ララ・ベルトモンド衣装店2
R15バージョンです。
本日2話目です。
「サイラス第3王子殿下、どのようなドレスをご所望でしょうか」
「あれ、バレちゃってた?」
ラスティは焦げ茶色のボサボサしたカツラを取り外し、青銀髪の髪の毛をかき上げた。切れ長の瑠璃色の瞳はイタズラが見つかった子供のように煌めき、整った顔立ちが笑顔でクシャリと崩れる。ラスティ改め第3王子のサイラスが顔を出した。
「そりゃ、サイラス第3王子殿下とは生まれる前からのお付き合いですからね。佇まいを見ればわかります」
ベルトモンド夫人はフンワリとした笑みを浮かべて紅茶を一口飲んだ。
「大切な子なんだ。特別なドレスに仕上げて欲しい」
ベルトモンド夫人は目尻を下げて微笑みながらも、色々思案するように口元に手を持っていった。貴族のあらゆる情報を網羅している夫人だから、エリザベスが誰の婚約者か知っているんだろう。そしてその婚約者の醜聞も耳に入っているに違いない。
「一週間でフルオーダーの品を仕上げるとか、寝不足は美貌の大敵だとサイラス第3王子殿下はご存知ないのかしら」
「申し訳ないがもう一着、新年の祝賀舞踏会用のドレスも頼みたいんだ」
ベルトモンド夫人は今度は額に手を当てる。
「しょうのない方ね。銀と青を入れたドレスに仕上げればよろしいかしら」
「あと、ほんの少し紫も入れてくださる?今回だけはラスも我慢なさいね」
まだ婚約者はジルベルトだから、ジルベルトの色を纏う必要がある。それがわかっていても、エリザベスがあの男の色を纏うと思うとサイラスは歯噛みしたい思いになる。
「わかっているさ。でもほんの少し、裾とか袖とかにちょこっとでいいんじゃないか」
「そういう訳にもいきませんわよ。ベルトモンド夫人、ベスには既成のドレスを手直しすると伝えてくださいませ。あの子、フルオーダーなんて聞いたら絶対に作らせてくれないでしょうから」
「心得ております。慎ましやかな可愛らしいお嬢様ですこと。さて、ドレス案ですが……」
ベルトモンド夫人はスケッチブックを取り出すと、サラサラとラフ案を書いていった。数枚書き上げて、アナスタシアとああでもないこうでもないと足し引きしてドレスの完成案を練っていく。
ダンスパーティー用のドレスは、淡い紫のドレスにデコルテと腕は薄い青地のレースで覆い、上半身は全体的に銀糸の総刺繍で、スカートはチュールを何枚も重ねてフンワリとさせている。重ねたチュールは紫から青紫、青に変化するグラデーションのついたもので、紫というより青の印象が強い。合わせるハイヒールは銀に青い宝石が散りばめられたもので、10センチヒールながら前も少し高くヒール部分を太めにして安定感をもたせた。髪飾りはプラチナにパープルダイヤを散りばめたものだが、髪の毛に青と白の小花を散らすことでサイラスを納得させた。
祝賀舞踏会用のドレスは上半身は肩から背中までがっつり出すタイプだったが、サイラスの希望で胸元にレースを重ねて谷間は見えないようにした。スカートはマーメイドラインで、ダンスには不向きな作りになっている。大夜会はジルベルトがエリザベスのエスコートをする為、踊らせない為のサイラスの提案だった。また、上腕まで覆うシルクの手袋は、エスコート時に腕が触れないようにと、一番長い物を選んだ(サイラスが)。色味だけは当日のサプライズだと、ベルトモンド夫人は艷やかに笑った。アクセサリーもそれに合わせて選ぶらしい。
だいたいの案が出切った時、やや疲れ気味のエリザベスが部屋に戻ってきた。エリザベスが部屋に戻ると先触れがあったので、サイラスはすでにラスティのカツラをかぶっている。
「なんか細かく輪切りにされた気分です。ずいぶん待たせてしまいましたよね、すみません」
頭の回りから足の先まで、100箇所近く採寸されただろうか。簡単にBWHを測るくらいかと思っていたエリザベスは、終わらない採寸に恐れおののいた。こんなに大変な思いをして採寸し、さらにプロ中のプロが制作するのだ。そりゃララ・ベルトモンド衣装店のドレスは最高級品とされる訳だ。
「有意義に待てましたから、気にすることありませんわ。ベスのドレスはわたくし達が選びましたからね、あとはベルトモンド夫人が採寸を元に手直ししてくれることでしょう」
これからドレスを選ぶんだろうとゲンナリしていたエリザベスであったが、もう用事は終わったと知りホッと息を吐く。
「何か希望とかあった? シアと二人でベスに何が似合うか考えて決めたから、多分凄く良いドレスが出来上がると思うけど」
「希望なんて滅相もない。シア様のセンスを全面的に支持しますから。ただ、やはり婚約者の色味は入れないといけないのかなとは思いますけど」
「うん、それは入れた。凄く嫌だったけど」
そろそろ帰ろうかとソファーから腰を上げた時、特別室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します。オーナー、ストーン侯爵令息様がいらっしゃいまして、オーナーに挨拶がしたいと仰っています」
従業員が入ってきてお辞儀をして言った。
「ストーン侯爵令息様?どちらの令息様かしら?」
ストーン侯爵令息は三人いる。長男のダンバートン、次男のザックノート、三男がジルベルトだ。
「ジルベルト・ストーン侯爵令息様です。お連れ様と一緒にドレスをご購入しにいらっしゃいました。既成のドレスをご購入されたので、オーナーに手直しをお願いしたいと仰っておられます」
「まぁッ!なんて厚顔なんでしょう。婚約者をさしおいて、他の女性にドレスを贈るなんて!」
アナスタシアがギリギリと扇子を握りしめる。
「シア様、落ち着いて。私もラス様にドレスを贈っていただくのですから、お互い様な気もしますし。もし仮にジルが私にドレスを贈ってくれたとしても、そのドレスよりシア様とラス様が私のために選んでいただいたドレスを着たいですから。ジルが誰にドレスを贈っても気にしません」
「ベスはなんて可愛らしいことを言うんでしょう」
アナスタシアはベスをギュッと抱きしめた。
「あ、シアばかり狡い。僕も今のベスの言葉に感動したからハグしたいよ」
「許しませんことよ」
「ジルベルト・ストーン侯爵令息様はミラー伯爵令嬢様のご婚約者でいらっしゃいますよね?」
「そう、今はまだね」
ラスティの嫌そうな口調に、エリザベスも今はまだというところに頷く。
「……なるほど。これから先はわからないということですか。ようございます。リズ、皆様を展示室にご案内して。最後にうちの一番のドレスをご覧いただきましょう。王妃様のご婚礼の時に我がララ・ベルトモンドが丹精込めてお作りした花嫁衣装が飾ってございます。レプリカですが、本物と全く同じものです」
それは確かに一見の価値があるかもしれないが、何故今のタイミングで見に行くことをすすめられるかはわからない。「さあさあ」と特別室から出され、従業員のリズの後について展示室に向かう。
小さな部屋の真ん中に純白のウエディングドレスを着たトルソーが置いてあった。上半身に縫い付けられたダイヤモンドがキラキラ光り輝いて、上品なマーメイドラインは美しい曲線を描いている。シンプルな形だからこそ、その裁断の精度の高さ、縫製の技術が抜きん出ているのがわかる。また、ベールに施された刺繍の緻密さは特別だった。
「……素敵」
エリザベスがトルソーの前に立って花嫁衣装に見惚れていると、ラスティが壁にかかっていたカーテンを開いた。
「なるほど、この部屋は見張り部屋か」
カーテンの向こうの隣の部屋の様子が見えるようになっており、その部屋ではジルベルトとティタニアがべったりくっついてソファーに座っていた。
「あっ……」
慌てて隠れようとするエリザベスに、ラスティは「おいで」と手招きする。小さいエリザベスは、ラスティに包まれるように鏡の前に立ち、ラスティの匂いを強く意識してドキドキしてしまう。アナスタシアも横から鏡を覗きこみ、ジルベルトとティタニアの組み合わせを見て眉間に皺を寄せた。
「マジックミラーですわ。こちらからあちらは見えてもあちらからこちらは見えない。ですわよね?ラス」
「そのようだね。こういう一流店には一つはあるらしいよ。問題ある客に対応する時に相手にバレないように見張る部屋が」
一流店であればあるほど、顧客のプライバシーを黙秘する。ララ・ベルトモンド衣装店ほどであれば、それは絶対である筈で、つまりはジルベルトは顧客とは認めないとベルトモンド夫人にみなされたからこそ、エリザベス達はこの部屋に通されたのだろう。
まだベルトモンド夫人が来ていないせいか、ジルベルトはティタニアの腰に手を回し、耳元で何か囁いているようだった。ティタニアは身体をくねらせ、ジルベルトにしなだれかかっている。明らかに関係を持った男女の距離で、エリザベスとしたら是非そちらで婚約をなさってくださいと言いたくなる。
ジルベルトはドレスの中に手を突っ込み、ティタニアの豊満な胸を鷲掴みにするように揉み出した。
「ジルベルト様ァァァ、意地悪しないでください」
「意地悪なんかしてないだろう」
「だってぇ、わざと乳首避けてるぅ」
「うん?こんなところでヤる気になっても困るだろ」
ジルベルトはさらにティタニアのスカートを捲くり上げ、その白い太腿を露わにして足の付け根ギリギリのところを愛撫する。下着は見えてはいないが、ティタニアがもどかしそうに腰を揺らすから、いつ下着がラスティに見えてしまうか、エリザベスはヒヤヒヤした思いで鏡の向こうを覗いていた。もしラスティがティタニアを見て顔を赤らめていたら……と思うと、怖くて後ろを振り返れない。
実際には、ラスティはエリザベスの後頭部のみを見ており、そのエリザベスとの近い距離につい笑み溢れていたのだが、それを知っているのは隣にいたアナスタシアだけだった。
「ちゃんと触ってェッ……」
焦れたティタニアが、ドレスの胸元をグイッと押し下げてジルベルトに胸を晒そうとした時、向こうの部屋の扉がノックされ、ベルトモンド夫人が部屋に入ってきた。
ジルベルトは素早くティタニアのスカートを戻して手を引いたが、多分ベルトモンド夫人には見えていたことだろう。それでも営業スマイルを崩さないベルトモンド夫人は、真からの職業婦人なんだろう。
「ストーン侯爵令息様、この度は私共のドレスをご購入くださるとか」
「ああ、こちらのティタニア・オスマンタス男爵令嬢は俺の友達なんだが、来週のダンパのドレスを他店でオーダーしたが手違いでダンパに間に合わないそうなんだ。それで相談をうけて、ララベルの既製品ならばなんとかなるかもと思い連れてきた」
「まぁ、そうなのですね」
「明らかに既製品だと彼女が不憫だから、既製品に少し手を入れてもらえないだろうか?」
ベルトモンド夫人は「そうですねぇ……」と顎に手を当てる。
「私、こちらのドレスとこちらのドレスが気に入ったんです。で、こことここを組み合わせていただきたいわ」
ティタニアは、すでにベルトモンド夫人が引き受けてくれた体でドレスのカタログを指差す。
「それですと、セミオーダーになりますので、お値段が500万キャロになりますけど……」
ジルベルトがグッと渋い顔になる。
「ニア、さすがにセミオーダーでは来週に間に合わないだろ。これでいいじゃないか。サイズだけ直してもらって、少しレースを足してもらうとかしたら」
「えー!これだけじゃ物足りないわよ」
ベルトモンド夫人は笑顔だが、その瞳の奥が恐ろしいことになっている。ジルベルトもティタニアも目の前にいるのに気が付かないのだろうか?
「ストーン侯爵令息様、大変申し訳ございませんが、来週のダンスパーティーだけではなく、新年の祝賀舞踏会も間もなくございますので、私共はすでに手一杯なんですの。サイズの合う既製品をそのままご購入くださるのならお売りできますが、手を加えるとなるとダンスパーティーには到底間に合わないことをご了承ください」
「なんだと!!侯爵家の俺が頼んでるんだぞ」
(うわーッ、こんな実家の権力振り回すタイプだったとは知らなかった。最低じゃん)
エリザベスは心底冷めた視線をジルベルトに送った。こんなのをずっと好きだったのかと思うと、自分の人の見る目のなさに恥ずかしくて穴掘って埋まりたいくらいだ。
「侯爵家を蔑ろにしたい訳ではございません。ただ、すでに王妃殿下や王女様方からだけでなく、公爵夫人様方や公爵令嬢様方からご注文をいただいております。数ヶ月前からのご予約ですので、そちらを優先させていただくのは当たり前かと。それとも、王妃殿下にお待ちいただけとおっしゃいますか?」
権力には権力を!
ジルベルトには有効な口撃となる。
押し黙ってしまったジルベルトに、ティタニアは不満いっぱいに唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。
「では、私は仕事がありますからこれで失礼させていただきますわ。もし既製のドレスを購入なさるようでしたら、こちらにいるリズにお申し付けください」
ベルトモンド夫人は優雅に礼を取ると部屋を後にした。そしてすぐにエリザベス達のいる隣の部屋にやってきた。
「ストーン侯爵夫人様はまともな方ですけれど、侯爵令息は駄目ですね」
「ベルトモンド夫人、ジルが本当に申し訳ありません」
「まぁ、ミラー伯爵令嬢様、あなたが謝る必要なんてありませんよ」
エリザベスがベルトモンド夫人に頭を下げると、ベルトモンド夫人はエリザベスの肩にそっと手を置いて頭を上げさせた。
「私も、あなたの婚約破棄を応援させていただきます。あんな浮気男、盛大に捨ててやりなさいな」
「はい!頑張ります」
そこで扉がノックされ、リズが入ってきてジルベルト達が既製品の紫色のドレスを購入していったと報告した。
「まぁ、なんて恥知らずな!」
紫はジルベルトの瞳の色だ。自分の色のドレスを贈るということは、それだけティタニアに執着しているということなんだろう。
本当、あっちと婚約し直してほしい。




