キャサリンの(汚)部屋
本日2話目です。
R15バージョンです。
キャンベル王立学園の馬車寄せは、各グレードにより馬車寄せに馬車をつけれる場所が異なる。
辻馬車など平民が使用する馬車は学園の門の外だし、王族が使う6頭立ての馬車は入口からして違う。公爵・侯爵・辺境伯・伯爵・子爵・男爵・騎士爵などの一代爵と、細かく別れており、男爵・一代爵などはほぼ門近くで馬車も狭く混雑する為、だいたいは門をくぐらずに手前で生徒を下ろす。逆に公爵などは校舎のすぐ近くに馬車寄せがあり、しかも五大公爵家各々の場所まで決まっている為、学園に到着して下りるのに待つことすらない。
「この馬車でうちに?」
キャサリンがゴールド公爵家の馬車を見て顔を引き攣らせていた。
王族と同じ6頭立ての馬車はまさに絢爛豪華で、パレードに使うんですか?と言いたくなるくらいキラキラしい。しかも何人乗りなの? と聞きたくなるくらい大きい。
「ええ。うちの馬車ならば全員乗れますでしょう?」
乗れるか乗れないかと言えば、四人乗ってもスッカスカだろう。
「うちには、こんな立派な馬車が停められる馬車寄せはないんですけれど」
「ならば、停められる場所で下りて歩けばよろしいわ」
公爵令嬢であるアナスタシアが平民街を徒歩で闊歩する。……それはハーメルンの笛吹き男ばりに子供達が物珍しくてついて歩きそうだ。なにせ、同じ制服を着ていても、醸し出すオーラが光り輝いているせいか、上級貴族様々感が半端ないのだ。
「大丈夫だよ、シアには護衛騎士の他に隠密もついているから」
隠密?!さすが第3王子の婚約者候補筆頭は伊達じゃない。
いつの間にか後ろに立っていたラスティにもビックリだが、ラスティが言ったことにもビックリだ。
「ラス、ずいぶん待ちましたのよ」
御者が馬車の扉を開けると、ラスティが昇降台に片足をかけてサッと手を差し出す。アナスタシアはその手に手を添えて馬車に乗り込んだ。流れるようなエスコートに、キャサリンがハァッと驚きの声を上げる。
「どうぞ」
馬車に近い位置にいたキャサリンにラスティが手を差し出すと、キャサリンは「自力で乗れます!」と慌てて馬車に乗り込んだ。
ラスティはエリザベスに手を差し出し、エリザベスもラスティのエスコートを素直に受けた。手をキュッと握られ、エリザベスの頬がほんのり赤く染まる。それを見たラスティの口元が弧を描いた。
「いやらしいですわ」
それを見たアナスタシアがボソリと呟き、キャサリンの目が半眼になる。
アナスタシアの向かい側にキャサリンが座っていた為、エリザベスはキャサリンの隣に座った。
「そっち側でいいの?進行方向向いた方が酔いにくいだろう」
「大丈夫です。三半規管は強い方なんで」
ラスティがアナスタシアの隣に腰を落ち着けると、御者が扉を閉めて馬車はゆっくり走り出した。公爵家の馬車は超高級スプリングが効いているのか、ほぼ揺れることなくスムーズに進んでいく。
「そういえば、キャサリン嬢はハート商会のご令嬢だったな」
「ご令嬢なんてたいしたものではないです。祖父が商会を設立して、父が新規取引先を拡大していって今の商会になりました。歴史がある訳じゃありませんし、市民にしてはちょっと手広く商売をしているというだけです」
「あら、わたくし、ハート商会の化粧水がお気に入りですのよ。とても肌に合いますわ」
「私も使ってます」
「王妃様も使っているようですよ」
「ありがたいことです。実は、化粧部門は私が手がけたんです。来春化粧水の新作を出す予定なんですが、よろしければ後で試供品をお渡ししますね。あと、新色口紅も」
「まぁ!この間発売されたグロスも素敵でしたわ」
「来年はマットな口紅を出す予定なんです。多分シア様にお似合いになると思います。もしよろしければ先行販売いたしますよ」
アナスタシアとキャサリンは化粧品の話で盛り上がった。アナスタシアは美に対して完璧を求めるタイプだったし、キャサリンは商売人として商品を研究改善していた為、二人の化粧品への熱意は留まるところを知らない。
化粧は最低限しかしないエリザベスにはチンプンカンプンだ。前世でも社会人だったからそれなりに化粧はしていたが、最低限人前にでれるレベルというくらいだった。高校卒業時になんとなく化粧の仕方を習ったまま、特に進化もすることなく大人になった。
どうせ地味で野暮ったいから何をしても変わらないって思ってたけど、こんなに綺麗な二人が化粧の話で盛り上がるくらいには美を探求しているのを見ると、自分がただ怠惰だっただけのように思われた。
「凄いな、シアと対等に話をしている女性を初めて見たよ」
「二人共、化粧への熱意が凄いですね。私も見習わなくちゃですね」
「なんで?ベスは今の自然な感じが素敵だと思うよ。そりゃ、シアみたいにすき無く塗りたくったらもっと綺麗になるとは思うけど、作られた美よりも僕は断然ナチュラルな方が好きだな」
自分が好きだと言われた訳ではないのに、ラスティから出た「好き」という単語に過剰反応をしてしまう。
「誰が塗りたくっておりますの?!」
キャサリンとの話にのめり込んでいると思いきや、アナスタシアは周りのことも聞こえていたらしい。ギリッとアナスタシアに睨まれても、ラスティは特に慌てるでもなく飄々としている。
「だってさ、子供の時にあったソバカスが今はないじゃないか」
「あれは成長と共に薄くなったんですのよ!」
「あれがシアって感じで可愛かったのに」
「わたくしはソバカスがあってもなくても可愛らしいんですの」
ポンポン言い合う二人が羨ましい。本当に気心知れた幼馴染という感じだ。エリザベスとジルベルトも幼少の時からの幼馴染だというのにこの差はなんだろう?ジルベルトともっと打ち解けて接することができていたら、こんなふうに婚約破棄に向けて証拠集めなんかしていない気がする。
エリザベスがため息を飲み込んだその時、馬車はハート商会の馬車寄せに停止した。
「これが全部ハート商会の建物なの?」
窓から仰ぎ見た建物は5階建ての重厚な石造りの建物で、エリザベスの実家であるミラー伯爵家の領地邸宅の3倍以上ありそうな大きさだった。
「そう。ここがハート商会本部になります。全国展開するような大きな商談はここでするんです。あとはラボもあります。私の化粧品開発もこのラボラトリーで行っているんです」
馬車の扉が開けられ、まずはラスティが下りてアナスタシアをエスコートする。キャサリンはさっきと同様エスコートを断り自力で飛び降りた。エリザベスが最後に下りると、何故かラスティはそのまま手を引いてエリザベスをハート商会の入口までエスコートして向かう。この場合、一番高貴な立場にあるアナスタシアをエスコートするべきではないだろうか?
エリザベスがラスティのエスコートに戸惑っているその時、ハート商会前はエリザベス以上に大パニックに陥っていた。
突然絢爛豪華な馬車が停まり、その中から明らかに高貴なご令嬢が出てきたのだから、そりゃそうだろう。パレードでしか見たことない豪華な馬車には子供達が群がり、エリザベス達が進む道には人垣ができた。
「キャサリンちゃん、キャサリンちゃん!!」
人垣の中からズングリムックリした婦人がキャサリンに手を振り前に出てくる。
「ヒューズさん、こんにちは」
「あんた、すっごい馬車に乗ってどうしたのさ。それになんだい、いかにもお姫様みたいなそちらの美人さんは学園の人かい?」
お姫様みたいな美人さんはアナスタシアにかかった枕詞ですね。
「ごきげんよう。アナスタシア・ゴールドですわ」
「ご……貴族様で?」
ヒューズ婦人はゴクリと生唾を飲む。50年生きてきた人生の中で、貴族と話したことなんかない。話しかけたら死罪くらいに思っていた。
「オホホホ、お貴族様ねぇ。確かに生まれは貴族かもしれませんけれど、ただのキャシーのお友達ですわ。ごめんあそばせ」
回りの野次馬が「お貴族様だって」「ハートの娘と友達だってさ」などとザワついている。「あとの二人も貴族か?」「それはどうだろう?」という声も聞こえたが、ヒューズ婦人のように突撃して聞いてくる野次馬はいなかった。
ハート商会の建物に入ると、ズダダダタッと階段を転がり落ちてるんじゃないかというような音がし、目の前にズングリムックリした中年の男性が飛び出してきた。
「キャシー!あぁ、キャシー。何てことだ!!お貴族様に何かやらかしてしまったのか?!この子は見た目は冷たく見えるし、あまり人付き合いのよいタイプではありませんが、商売熱心で親孝行な良い子なんです。もしこの子がお貴族様に不愉快な思いをさせてしまったとしたら、それは親である僕の責任です。打首にするのなら僕を!」
中年男性は両膝をつき、アナスタシアに懇願した。
「まぁ、キャシーのお父様なのですね。わたくし、アナスタシア・ゴールドと申します。突然の訪問、申し訳ございません」
「ゴールド……公爵令嬢」
中年男性、もといキャサリン父の顔面が蒼白になる。
「父さん、何か勘違いしてますよ。ちょっと、聞いてます?!」
キャサリン父はキャサリンと同じ銀髪藍色の瞳を持ち、色味だけで言えばキャサリンとは瓜二つだが、見た目が全く違った。綺麗な銀髪はやや後退気味で、目は真ん丸く小さく、鼻は低くて丸い、全体的に丸いイメージが否めない温和そうなおじさんだった。ハート商会を大きくしたやり手の商人には見えない。
「初めまして、エリザベス・ミラーです。私達、キャサリンさんと同じ学園のクラスメイトで、仲良くさせていただいてるんです」
「仲……良く?」
「はい。シア様も、こちらのウッド子爵令息も、私もキャサリンさんのお友達なんです」
「お友達……キャシーと? では、打首にはならない?」
「まぁ、面白いお父様ですこと」
オホホホと笑うアナスタシアの前で、キャサリン父はコロンと後ろに転がった。安心したら力が抜けてしまったらしい。
「父さんの態度こそ失礼でしょうに」
呆れ顔のキャサリンが腕を組んで言う。
ラスティがキャサリン父に手を貸して何とか起き上がると、「ロンバート・ハートです。みなさんを歓迎いたします」と頭を下げた。
「じゃ、私達は家に行くから」
「ちょっちょっちょっと待ちなさい。皆様をどこに案内するつもりだい?!」
「私の部屋ですけど」
キャサリン父はまたもや真っ青になる。
「おまえ、皆様をあんなところに案内するつもりか!今度こそ本当に打首になるぞ」
「いや、ちょっと意味がわからないから」
「うちでビップのお客様と取引をする部屋をすぐに開けさせるから、そちらにお通ししなさい」
「別にそんな。ちょっと仕事の資料とか本とかが散らかってるだけで、ゴミはちゃんと片付けてるから綺麗よ」
「いやいやいやいや、ゴミがないだけで足の踏み場もないじゃないか」
「やぁね、歩く場所くらいあるわよ」
ハート親子の会話を聞いていると、逆にどんな部屋なんだと興味がわいてくる。前世で言う汚部屋?でも、ゴミがないなら汚くはないのか。
「わたくし、お友達のお部屋に招待されたのは初めてですの。とても楽しみですわ」
「じゃあこっちです」
キャサリンが先頭に立って歩き出し、ゾロゾロとその後に続いて歩く。最後尾を頭を抱えたキャサリン父が、「まさかあそこにお貴族様をお通しするとは……」とブツブツ言いながらついてきていた。
ハート商会を突っ切って歩くと非常口のような扉があり、そこを出ると商館の裏側に出た。建物と建物の間に狭い通路があり、向かいの建物に続く潜り戸を潜ると、洗濯物が干された小さな庭に出た。
「アァァ……僕のパンツが」
ピンク色のトランクスがはためく中、洗濯物を取り込もうとするキャサリン父を放置して一軒家に入った。
小ぢんまりとした一軒家は、ハート商会の商会長の家というにはかなり慎ましやかだが、温かみのあるアットホームな感じがした。
「あら、キャシーお帰りなさい。お友達?」
家の奥から出てきたのはキャサリンに瓜二つのクール系美女で、キャサリンが一人娘だと知らなければ、お姉さんかと思ってしまうくらい若々しい印象を受けた。キャサリンは銀髪藍色の瞳で涼しげな色合いだが、彼女は栗毛に桃色の瞳だった。
「母さん、ただいま。うん、学園の友達。ちょっと部屋で話すから、お茶頼んでいい?」
「ええ、もちろん。皆さん、ゆっくりしてらして」
キャサリン母に見送られ、2階にあるキャサリンの部屋に案内された。
「散らかってるけど、好きなとこに座って」
キャサリンの部屋は、確かにちょっとびっくりするくらい散らかっていた。と言っても、キャサリンの言う通りあるのは本や書類、資料などの紙の類ばかりではあったが。
アナスタシアとエリザベスはキャサリンの許可を得てベッドに腰掛け、ラスティはベッドに向かい合うように椅子を引っ張ってきて座った。
「日記、日記……」
キャサリンは散らかった中から割とすんなりノートの束を見つけ出した。どうやらどこに何が落ちているかは把握しているらしい。
「これが入学してからの日記です」
「日記、本当に拝見してよろしいのかしら?」
人様の私生活を覗き見するようで、確かにドキドキする。
「もちろんです。行動記録のようなものなので問題ありません」
キャサリンは日記を開いて音読しだした。