしたら駄目だよ」


 甘い声で言われ、思わず腰が砕けそうになる。エリザベスはギュッと目を閉じると、ラスティのボサボサ頭を思い出して目の前の超絶イケメン王子を頭の中から追い出そうとする。


 声までイケメンってさすがエロゲーの世界の王子様ですね! でも、私はラスティが好きなんです!!


「……男の前で目を閉じるとか。ハァッ、マジで忍耐力試されてるよ」

「え?」


 サイラスが何かブツブツ呟いたが、エリザベスは聞こえなくて聞き返した。


「なんでも。さぁ、笑顔で前を向いて」


 ホールの入場扉の前に到着し、扉が大きく開かれる。眩いばかりのシャンデリアの光でホールは光り輝いており、大勢の視線がサイラスとエリザベスに注がれた。


「サイラス第3王子殿下、ミラー伯爵令嬢様ご入場になります」


 盛大な拍手が起こり、サイラスはエリザベスに笑いかけてゆっくりとホールに足を踏み入れた。サイラスのエスコートでホールを縦断し、正面にある階段の一歩手前まで進んだ。そこにはラスティの腕に右手を添えたアナスタシアが立っており、エリザベスに笑いかけている。

 階段の上は王族もしくはその婚約者だけが入れる観覧席となっており、エリザベスはもちろんアナスタシアでさえ入れない場所だ。サイラスはここを一人で上り、一言ダンスパーティの開催の挨拶をした後、ファーストダンスが始まる段取りになっている筈だった。


 しかしサイラスは階段を上ることなく、エリザベスにエスコートの腕を差し出したまま、開催の挨拶を始めてしまう。


「皆、今年度最後の学園の行事であるダンスパーティだ。友人、婚約者と親睦を深めるもよし、新しい出会いを求めるもよし。だが、学生としての羽目を外すことなく、最後まで存分に楽しんでくれ」


 拍手が再度おこり、サイラスがサッと右手を上げると楽団が音楽を奏でだした。


「本当はファーストダンスはベスと踊りたいんだけど、そこまでしてしまったら周りが騒がしくなるだろう。だからゴメンね。ファーストダンスはシアに頼むことにするよ。だが、セカンドダンスは是非予約させてよ」


 サイラスはエリザベスの耳元でそう告げると、優しくエスコートを解き、エリザベスに紳士の礼をした。アナスタシアに向き直ると、右手を差し出して恭しくお辞儀をする。


「ゴールド公爵令嬢、是非ファーストダンスを踊る栄誉を僕に」

「よろしくてよ。ラスティ、ベスをお願いね」


 アナスタシアは優雅にドレスを摘んで腰を落として礼をとり、サイラスの手をゆっくりと取るとダンスフロアーの中央に進み出た。右手をサイラスの手に乗せ、左手を肩に置く。サイラスの左手がアナスタシアの細い腰に回されると、一旦音楽が止みワルツの演奏が始まった。軽やかに踊る二人に皆の視線が集中し、男も女もため息混じりに美しい二人を賞賛した。エリザベスがサイラスのエスコートで入場してきたことなど、すでに誰の記憶にもないほどに完璧なダンスだった。

 いや、この会場のたった一人だけは、ホールの中央で踊るサイラスとアナスタシアを見てはいなく、サイラスとエリザベスの入場の衝撃に固まったままだった。


「お似合いの二人ですね」


 階段の前からそれ、壁際によってウットリと二人のダンスを見ていたエリザベスは、隣に佇むラスティに声をかけた。


「そうですね」

「ラス様、今日はきちんと御髪を整えているんですね」

「こういう場所ですから」

「ラス様のお顔、初めて見ました。とても美形でびっくりしました」

「ありがとうございます」

「タキシード姿もとてもお似合いで、最初ラス様だと気が付かなかったくらい」

「そうですか」

「でも、いつものラス様も素敵ですよ。私は好……いいと思います」

「ありがとうございます」


 違和感しかなかった。


 目の前のラスティは思っていた通り素敵なイケメンで……、でもエリザベスはいつものボサボサヘアーのラスティが恋しかった。目の前にラスティがいるのに、学園でのあの彼に会いたかった。恋しいサンダルウッドの香りも、むせかえるようなホールの熱気と混じり合う沢山の匂いで感じることができなくて無性に悲しい。

 こんなに近くに立っているのに距離があるような。大勢の前だし、婚約者のいる令嬢を相手にするならこれが適切な距離感なんだろうけれど、いつものラスティならばもっと……と、考えたところでサイラスとアナスタシアが戻ってきた。


「エリザベス嬢、どうかセカンドダンスのお相手を」


 サイラスに手を出され、戸惑いながらラスティを見ると、エリザベスから一歩離れて後ろに控えるように立っていた。まるで自分の出番は終わったというような態度に、エリザベスの胸がギュッと締め付けられた。正面に向き直ると、サイラスが優しげに微笑んでいる。

 エリザベスがそろそろとサイラスの手に手を重ねると、逆の手で腰を支えられてホール中央へ連れて行かれた。


「ダンスは好き?」

「好き……ですけれど、得意ではないです。それに、こんなに高い靴も初めてで、上手に踊れるか不安です」


 エリザベスは正直な気持ちをサイラスに伝えた。だから、万が一足を踏んだとしても、寛大な気持ちで許してくださいねという気持ちを込めて。


「クスッ、なんなら僕の足の上に乗せて踊ってあげようか」

「そこまで子供じゃありません」


 まだ踊れない子供の時、大人の足の上に乗り踊らせてもらうことがある。エリザベスも子供の時、父親の足に乗せてもらい、ダンスを踊った記憶があった。そうして遊びながらステップを覚えたりもした。


「もちろん、君は素敵なレディだよ。とても魅力的な」


 サイラスのダンスのリードは巧みで、ホールドする腕はぶれなく安定していて踊りやすかった。こんなに楽しくダンスを踊れたのは初めてかもしれないと思うくらい楽しく、クルクル回りながらエリザベスの顔に自然な笑みが浮かんでいた。その愛らしさは周りの目を引き、サイラスが離れたら是非ダンスに誘おうと狙う貴族令息達が、さりげなくエリザベスの近くをキープしようと、ダンスの位置取りに躍起になった。

 もちろんサイラスがエリザベスを他の男に譲る訳もなく、ダンスを一曲踊り終わると、ガッチリと腰を抱き寄せフロアから退出し、そのまま壁際まで移動した。


「疲れた?」

「いえ、サイラス王子殿下のリードはとても踊りやすくて、全然疲れませんでした。こんなに身長差があるのになんででしょう?」


 ジルベルトよりは少し低いかもしれないが、それでも185センチはありそうなくらいサイラスの身長は高い。145センチ……10センチヒールでかさ増ししてるから155センチのエリザベスとの身長差は30センチくらいだろうか。これだけ身長差があると、ホールドの位置も合わないし、何より歩幅が合わないのが普通だ。実際、ジルベルトと踊る時はジルベルトは猫背気味になってかっこうがつかないし、エリザベスは振り回されてしまい、ダンスを踊っているというのに身の危険を感じるくらいだ。

 それなのにサイラスとのダンスはとてもスムーズだった。何よりエリザベスの良さを引き出し、ドレスのチュールがフワリフワリと広がる様は、まるで花開くようで人の目を引いた。


「疲れなかったんなら良かった。喉が渇いただろう? 何か取ってこよう」

「そんな。私が行ってきます」

「いや、ベスはここを動かないで待っていて。誰にもついて行ってはいけないよ」

「だから、子供ではありませんてば」


 プクリと頬を膨らませるエリザベスを残して、サイラスは笑いながら飲み物を取りに場所を離れた。

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